ヨーグルトと家族と記憶

なんということはない光景をいつまでも覚えていることがある。
あれは何年前の記憶になるだろう。たぶん小学生のころだと思うのだが、冷蔵庫に必ずといっていいほどあった青いパッケージのヨーグルト。四角いふたを開けると、中ぶたの上に顆粒状の砂糖が入った袋が乗っているのでどかし、中ぶたを開けて大きいスプーンでヨーグルトをすくう。食べたい分だけガラスのお皿によそい、顆粒状の砂糖をさらさらと入れてかき混ぜる。一口食べて甘さを確認し、足りなければ砂糖を追加したり、ジャムを入れたりした。ひんやりしていて、甘くて、酸味も少しあって、それだけで立派なデザートだった。

それから何年かして、わたしたちきょうだいは成長して大人になった。そのころには四角くて大きいパッケージのヨーグルトがわが家に登場することはあまりなくなっていた。神経質ですぐにお腹の調子が悪くなる次兄を心配した母が買ってきたのは、乳酸菌の力を全面的にアピールしたカップのヨーグルト。兄は絶対にそれをかき混ぜたりせず、真ん中からくり抜くようにすくって食べていた。わたしはなめらかになるまで混ぜて食べるのが好きだった。

さらに何年か過ぎて、わたしたちは独立し、おじさんおばさんと呼ばれる年になった。父は亡くなり、母はおばあちゃんになって、言葉がうまく出てこなくなった。病院に連れて行くと、医者が「もの忘れの薬」を処方してくれた。

父が生前、田舎暮らしを試みた家がいまも残っていて手入れをしないといけないので、母と長兄と私の3人で泊りがけで出かけた。1日目はスーパーで食料を買い込み、家に着くと屋内の掃除や庭の草刈り、木の剪定をした。普段しない作業をするのですぐに体が痛くなる。2日目の朝食は、それを見越してできるだけ手間のかからないメニューに決めていた。パンとサラダ、目玉焼き、お湯を注ぐだけのスープとコーヒー。料理も思うようにできなくなった母が食卓を見て「わあ、すごい豪勢な朝食」とほがらかに言った。わたしはすこし笑って「ヨーグルトもあるよ」と冷蔵庫から出した。3個パックのヨーグルトのパッケージを開けて、母と兄に渡す。母は「あら、ヨーグルトなんて久しぶり。ねえ、お兄ちゃん」と嬉しそうだった。そういえば、しばらく実家の冷蔵庫でヨーグルトを見かけなかったかもしれない。

それから2週間後、実家に行った。賞味期限が大幅に過ぎた食べ物が冷蔵庫に残されることが増えてきたので、行くたびにチェックして片付けるようにしている。小姑みたいであまり気が進まないが、傷んだものを食べて具合が悪くなるといけないので仕方がない。冷蔵庫を開けて、古くなった食べ物を取り出す。すると、奥にヨーグルトがあった。4個パックのうちの2個と、それとは別の4個パックの残りひとつ。取り出して見ると、賞味期限はまだ過ぎていなかった。田舎で食べたヨーグルトのことを思い出して買ったのかな、と思いながら、冷蔵庫の一番手前に3つのヨーグルトを戻した。
またいつか、このことを思い出すかもしれない。

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