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飛行機が怖かった

私は以前、飛行機に乗ることが本当に嫌いでした。嫌いというか、心の底から怖かったんです。恐怖と不安に襲われました。

先に、今はどうなのか言ってしまうと、どちらかと言うと飛行機に乗る事が好きで、ワクワクすらします。出来ることならいっぱい乗りたいです。心の底から恐怖を感じていた事でも、経験を重ね、考え方を整理することで、好きにすらなるんだなと思っています。

初めて飛行機に乗ったのは大学生の時でした。ヨーロッパの美術館を回る美術大学のツアーに参加した時でした。1ヶ月ぐらいかけるツアーなので何度も飛行機に乗らなければなりません。

私はその時、離陸に恐怖を感じました。機体が加速して体にGがかかる事に恐怖を感じました。そこまで唸り声を上げるなよと思いましたし、機首を上に向けてどんどん上に上がっていく飛行機が、そのうち、機首を下げて一気に地面に下がっていくんじゃないかという不安を感じました。私はそれまで、上がったものは下がるという、ジェットコースターのイメージしか持ってなかったからだと思います。

飛行機が着陸態勢に入って地面が近づいてくると、ホッとしました。やっと「自分の場所」に帰って来れたと思いました。着陸の直前にどれだけ揺れようが、地面が近いことが嬉しかったんです。

大学生のその体験から社会に出るまで、飛行機に乗る機会はありませんでしたが、会社に入ってから出張で飛行機に乗らなければならない事が何度かありました。20代半ばから後半ぐらいの時だったと思います。

飛行機に乗らなければならない事が決まった瞬間、恐怖感が戻ってきました。しかも、脳の中で何倍にも増幅された恐怖です。想像上のありえない恐怖に襲われました。飛行機に乗るまで一ヶ月もあるのに、不安感がものすごく強くなり、一日中そればかり考えていました。

離陸した飛行機が直後に墜落する夢も何度も見ました。「ついに墜落したか!」と夢の中で何度も思いました。飛行機に乗る恐怖を克服する本を取り寄せて読んだりもしました。そんな本は、世の中に2〜3冊しか無かったので、全部読んだと思います。

私のように飛行機に恐怖を感じる人は他にもいるはずなのに、航空会社はなぜ「全身麻酔」のサービスをしないんだと、本気で思いました。

高度1万メートルを飛ぶのはしょうがないとして、飛行機から1万メートルの足が伸びていて、地面にタイヤが設置している状態で飛んで欲しいとも思いました。

そして最大の恐怖を抱えたまま飛行機に乗りました。少しでも揺れると、シートにしがみついて、窓の外を確認しました。窓の外の翼の揺れがものすごく気になりました。それの繰り返しです。客観的に見たらコントにすら見えたかもしれません。

私は本当に心の底から飛行機が怖かったのですが、仕事柄、飛行機に乗ることは避けて通れないだろうから、何とか克服するしか無いと思いました。

一方で、メカとしての飛行機自体や、機内食などの機内サービスに関してはワクワクするものを感じていたので、それらをもっと好きになるように「月刊エアライン」という雑誌を定期購読することにしました。

月刊エアラインは本当に好きな雑誌で、エアライン界隈のあらゆる事が記事になっています。空港のシステムだったり、機内食の作られ方だったり、新しい機種がどこのエアラインに納品された、みたいなことが毎号書いてあります。ほとんど1文字も逃すこと無く、隅から隅まで読みました。読めば読むほど知識も増え、「エアライン業界」が好きになっていきました。

そうこうしているうちに、飛行機が「怖いのに」乗りたくなりました。出来ることなら乗りたくないのですが、あわよくば乗ってみたいんです。恐怖症克服の過渡期なんでしょうけど、そんな時期が来ました。

幸か不幸か、その様な時期に入ってから、飛行機に乗らなければならない機会が一気に増えました。怖いなあと思いながら、空港に行き、機内に乗り込むとワクワクするようになりました。でも、飛ぶと怖いんです。とは言え、前ほど怖くないんです。

そして何十回も乗ることで、恐怖は無くなりました。「自分が想像している様な怖いことは起きない」という事を、脳が感覚的に理解したのかもしれません。

それと、飛行機よりも新幹線やバスの方がよっぽど揺れる、という事にある時気が付きました。新幹線は車輪が線路に着いているし、バスだってタイヤが道路に着いている。なのに飛行機よりも揺れる。

ある時、バスに乗っている時に、目をつむり、飛行機に乗っていると思って乗ってみました。それは飛行機で体験したこと無いほどの揺れでした。一瞬恐怖を感じましたが、目を開けたらバスに乗っていました。バスだと分かると恐怖が無くなりました。

私はそれと逆のことを飛行機でもやりました。飛行機が気流の悪いところに入った時に、目をつむりバスに乗っているつもりになりました。そうすると大した揺れに思えなくなりました。

仕事で同行している同僚が、どれだけ飛行機が揺れても、グーグー寝ている姿にも勇気づけられました。「この人最強だな…」と笑いながら思うことで、自分が生み出している恐怖に飲み込まれない客観性を保つことが出来ました。

世の中を喜劇として捉える事は、生きていく上でとても強い武器になると思います。世の中を喜劇として捉えると、その中にいる自分を客観的に見ることが出来ます。恐怖や不安は自分の内側から湧いて出てくるものなので、客観化という正反対の成分で中性化するイメージでしょうか。

私は飛行機恐怖症だったことで、ムシ恐怖症やカエル恐怖症、ブツブツ恐怖症、穴いっぱい恐怖症などの人の気持がわかります。「何でそんなものが怖いの?」と思いますが、どんな恐怖症も本人にとっては笑い事じゃないどころか、全人格、全人生をかけて怖いんですね。

ムシ恐怖症の人に、ムシを持たせたいという「悪」の自分が出てくる時があるので、気をつけなればと思ってます。

そういう私も未だに「血」が怖いんです。予防接種だろうが採血だろうが、ベッドで寝てやります。怖さのあまり血の気が引いて、倒れるかも知れないからです。でもこれは克服しようとは思いません。血が怖いからと言って仕事や社会生活に影響しませんから。

恐怖や不安に関しては、私の体験上、まだまだたくさんありますので、またいずれ書きたいと思います。

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