読みコント『絵になる物語』

海辺の砂浜で、一人の女性が暮れていく夕日を眺めていた。

その女性は白いワンピースを着て、白い帽子を被り、手には青い靴を持って、寄せてくる波に素足をさらしていた。

僕はその姿を遠くから見ていた。別に僕はその女性のストーカーでもなければ、知り合いでも彼氏でもない。たまたま海の絵を描こうとここにやってきただけである。

それにしても、誰がなんと言おうと絵になる風景ではないか。

真っ赤に染まる空と海、それを見る白い服を着た女性。色のコントラストが絶妙である。

絵描きでなくとも、この状況を目の当たりにしたら、絵の一つや二つ、インスタグラムの一つや二つはあげたくなるだろう。

僕はすぐに白いキャンバスにおおまかな下書きを施した。

そして、すぐに絵筆を手に取った。愛用の木製のパレットに絵の具を混ぜ、まずは夕日の燃えるような赤色を作りたいところだ。

ふと、女性を見ると、さっきまで立っていた、場所を少し移動し、砂浜にかがみこんでいた。

何かをじっと見ている。

綺麗な貝殻か?そりゃあ白い服の清楚な女性は綺麗な貝殻に目がないだろう。


それとも、でかいカニか?そりゃあ人間なら誰しもでかいカニがいたら、興味を持つ。


いやいや、きっとあれだ。韓国語のラベルが貼ってある容器だな。内容を理解できないにしろ、見てしまう。

う〜ん、なんだろう。

そう疑問に思っていると、その女性の手に握られていたものがキラリと光った。

おいおい、まさか、あれは


ガラスの瓶だ。


ガラスの瓶。


もしかすると、あれだ、僕の勘が正しければ・・・


やはり、女性はそのガラスの瓶を空にかざして中身を見ようとしている。

僕も遠くからで、なかなか確認できないけど、どうやらガラス瓶の中には何か入っているようだ。

女性はガラス瓶を振っている。


これは、まさか


手紙じゃない?


ガラスの瓶の中に手紙入ってるんじゃない?


どこか遠い異国に住む青色の目の金髪の青年が海の向こうに想いを馳せて、どこかの誰かに宛てた手紙じゃない?


とてもロマン溢れるシュチュエーションではないか。

絵描き冥利に尽きるというものである。


ガラス瓶を直接描かずとも、このバックグラウンドがあることで、描き方は変わってくる。

絵というものは描かずして、どれだけ見る者に多くの物語を伝えられるかが絵の良し悪しだと僕は考えている。

さあ、状況は整った。あとはこの素晴らしい情景をどのように自分らしく描き切るか。

僕は絵筆を女性がいる方向へかざし、最終の構図チェックをした。

すると。


あれ?

あれ?


あれ?


女性がガラス瓶をものすごい振っている。


そう、ものすごい振っている。

そして次には、ガラス瓶の蓋辺りをを手でぎゅっと握りしめている格好になっている。



これは・・・



蓋が開かないのか・・・



どうしても中身が気になってこじ開けようとしているのか?



