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そんな秋の日のこと

(前置き)
※ この物語はフィクション(作者の妄想)です。名前など明らかにあれのそれなのですが、登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のアイドルやアイドルグループとは関係ありません、ということにしておいて下さい。
※ 実際、さすがに現実の立場と関係そのままで書くのは個人的にブレーキがかかったので、別次元のif世界小説となっています。
 3月にむけて、彼女が確かにいたのだということを書きたいという思いが暴走してこじれてなぜか超変身を遂げた結果の産物ということで、生暖かく見ていただけると幸いです。
※ それでも、こういった二次創作が苦手な方も多々いらっしゃるかと思います。ですのでそういった方はこちらのリンクからGEMSCOMPANYによる「JAM GEM JUMP!!!」をご覧になり、そのまま各種MVや配信をはしごしていただければと思います。

1.

「最近、葵ちゃんの様子がなんか変……」
そう呟きながら校舎の廊下を歩く少女。
服装は左胸に校章の付いた紺色のブレザーにチェックのスカートという校内でありふれた制服姿、身長も高校生女子の平均ほどと、それだけであれば目立つ要素はない。しかし引き締まった健康的な身体と、何よりもリボンを使って両サイドをハート型に結ったショートヘアが特徴的で人目を引く彼女の頭の中は今、尊敬する先輩であり親しい友人でもある葵ちゃん……水科葵のことで一杯のようである。
ただしあまりいい意味ではない。心配で頭が一杯のようだ。

「なんていうか、元気がない気がするんだよね……笑顔も引きつってる感じがするっていうか」
葵ちゃんの引き笑いはかわいいんだけど、それとは全然違う。
そんな風に考え込みながら少女は廊下を歩いていく。窓の外は暑かった夏の名残をもはや感じさせない、過ごしやすい秋の日差しに満たされている。そちらに目を向ければ、校舎そばの木々は陽光に照らされて明るく輝いていて、校庭から聞こえる部活に勤しむ運動部の声は活気に満ち溢れている。
そんな明るい日常風景を見ても彼女の心は晴れず、むしろそれら全てが遠いもののように感じられた。

しばらく歩くと、扉の上に『ダンス部』との表札が掲げられている部屋にたどり着く。考え込んでいたからか、彼女の体感ではあっという間だった。
「もういるかな……」
少しの間だけ扉の前で立ち止まった後、小さく、か細く呟きながら扉を開ける。



「お、もも氏~お疲れ~」
「お、ももまるお疲れ~」

「みずねねがシンクロで挨拶してくれた!?」
部屋の中にいた2人の小柄な少女にハモって声をかけられ、その感動に何かがあふれそうになる鼻を押さえてよろめく。
「もも氏!?」
「ちょっ!どうしたんじゃ!?」
「あ、ごめんね大丈夫だよ。ちょっと幸せで鼻血が出そうになっただけだから」
「ようわからんねんけど、それは大丈夫言うんか……?」
「撫さんといいゆずしゅーさんといい、なしてこの部は鼻血が出やすい人が多いんじゃ……」
「まあまあ、それはともかくっ!……て、あれ?ねねちゃんも葵ちゃんも早いね。もう着替えてるんだ」
微妙に困惑顔の2人を改めて見返して、服装が制服ではないことに気が付く。もう練習着に着替えている。
「ホームルームが早う終わったからなー」

