読みコント『括弧高等学校括弧学科』
キーンコーンカッコーンキンコーンカッコーン。
気の抜けるような授業の始まりのチャイムが学校中に響き渡る。
1時間目の数学の授業が始まろうとしているのだ。
我が高校は有り体に言えば進学校である。毎年何十人も某有名大学某有名学科に進学させている。
この高校の授業カリキュラムも特別なのだが、その秘訣は挨拶にある。
授業が始まる前に我々生徒を奮い立たせる挨拶があるのだ。
キーンコーンカッコーンキンコーンカッコーン。
このチャイムが鳴り終わったと同時に、ドアはガラリと開く。そのタイミングはいつも寸分の狂いがない。
ドアを後ろ手で閉め、クラス中を見渡す。
僕らの担任の先生、三好先生である。
ひょろりと長い体躯、その体つきにそぐわないカクカクの角刈り、大きな金縁メガネ、その奥には眼光鋭い狐目、スリーピースのスーツを着ていて、体育教師でもないのに竹刀を持っている。
今のご時世に珍しい。もちろん、その竹刀で体罰はない。あくまで教卓を叩き、音で気合いをいれるための道具である。
いつものようにゆっくりと歩き、三好先生は憮然と教卓の前に立つ。
それを合図に生徒全員は起立する。そして生徒達全員の挨拶である。
「おはようございます!」
三好先生は呆れたように、よく通る声でつぶやく。
「なんだ、その挨拶は」
生徒達は一瞬、ビクッと体を震わせ、もう一度挨拶し直す。
「おはようございます!!」
「違う」
三好先生はまだ納得していないようである。
「おはようございます!!!」
「違うだろ。私はいつも言っているよな。鉤括弧で挨拶するなと。もっとぶつけてこい!挨拶を笑うものは挨拶に泣くんだ」
「おはようございます!!!」
「まだ鉤括弧だ、そんなものか、お前達の挨拶は」
「おはようございます!!!」
「違う」
バシーン!三好の竹刀が教卓に炸裂した。生徒達は背筋を伸ばした。
(おはようございます!)
「おい!誰が丸括弧で言っていいと言った!なんか心の中で思っている感じになってるじゃないか!」
「おはようございます)
「まぜるな!鉤括弧と丸括弧を混ぜるな!もういい、月岡、お前、挨拶してみろ」
そう、名指しされた月岡くんは一生懸命大声で応えた。
『おはようございます!』
「なるほどな、二重鉤括弧か、悪くない。しかしまだいけるぞ。もう一度!月岡!」
月岡君は喉千切れんばかり叫んだ。
{おはようございます!}
「ほう、波括弧か、なかなかやるじゃないか、なにがどうやるのかはわからないがやるじゃないか、いいだろう、次、石沢」
突然、僕の名前が呼ばれた。僕は深呼吸をして、声の限り叫ぶ。
《おはようございます!》
「二重山括弧か、味な真似を。なんか鼻につくな。生意気だな〜」
初手で二重鉤括弧を使ったことで先生の気に障ったみたいだ。
「よし、石沢。角括弧で挨拶してみろ」
角括弧?角括弧は確かこうだったかな、僕は慎重に挨拶をする。
[おはようございます
「おい!括弧閉じるの忘れてるじゃないか!ええ!?閉じなきゃ!開いたら閉じなきゃ!きゃっきゃっきゃ」
なんと意気地の悪い先生だろうか。僕は負けずにもう一度挨拶をする。
〔おはようございます〕
「おいおい、それは亀甲括弧だぞ!亀の甲羅だ、石沢、お前は亀のようにのろのろのうすのろってわけか!ええ!」
なんて教師だ。亀甲括弧をつかっただけで、うすのろ呼ばわりだ。負けてられるか。すべての力を喉に込めた。
これが、僕の挨拶だ。
【おはようございます!!】
窓ガラスが震えた。黒板消しが落ちた。三好先生の金縁メガネがずれた。
僕は肩で息をしていた。足元がおぼつかない。
三好先生は、口元を緩め、竹刀を置き、ゆっくりと拍手をした。
「よくやった、石沢」
「え?」
「お前なら隅付き括弧をつけられると信じていたよ」
「え?先生、僕のために・・・」
「すまないな、お前の隅付き括弧、いい隅付いていたぞ」
「・・・先生」
僕はその先生の優しさに感謝しつつ、常日頃思っていたことを先生に聞こうと思い、おそるおそる挙手をした。
「お、どうした石沢?」
「あの、先生はずっと鉤括弧なのですが、それはどうしてですか?」
「そうだな、みんなも気になっていたか?」
生徒達はみんなお互いの顔を見合わせ、小さくうなずいた。
「そうか、私はね、もう一周してしまって鉤括弧に落ち着いた感じなんだ、昔はもっと冒険をしていたよ」
「冒険ですか?」
「ああ、そうだな、久しぶりにやってみるか」
「え?」
「みんなにはまだ早いかもしれないが、これができたら大学に推薦で入れるぞ」
三好先生は目を閉じ、ひゅっと少量の息を吸った。次の瞬間。
「『(【[〔おはようございます!〕]】)』」
先生は目をゆっくりと開けた。
「鉤二重鉤丸隅付き角亀甲括弧だ」
僕らは全員、時間が止まればいいのにと思っていた。美しかった。
「みんなもきっとできるようになる」
僕らはみんな目を輝かせて、先生にこう応えた。
【はい!】
とびっきりの隅付き括弧だった。先生はそれにとびっきりの笑顔を返してくれた。
「よし、それじゃあ、数学の授業を始めよう。36ページの割り算の勉強だな、数学というか算数だな」
僕らは頭の上にハテナが浮かんだ。
「わ、り、ざん?」
「まあ、でもね、受験には必要ないから、話半分に聞いていいぞ〜」
「は〜い」
「お前達は括弧大学括弧学部括弧学科に進学してもらわないといけないからな」
「は〜い」
僕らの未来は明るい。
おわり
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ここからは個人的日記です。ぜひ読んでくださいね〜
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