でも開かないのか・・・


どうなんだろう・・・


しかし、遠くからでもガラス瓶に対して鬼気迫る勢いでもって、ぐーーーっと蓋を開けようとしているのがわかる。


手をひらひらして、ふーふーしている。

痛くなるぐらい握りしめたんだなあ。


今度は白いワンピースの裾をガラス瓶と手の間にかまして、もう一度蓋をぎゅっと握り、開けようと試みているようだ。

布をかますことで、手の痛みは和らげることはできるけど、その格好は見るに耐えない。

それでも蓋はうんともすんとも言わないようだ。

どんな蓋なのだろうか。



あ。


あーあ。


完全にイライラしているようだ。

砂浜にガラス瓶を叩きつけては、めり込ませている。

叩きつけてガラス瓶をかち割る強行作戦に出たようだが、さすがは砂浜、しっかりと衝撃を吸収し、割れる気配を見せない。

もう一度、ふりかぶり、砂浜に投げつける。

さらにもう一度。

投げつける。

何と言ってもフォームがすごい。

ドジャース時代の野茂を彷彿とさせるトルネード投法で、砂浜に叩きつけている。

すごい。

見た目とは裏腹に肩が強いようだ。


もう、僕は絵筆もパレットもキャンバスも地面に置いて、その女性に釘付けである。どうやってガラス瓶の中の物を取り出すか見届けたくなっていた。

叩きつける作戦は辛くも失敗に終わったようだ。


ガラス瓶を砂浜にめり込ませたままにしている。

女性は立ち去ろうとしていた。


え?諦めたのか。


嘘でしょ?あれだけ挑戦したのに。

その女性は、もうガラス瓶に全く興味がなくなったかのように、ワンピースについた砂を手で払っている。

僕はなんかとても残念な気がした。

しかし、次の瞬間、その女性は野生動物のような俊敏な動きで振り返り、ガラス瓶に飛びついた!

そして蓋をぎゅるぎゅると握りしめている格好に戻った。



これは



まさかとは思うが


ガラス瓶を油断させたのか


一度、帰るふりをして、ガラス瓶を油断させておいて、蓋を開けるという作戦に出たということか?

ガラス瓶の気を緩ませて、蓋も緩ませるということか。


真意はわからないが、もしそうだとしたら、この女性はなかなかの逸材であると思った。そこまでして中身見たいなら、もっと方法ありそうなものなのに。

より目が離せない。

目が離せないぞ・・・ん?

僕は咄嗟のことで理解できなかった。

ん?

あれ?

こっち見てる?

あれ?

こっち見てるな、これは

あの女性は右手にだらんとガラス瓶を持ったまま、こちらを見据えていた。

僕は目を逸らすのが遅れてしまった。

僕がずっと見ていたのが気づかれてしまったかもしれない。

もし、そうなら女性に気まずい思いをさせてしまっているのかもしれない。

その女性のあらゆるガラス瓶を開ける手段を見てしまったのだから、きっと赤面して、きゃーなんて言いつつ、裸足のまま駆けて・・・


バリーンッ!!


僕の耳の横で強烈な破裂音が響いた。


え?

僕の呆気という呆気がとられた。

女性の方を見ると、絶対何か投げたであろう投球フォームの最後の形をとって眼光鋭くこちらを睨みつけていた。


確実にガラス瓶投げましたね。


ガラス割れる音したしね。バリンって。


一間置いて、僕の頰に鋭い痛みが走り、ツーっと一筋の血が流れた。


かすったんだね。

ダイレクトに当たってたらやばかったね。


こわいね。


逃げようね。


と思って、絵の道具一式を放り捨てる覚悟で、手を地面に置いて立ちがろうとした時に、小さな紙の感触があった。

ふとそれを見ると、ガラス瓶の中身であろう紙切れであった。

はっとして女性を見てみる。

女性は銅像のように先ほどと同じポーズのまま固まっていた。


こわいね。



僕はおそるおそる、その紙切れを見てみる。


その紙にはこう書かれていた。


「5数えろ」


え?

5数えろ?

どういうこと?

この訳もわからない指令に従いたくない思いはあったが、頭の中で5を数えることをなぜか止めることはできなかった。

数えてしまった・・・


次の瞬間


ずっと投球フォームのポーズのまま固まっていた女性が動きだした。というか、寒いのだろうか、ブルブル震えだした。

僕はさきほどの怖さを忘れ、心配になって駆け寄ろうとした。

すると


ズズズズズズ


その女性がみるみるうちに大きくなっているではありませんか。

そして、ゆっくりと大きくなっていく内に、女性としての姿も変容していった。


どこかで見たことがある姿である。

それはもう人間の姿ではなかった。


そう、その姿は、巨大なイルカであった。

全長8メートルはあろうかと思われるツヤツヤとした巨体である。

そして、その巨体に見合う大きな尾びれで、砂浜をバシンッと叩き、大きく宙返りをした。

そのまま海へ、着水したのであった。


僕はその時間にして数十秒の出来事をただ呆然として見ることしかできなかった。

僕の頭はまだぼーっとしていた。もう少しぼーっとしそうである。


海を見る。

すると、さっきの巨大イルカが僕に、いたずらっぽい顔をしながらジャンプを見せた。ダイナミックな飛沫が上がった。

怖いという感情はあったけど、暮れ行く夕日をバックに巨大なイルカがジャンプしているところは、とても美しかった。


***



「という感じの物語を、この絵から感じ取ったよ〜」

「ラッセンの絵そんなんちゃうて」


おわり





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