そんな風に、いつも通り仲良く会話をする3人の少女。彼女たち3人は部屋の外に掲げられていた通り、この学園のダンス部に所属している。
『もも』の付いた愛称で呼ばれているのが1年生の桃丸ねくと。
そのねくとをもも氏と呼ぶ関西弁の少女が、ねくとが先ほどから心配している2年生の水科葵。ねくとよりも小柄で、ボブカットの頭髪の上部をうまく結ってネコミミのようにするという特徴的な髪形をしている。
そして残りの1人、語尾にしばしは『じゃ』が付く少女。出身地の関係で伊予弁を操る彼女は、同じく2年生の奈日抽(なにぬ)ねね。葵よりもさらに小柄で、髪は腰にまで届きそうな長さであるが、毛先が外側へ大きめに跳ねているためそれよりも少し短く見える。前髪が邪魔にならないようにするためか、頭部左側の高めの位置で小さくサイドテールにしており、髪を結ぶために使っているウサギの付いたヘアゴムがアクセントになっている。
ねくとは2人と学年こそ違うものの仲が良く、部員同士は変に先輩後輩せずフランクに!という部の方針もあり、敬語なども使わずこうして気軽にしゃべっている。

「それじゃあ、ねくとも着替えてくるね」
「おう」
「いってらー」
ねくとはそう言葉を交わして更衣室に向かいながら、ちらりと葵のほうを盗み見る。一見するとおかしなところはない。目の下に不健康なクマこそ見えるものの、これはいつものことである。ねねとゆるーく話をしながらへにゃりと笑う様子はいつも通りにも見える。
(でもやっぱり違和感があるなあ。笑っててもどこか心ここにあらず、っていうか、別の事を気にしている感じ…?)
何か心配事でもあるのかな、聞いてもいいのかな、だけど無理に聞き出すのも迷惑だよねきっと……
あーうー、と唸り悩みながら着替える。その様子を他人が見れば、むしろ葵よりもねくとの方がよほど心配されるであろう悩みっぷりである。
そうこうしながら着替え終わった後、ふと目に入った鏡に映る自身の眉間にしわの寄った顔を見て、ねくとはハッとした表情をする。さすがに悩み過ぎだと自分でも気付いたようだ。
「いけないいけない……ねくとがそんなに悩んでどうするの、って話だよね。これから練習なんだから、集中しなきゃ」
ぺちん、と両手で自身の頬を叩き気合を入れる。しかしその音は、いささか頼りがない音のようにねくとには感じられた。

「1、2、3、4! 1、2、3、4!……」
ダンス部が練習場所として使っている体育館の舞台上、緞帳を下した空間にコーチの先生の声と手拍子が響く。それに合わせてダンス部の面々は最近取り組んでいるフォーメーションの練習を行っている。先生に良かった点を褒められ、それ以上に悪かった点を指摘され改善方法をアドバイスされながら、順調に練習は進む。
体を動かしている間は楽しい。余計なことを考えている暇もない。
そんな心情が現れたかのような楽しそうな顔でねくとは練習に励んでいる。休憩中も、参考にしようと目に焼き付けた他の部員の動きを脳内でトレースしているようだ。例えば部員の中でもダンス歴が長くキレのあるねね。彼女のパフォーマンスを思い返したりしていれば、どんどんと時間は過ぎる。
その中で目に入る葵の動きもいつも通りで、もしかして考え過ぎ、気のせいだったのかとも思い始めるねくとであったが、練習後にやはり何かあると確信に至ることとなる。

それは練習が終わり、着替えを終えて制服姿となったねくとが部室に戻った時の事であった。
葵が独り頬杖を突きながら、明らかなしかめっ面をしていたのだ。何があるわけでもない、のんびりとした秋の空が広がる窓の外をほとんど睨むような目で見ている。そして。
「……………葵ちゃん……?」
「ぉわうっ!ってなんやもも氏か。びっくりしたー」
(小さく声をかけただけなのにそんなに驚かれて、びっくりしたのはねくとの方だよ、葵ちゃん)
そんな内心の考えを表には出さず、努めて明るく話す。
「なんかお疲れモードだね。今日の練習大変だった?」
「んー…そうと言えばそうなんかなぁ……」
本当に聞きたいことからずらした質問をすれば、返ってくるのは何とも曖昧な言葉。ならばもう少し踏み込もうかと前のめりになるねくとであったが。
「さて、うだうだしててもしゃーないな。行くか。もも氏も遅うならんうちに帰れよー」
そう言って、手を振りながら足早に出て行ってしまう。
「あ、うん。バイバーイ」
そう言ってねくとは見送るしかない。
秋の日は短く、外は刻一刻と暗くなっていっている。
自分も早く帰ったほうがいいだろう。そう考えて校舎1階の下駄箱に向かいながら、ふと何かに気付いた顔で呟く。
「あれ?そう言えばなんで葵ちゃん、部室にいたんだろう。ねねちゃんとか誰かを待ってたんだったら1人で帰らないはずだし……」
むむ?と首をかしげながたつぶやくも、答えてくれる者はいない。夜の闇が浸食し始めた校舎の中はただ静まり返り、ねくとの足音のみが響いていた。

