ここに昨日のことを書いておく。

Rの見舞いに行った。Rの闘病は十年に及ぶ。脳梗塞で倒れ、検査の結果、高血圧、糖尿病、腎不全のおまけが付いた。彼は寂しくなると電話をよこし、近況を延々と話して見舞いを催促する。転院のたび連絡が入った。

出会ったころのRは金持ちになる気満々だった。金持ちになった時のために資産運用の練習を始めていた。彼とは友人という間柄ではなく、面会票にはいつも「元同僚」と書いた。電話がこないのは手術中、あるいは意識がないことを意味する。人工透析、左足切断、血管にはいくつもカテーテルが入り、サイボーグ化していった。死にかけてはいるが、なかなか死なない。

五度目の転院には、連絡がなかった。

最後に会ったのはコロナ前、義足を見に来て欲しいと呼ばれた時だ。自力でコンビニへ行くことが、この頃のRの夢だった。ケンタッキーが食べたい。甘いものが食べたい。彼の夢はどんどん小さくなっていく。散歩に行きたいと言う彼を、車椅子に乗せた。河原まで出て、飛行機を見に行った。それが最後の外出となった。

連絡が途絶え、また入院したのだろう、それとも、遂に……と思っていたが、あまりに長く電話がないのでこちらからかけてみた。Rが出た。が、何を言っているのか分からない。どうやら脳の手術を受けて言語と記憶に障害が出たらしい。その後も連絡は来ないし、かけても電源が切れている。もう人と会話するのが辛いのかもしれない。

施設に問い合わせ、転居したと知る。元同僚には個人情報の壁は高い。古くからの友人を名乗って居場所を突き止めた。つないでくれた人から、Rは右足もなくなって、意識もないと聞かされた。

面会票に「友人」と書いた。面会は十五分に限られた。こちらから声をかけるだけ。カーテンを開けると、Rが寝ていた。布団の膨らみで両膝の下から先が無いのがわかる。顔を見ると、薄目を開けて、じっと天井を見ていた。無表情だった。声をかけると反応した。聞こえているし、何か話そうと唇が動く。痛みは? 首を小さく横に振る。不満は? 横。俺、誰か分かる? 縦。欲しいものは? 横。したい事は? 横。Rは足と一緒に希望を失っていた。誰か来る? 横。来て欲しい人いる? で、Rはフリーズした。無表情で天井を見ている。同じ目線で天井を見てみたら、ありふれた天井だった。俺はRの細い左手を握った。
「何処へ転院しても必ず見つけて会いに来るよ」
天井を向いたまま、Rが笑った。なんだ、笑えるじゃん。生きてるじゃん。
面会は三十分を超えていた。のでR。
 (了)

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