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奨励会を辞めたときの話 中編

どうも、ひらおです。

この記事は中編です。

前編をまだお読みでない方は
こちら↓から先にお読みください。

https://note.com/hirahirakenken/n/na8e8b6e121b6


奨励会を辞めた後、連絡をくれたのは兄弟子の山本くんだった。

「うちで将棋指しませんか?」

そんな感じの、短いメールだった気がする。

山本くんとは長い付き合いだったが、彼の家に行ったことはなかった。
俺はちょっと緊張しながら、自転車で待ち合わせ場所に向かった。

山本くん――本名、山本博志。

現、将棋棋士五段。

彼と初めての出会ったのは地元の将棋教室だった。

俺が小4の頃通い出した、小倉久史先生(棋士八段)の将棋教室。
そこにひとりだけ、ものすごく強い子がいた。

その子は俺よりひとつ年下だった。
それなのに、小倉先生と平手(ハンデなし)で指している。
俺は飛車角落ちでも先生に勝てないのに。

「山本くんは強いなぁ。才能が違うわ」

子どもに蹴散らされたおっちゃんが言う。

彼は謙遜するでもなく、自慢するでもなく、ただ落ち着いて将棋に勝っていた。
その姿は子ども心に眩しかった。

その後、俺が時間をかけて飛車角落ちを卒業し、飛香落ちに勝つか勝たないかの間に、
山本くんは小倉先生の弟子になり、奨励会に入った。

俺がクソ雑魚なのにどういうわけかプロになりたいと言い出し(ここらへんの話はいずれ別記事で書きたい)、
2年以上かけて奨励会に入る頃には、
山本くんは順調に昇級を重ねて2級くらいになっていた。

ずっと、遠くに背中があった。
遠すぎて、「いつか追い越したい」などとも思わなかった。

年下の兄弟子の成績表は白星が並んでいて、やや黒星多めの俺とは対照的だった。
同じ世界で同じものを目指しているのに、全然違うところにいるようだった。

「共に切磋琢磨してきた」というにはおこがましいような差が俺と山本くんにはあった。

だから、奨励会を辞めるときも特に連絡しなかった。
それだけ遠い存在だったのだ。

その山本くんが連絡をくれて、「将棋を指そう」と言う。
嬉しいような、複雑なような。

仮にも人の家にお邪魔するのなら、菓子折りくらい持ってくるべきだったかな。
山本くんの家に到着してから、俺は少し反省してそんなことを考えていた。

案内された部屋には将棋盤とチェスクロックが置いてあった。

「20分の30秒でいいですか」
「はい」
「よろしくお願いします」

俺と山本くんは基本的に敬語で話していた。
勝負の世界なのだから、弟弟子の俺が山本くんに敬語を使うのは普通なのだが、
俺のほうが年上ということで、彼も気を遣って敬語で話してくれていた。

人間的にも、俺なんかよりよくできた人なのだ。

居飛車対角交換四間飛車。
将棋は熱戦になった。

山本くんは明らかに全力で指していた。
それが嬉しかった。
呼応するように俺もよく手が見え、優勢になった。

将棋は俺が勝った。
山本くんは「負けました」と投了して、
少し笑いながら「え、強くないですか」と言った。

対山本戦、通算3勝目。
小学生の頃、将棋教室の片隅でちょっと会話しながら指したようなものも含めて3勝目。

負けた数は50くらいかな。もっとかな。
とにかく指した数だけ負けている。

その彼と、こんなに良い将棋が指せた。
やっぱり将棋を指してきてよかったなぁ。

将棋の後、少しだけ雑談をした。
なんとなく、敬語じゃなくなったりもした。
「なんで奨励会辞めたってわかったの?」
「まぁ成績を見れば、辞めたって思うでしょ」
「そうか…ありがとうね」
「でも、今日は本気で負かしにいきましたからね。あ、よかったらこれどうぞ」

山本くんはコーラをコップに入れて出してくれた。

ありがとう、と受け取ったのだが、実は俺は炭酸が大の苦手だ。

口の中をシュワシュワ攻撃してくる飲み物の何がいいんだ。頑張っても飲めたものじゃない。

…とか言えるわけねえじゃん?

この良い場面で山本くんがくれた気遣いを受け取らずして何が勝負師か。
今こそ奨励会員の気概を見せるときだ!

…げふぉ!
とほぼ吐きかけていたのだが咳払いしてごまかし、ひと口だけ飲んだ。
後は残した。山本くん本当にごめんよ。

それからはまた将棋の話を少しして、すぐに解散した。
これから先の人生の話をすることもなく、感傷に浸ることもなかった。
夕方の景色の先に、どんなに進んでも山本くんのいない道が広がっていた。

長い年月が過ぎた。
俺は結婚し、麻雀プロになり、子どもが生まれた。
山本くんは夢を叶えて棋士になり(めちゃめちゃすごい)、眩しい世界で戦っていた。
もう2度と会うことはないだろう。そう思っていた。

そんな折、不意に山本くんから連絡をもらった。今年の夏である。

長くなってきたので急遽前後編ではなく前中後の三部作にします!
計画性なくてごめんなさい!

またしても次週に続くのじゃ!

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