2.

翌日。
朝のホームルームが始まる前の教室で、ねくとはぐで~~っと机に突っ伏していた。もやもやしています!という表情をしており、悶々とした気分が解消されていないのは明らかだった。
「ねくちゃん、おはよーそ~い」
「あ、うたちゃんおはよー」
にこにこと笑顔でねくとに朝の挨拶をしたのは、同じクラスの珠根うた。ねくとにとっては同じクラス、同じダンス部、そして同じ猫好きという何かとつながりの深い友人である。付け加えるなら、中高一貫のこの学園に高等部から入ったねくとと違い中等部上がりで、しかも幼少期からダンスを習っていたりと、少し先輩のような感じもする存在。部内では頼りになる相手なので、少し尊敬も感じていたりする。
「ちょうどいいところに。ねー聞いてよ、うたちゃん。昨日さぁ、にゃん丸に構い過ぎちゃってさ……朝になったら明らかに避けられてるというか逃げられてるというか、そんな感じになっちゃって…」
「あー、猫好きがわかっててもついやっちゃうやつだ」
「そうなんだよ~。モフモフしてたら止まらなくなっちゃって」
「わかるー。あの魔力には逆らえないよね~」
悶々とし過ぎてモフモフし過ぎてしまい、飼い猫にそっぽを向かれてしまったわけであるがその悩みには深刻さはない。にぎやかな朝の教室の中で気軽に笑って話せる程度の事である。原因がはっきりしているので、あとはどうやってにゃん丸と仲直りするかを考えればいいだけ。そもそも何を考えればいいのかわからないネコミミの友人の件に比べれば、よほど簡単な話だとねくとは感じている。
「やっぱり仲直りには、ちょっとクールダウンの時間を置いた後におやつ作戦、が定番かなあ」
「構ってほしそうなタイミングが狙い目だそい」
そんな風に雑談に興じていると、担任の先生が入ってきてホームルームが始まる。それが終わればすぐに1時間目の授業へ。
授業が始まれば、教室には教師が黒板にチョークで文字を書くリズミカルな音と、クラスメイトが筆記用具を走らせる小さな音だけが響く。外からはかすかに聞こえる体育の授業の声と、車が走る音。
いつも通りの日常。楽しい学校生活。

口から出るのは、ため息。

(いつも通りなはずなのに、葵ちゃんに元気がない感じがするってだけでこんな気分になっちゃうのかあ。私、すっかり葵ちゃん大好き人間になってたんだね)
ため息をつきながら苦笑する。
(不思議だなあ。知り合ってからそこまで長い時間は経ってないのに、葵ちゃんも、ねねちゃんも、他のダンス部の皆のことも、かなり大切な存在になってる)
それだけダンス部での日々が楽しいのだろう。自分が思う以上に。そうねくとは考える。もちろん練習が大変だったり、うまく結果に結びつかなかったりと楽しいだけではない。ないけれど、思い返せば楽しい思い出で心が満たされて自然と笑顔になる。
入部以来彼女が過ごしてきたのは、そんな日々。
「……うん、なんか元気出てきた」
(大切な人の事なんだもん、悩んじゃうのはしょうがないよね。でもみんなと、葵ちゃんと一緒にまだまだ笑顔でいたいなら、行動もしなきゃ始まらないよね! )
「よし、頑張るゾ」
小さくガッツポーズをして、かわいく気合を入れる桃丸ねくとであった。

「あ、いた。ねねちゃーん」
「お?ももまる?やほんぬー」
昼休みを利用して探していたねねを見つけ、ねくとは声をかける。葵と一緒にいた場合は出直すか、最悪こっそりスマホで連絡して二人だけで話ができるようにするつもりであったが、その手間はかけずに済んだようだ。
「ごめんちょっといいかな。聞きたいことがあるんだけど……」
「別にかまんよー。むしろももまりゅだったら何かあっても最優先するで!」
「あはは、ありがとう」
(やっぱりねねちゃんはやさしいな、気を遣わせないように冗談を言ってくれてる)
ねねのほうからすると冗談ではなくかなり本気なのだが、ねくとはそう考える。身体は小さくてかわいいかわいい女の子なのに、内面は自分よりも大人だ、と常々ねくとが思っているせいもあるだろう。
そんな大人なねねが、自分よりも葵と一緒にいる時間が長く、『しなしな』という愛称で呼ぶほど仲良しなねねが、葵の異変に気付いていないわけがないとねくとは考え、聞いてみようとねねを探していたのだ。逆に言えば、ねねが気にしていなければ自分の杞憂だったのだと安心できるとも考えての行動である。
「実は葵ちゃんのことなんだけど……最近なんか元気がない気がするっていうか、無理にいつも通りにしている感じがするっていうか、とにかくなんか変な感じしない?ねねちゃんなら何か知ってるかなーと思って」
そう言うねくとに対して、ねねは片手を腰に、片手を額に当てて盛大にため息を吐きながら言う。
「はあ~~~~……やっぱり桃丸にはバレバレじゃ……それどころか心配かけとるし。だから変に隠すな言うたんじゃ……」
「知ってるの!?」
ねくとは目を見開き、前のめりになって問いかける。
いやこれは、何かどころか完全に知っている反応だぞ!やはりみずねねには隠し事なんてないのか!てぇてぇぞ!!みずねねはいいぞ!!!
…………………おっと、いけない………………コホン。
前のめりで迫ってしまった自分の反応にねくとは少し顔を赤らめながら、一歩引いた後に改めて聞く。
「葵ちゃん、何かあったの?」
「うーん、一応本人が恥ずかしがっとって、隠したがっとるからなぁ。なにぬから言うてしまってもいいんじゃろか…… とりあえずこれだけは言うとくけんど、正直しょぼい話じゃし、すぐに解決もするけん、そんな心配せんでもええで。」
「むぅ……」
どうやらはっきりとは教えてくれる気がないらしいとわかり、若干むくれるねくと。ねねがこう言う以上、心配するほどの話では無いようなので安心はするものの、多少は何かがあるということでもあるので今一つすっきりとしない、という顔をしている。
「うぅ………ももまるにそういう顔をされると弱いんじゃ………じゃけんどしなしなを裏切るわけには……」
「あ、ごめんごめん。気にしないで。深刻に心配しなくていいことだってわかっただけでも良かったから」
「ほんまにすまんの」
「いいよいいよ。本当に気にしないで。ありがとう」
そう言ってふわりと笑うねくと。
「……やっぱり天使じゃ……」
そう言ってねくとを拝みだすねね。ちょっと恥ずかしそうに、そんなことないよー、と慌てるねくと。この二人、互いに互いのことをかわいい、優しい、天使と言い合って楽しそうにしているのがいつもの事なので、まあいつもの光景である。

キーンコーンカーンコーン……

「あ、もう予鈴。教室戻らなきゃだね。じゃあねー、ねねちゃん。また部活で!」
「じゃあの~ほなな~」
そう言いながら手を振りあって2人は別れる。
少し進んだところでねねはねくとの方を振り返り、どことなく軽い足取りで去っていくねくとの後ろ姿を見つめる。
「………………。ふう、やれやれじゃの……これは一肌脱いだるか……」
あきれたような、二人とも仕方ないなあというような笑顔を浮かべながらつぶやくと、自分も教室に向かって歩き出す。その足取りは軽いどころではなく、窓から差し込む明るい日差しの中をすたたたたと小走りに進んでいくのであった。

一方のねくとは、自分の教室へと向かいながら考える。
今日は部活はないが、明日は練習がある日だ。深刻ではないにせよ、元気がないのであれば元気づけるぐらいはしてあげたい。何かできないだろうか、と思案する。
「重くない感じがいいよねきっと。なんだろう、葵ちゃんが喜ぶこと……葵ちゃんが喜ぶこと……」
ねくとの脳裏に浮かぶのは、ネコミミ頭の彼女のかわいい顔。
「ん?……ネコ?……ネコ………にゃん丸………そうだ!」
いい事思いついた!これなら絶対に喜んでもらえる!!と、満面の笑みで廊下を進む。足取りはますます軽く、ニコニコしながら小さく鼻歌まで歌いながら歩いている様子はとてもかわいらしい。
思い付きの細部を詰めようと思考を巡らせながら上機嫌に歩く彼女の足元の床は、窓から差し込む日によって光と影に二分されている。その真ん中を、ねくとは足早に進んでいった。

3.

朝から広がる綺麗な青空にテンションは高まる。木にとまるスズメの元気な鳴き声はさわやかな朝に彩をもたらし、陽光は校舎を明るく輝かせている。

そんな朝の景色の中、ねくとはトレードマークともなっているハートのショートヘアを弾ませながら校門をくぐる。鞄に秘策、というほど大げさなものではないが、あるものを忍ばせながら。
「~~~♪  放課後が楽しみだな~♪」
普段から、部活があるというだけで放課後が楽しみなねくとであるが、今日はいつもの何倍も楽しみになっている。
別に『これ』を渡すのであれば、この朝の時間でも昼休みでもできるのだが、ゆっくり渡せるのも『これ』を渡すのに最適な時間も、やはり放課後だろうとねくとは考えている。
なので、放課後を待って葵に渡すつもりだ。
「あ、うたちゃんおはよー」
昇降口で見つけた友人に声をかけながら、まずは一日授業を頑張らねばと気合いを入れるねくとであった。

本日最後の授業の終わりを告げるチャイムが響く。
ねくとにとっては待ち焦がれていた瞬間だ。ホームルームもそこそこに、日直の仕事があるうたにまた後でねーと声をかけると、部室へと急ぐ。走りこそしていないが、かなりの早歩きなあたりに心情がよく表れている。
廊下を歩く生徒を、ときに追い越し、ときに華麗なステップでかわしながら進めば、もう部室は目の前だ。
「おはようございまーす!!」
「やっほー」
「おはよ~さん。元気やなー、今日も」
元気よく挨拶をしながら部室に入れば、真っ先に挨拶を返すねねと葵のみずねねコンビ。それを嬉しく思いながら、部室にいた他の部員とも挨拶を交わしていく。
そうしてねくとが他の部員にも挨拶して二言三言話したりしている中、ねねは葵をじっと見る。笑顔ではあるのだが、目が笑っていない。その顔にはまるで「しなしな、わかっとるな?」と書いてあるようだ。それに葵は「わかった!わかったっちゅうに!」という目線を返して、ねくとの方を向く。
「……あんなもも氏、その、最近やねんけど「ねえねえ葵ちゃん!葵ちゃん!!」」
意を決して話しかける葵であったが、声が小さくねくとには聞こえなかったようで、あっさりとハイテンションなねくとの声に遮られてしまう。
「お、おう、なんや」
「今日ね、いいもの持ってきたんだ!特に葵ちゃんに喜んでもらえそうなもの!!」
「あえしが喜びそうなもの?」
そう言われてしまうと、話しかけようとしていたことも半ば忘れて気になってしまう。
「んっふっふー。それはねー…………じゃじゃーーーん!!!」
「………きんつば…!?」
きんつばである。繰り返します。ねくとが鞄から満面の笑みで取り出したのは、きんつばである。

そう、これがねくとの秘策(?)である。名付けて『おやつ作戦』。昨日の朝のうたとの会話をヒントに思いついた策、というよりもほぼそのままと言ってもいい。水科葵、完全にネコ扱いである。
もっとも、人の好いねくとに変な意図はなく、極めて本気である。そもそも最初はきんつばではなく、なにかあんこを使ったお菓子でも作って持っていこう、甘いもの・好きなものを食べることで少しでも元気になってもらおう、という思い付きだったのだ。
それが昨日家に帰ったところ、たまたま親がちょっといいお店のきんつばの詰め合わせをもらってきていたので、頼み込んでたくさん持ってきた、というのが後になって彼女が説明した経緯である。

なにはともあれ、いいお店のものだけあり実に美味しそうなきんつばである。多少元気がなくとも、心配事があろうとも、葵ならば目を輝かせて飛びつくであろう。これぞ猫まっしぐら!

そんなことを考えながらねくとが顔上げると、そこには。
「……………………んー………………」
難しい顔、妙な思案顔でねくとの手元を見つめる葵の姿があった。

(………え…?な、なんで?)
そう困惑するねくとに追い打ちをかけるように、葵は言う。
「いや~その、な。おいしそうやねんけど。めっちゃおいしそうやねんけど。すまん、今日は遠慮しとくわ。あえしの分もみんなで食うてくれ」
「…………………………………………」
「と言うのもな、実は………って、おーいもも氏?」
葵の声に一切の反応を見せず、微動だにしない。
「もも氏~?ねくとさーん?桃丸ねくとさ~ん?おーい」











「あ お い ち ゃ ん が き ん つ ば を た べ な い !?
  なんで!!?? 
     どうして!!!???
        そんなの絶対おかしいよ!!!!!!!!」

カッと目を見開き、ガッと葵の肩を掴むと激しく揺さぶる。ゆさぶるねくと。
「ちょっ、まっ、落ち、着けー!」
ガックンガックン揺らされて、しゃべるのにも一苦労な葵であるが、ねくとは止まらない。とまらぬねくと。
「だって葵ちゃん、あんこ大好きだよね!きんつば大好きだよね!なのにきんつばが目の前にあって食べないなんて、ありえないよ!」
「ありえるわ!あえしだってあんことかきんつばとか食べへん時くらいあるわ!」
わーきゃーと言い合う2人。傍から聞くと妙な言い合いなのだが、ヒートアップしている2人、特にねくとは気付かず続ける。つづけるねくと。
「どうしてなの!何があったの!?葵ちゃんがきんつばも喉を通らないほどなんて、余程のことだよね!?もう教えてくれるまで離さないんだから!」
「にゃーーー!!は・な・し・を・聞けやーーーー!!」
揺さぶられるままだった葵がついに爆発し、ねくとの手を何とか振り払う。そして間髪入れずに言う。

「虫歯だからやーー!!!」

瞬間、時が止まったように静まり返る部室。
目が点になって固まってしまうねくと。かたまるねくと。
その反応を見て葵も我に返ったようで、急に顔を赤らめて恥ずかしそうにする。かわいい。
「あ……いや……だからな、その……この年になってちゃんと歯磨いてへんのかっちゅう話やねんけど……最近虫歯になってしもうてな。結構痛くてな。でも歯医者とかちょっと怖くてな? その、なんちゅうか、そういうこと言うんは恥ずかしいやんか……」
しどろもどろになりながらなんとか説明を続けるも、徐々に声がトーンダウンしていく。得意の歌を歌っているときとは比べものにならない小さな声だ。大変にかわいらしい。
「一昨日も歯医者行きたないなぁ思て部室でグダグダしとったら、もも氏に見つかってまうし。それで恥ずかしゅうなってさらに言えんくなってしもうて……」
もごもごと小さな声で言う葵に、横からため息とともに声がかかる。
「恥ずかしいんはわかるんじゃけどな。そもそもなってしまったものはしょーがないけん、すぐに歯医者にいかんかったのが悪いんじゃ」
さすがに見ていられなくなったのか、ねねがツッコミをいれた。
「それができたら苦労はせんのや!だいたいなにぬが『それ、虫歯やないの?』とか言うから、そうとしか思えんくなってさらに痛くなったんやないかー!」
「それで虫歯じゃ~ってわかったのにすぐ歯医者にいかんで、それでそこのかわいい桃丸さんに心配をかけたのは、どこのどなたじゃったかのう」
「うぐっ……」
ねねに八つ当たり気味に食って掛かるも、痛いところを突かれて言い返せない葵。思わずねねから目をそらせば、ねくとがなにやら俯いて震えている。
「も、もも氏?やっぱり怒っとる、か……?」
「……………………………………っ!!!」
「……もも氏~?」
そうして顔を覗き込むとそこには。

「………ふふふふふ!あはははは!」

笑いが止まらなくなっているねくとがいた。
大声で笑うというのではないが、声にならない笑いが止まらないという感じで、おなかを抱えて笑い転げている。ねくとは笑いがツボに入ってしまうと止まらないところがある女の子なので、こうして笑い出してゲラまるねくとになってしまうと、しばらくはどうにもならない。
「なにわろてんねーん!」
「ごめん、でも……うふふっ!虫歯って。んふふふ…!本当に何事かと思ってたのに、虫歯って!あははは!」
「わーらーうーなー!恥ずかしいやんかー!」
「虫歯も油断しちゃ…ふふっ!ダメなんだから、うふふふ!ちゃんとお医者さん行こうね………んふふふふふふ!」
顔を赤らめて恥ずかしそうに叫ぶ葵であったが、ねくとはそう言って笑い続ける。酸欠になる~~と顔に書いてあるが、それも声に出す余裕がないほど笑いが止まらない。
しかしそこに馬鹿にするような雰囲気はみじんもない。それよりもむしろ、そのぐらいでよかったという安堵がにじみ出るような笑い方である。笑い続けながらも葵を心配する発言をしているからか、葵もそれはなんとなく感じ取っているようで、いまいち強く言えていない。先ほどのお返しとばかりに、ねくとの肩をつかんで軽く揺さぶるのぐらいで精一杯である。
「いいぞー!もっと笑ってやれー!」
「なーにーぬー!!!」
「あはははははは!」
ここぞとばかりに煽るなにぬと、ならばと八つ当たり(?)をする葵。2人に挟まれながらねくとは笑い続ける。笑いながら想う。

ああ、楽しいな。
そう心から思う。
葵ちゃんがいて、ねねちゃんがいて、うたちゃんやほかの皆がいて。
練習は大変だし、周りには上手い人がいっぱいいてちょっと落ち込んだり、最近みたいに誰かのちょっとしたことで悩んでしまったり、そういうこともあるけれど。
それ以上に楽しいことがいっぱいで、こうして笑いが止まらなくなるくらい笑い転げてしまうこともある、この学校、この部活での日々。
この幸せがいつまでも続いてほしいというのは、さすがに叶わない我がままな願いだと知っているけれど。
それでも、少しでも、一日でも長く続くといいな。

「ええーい、いつまで笑っとんのや!くっそ、もうほっぺつまんだる!」
「あ、やっひゃなあ。おひゃえひ!(あ、やったなあ。お返し!)」
「あひゃひゃ!待って待って、くすぐったい」
「あ、ずるい!うちも桃丸のほっぺぷにぷにしたい!」
「ねねひゃんのもひゃひゃらひぇひぇひゅれるならいいひょー(ねねちゃんのも触らせてくれるならいいよー)」
「やったー!」
「あーもう、なんなんやこれ。って、だからくすぐったあひゃひゃ!」

3人はあれこれ言いながら、笑いながら、楽しそうにじゃれあう。
その幸せそうな姿は、当たり前のものではないけれど、いつものこと。
いつもの日々の中のほんの一瞬で、そして大切にしたい一瞬。
そんな一瞬を積み重ねた日常を、今日も過ごしている。

そんな日常の大切さを改めて感じた日の出来事。
何気ない、幸せな、秋の日のこと。

……

………

…………

……………

なんて、ポエミーに冷静に物語ってなんかいられますか!
なんですかこのてぇてぇ光景は!みずねねはいいぞ、ねねねくはいいぞ、みずねくはいいぞ、みずねねねくはいいぞ~~~!!!!
ああもうホント、超お嬢様学校と迷ったけど、この学園に、この部に入ってよかった~~~本当によかった~~~~~♥💛♥
我が青春は、ここにあり!!
………………あ、鼻血が止まらない………もう限界………………
それでは皆様、ごきげんよう………花菱撫子でしたー、ggy~………(パタリ)

EX.

「みんなお疲れー、ってシコ!?あんたどうしたの!?」
「あ……マヤたそ、ごきげんよう……」
「ごきげんよう、じゃない! ……まあ、そこできゃっきゃしてる3人を見てなんだろうとは思うけどさあ、鼻血出して突っ伏すほどなんてよっぽどじゃん……」
そう言いながらティッシュを詰めて介抱してくれるマヤ様、優しいわー。
…おや?なんか怪訝な顔でこっち見てる?
「……シコ、あんたまさか、また盗聴とか盗撮とかしてたんじゃ……」
ギクッ。
「い、いきなり何の話かなー、マヤ様?」
「いやさ、シコならあれ興奮して当たり前だし?マヤたそもほっこりしてるんだけど……ここまでってなるとさ、なんかこう裏事情?みたいなものを盗み見てたから知ってて、それでさらに興奮してるんじゃないかとか思っちゃうんだよねー」
ギクギクッ。
「か、考えすぎじゃないかなぁー」
まずいなあ。ばれそうな瀬戸際だぞー?
「……本当の事言わないと、アンタがお気に入りのみこみこちゃんと接触禁止にす「私がやりましたあああああああ!!!!」はっや!」
マヤたそが何か叫んでるけどそれどころじゃない!みこちゃん接触禁止、断固阻止!早いとこ弁解しないと!
「でも大丈夫だから!ちゃんと自重して、本人達につけたりはしてないから!学園内にたくさん設置しただけだから!」
「十分OUTだわ!」
そう言って私の額をぺちんと叩くマヤ様。鼻血を出しているせいか手加減してくれてるなあ。優しい……
「まったく……その元気があるならちょっと準備手伝いなさいな」
そう言って私を引きずっていく。
「できればもうちょっと、あの3人のいちゃいちゃを見てたいなあ」
「Shut up!だまらっしゃい!いいから手伝え!」
問答無用かぁ。しょうがない。
「元気もチャージできたし、それじゃあ部活、がんばりましょう♥」

今日もかわいいかわいい皆を観察して精一杯愛でて。愛でているだけなのにみこちゃんに冷たくあしらわれて、マヤたそには突っ込まれて。
でも好きだよ、って気持ちでいると、好きだよ、って返してもらえて。だからみんなのことがもっと好きになる。
そんな日々を積み重ねて、今日も楽しく学園生活をエンジョイしている。

そんな、当たり前ではないけれどいつもの日々の出来事。
何気ない、幸せな、秋の日のこと。

今日も今日とて。