はじまり(7)

クリニックから帰宅したら
もう夕方だった。

わたしは早速薬を飲んだ。

咳を鎮めてリラックスする薬、
といわれた漢方の
「半夏厚朴湯」

それから前の薬よりも
すっきりする、と出してもらった
「デパス(0.5mg)」

30分ほどすると
安定剤が効いてきたようで、
ものすごい眠気がやってきた。

色んなスイッチが
オフになった感じ。

わたしは1ヶ月ぶりに
深く深く眠った。

夢も全然見なかった。

途中、
ダンナが様子を見にきて、
ごはん食べる?
と言ってくれたけど

とろとろ眠くて、
眠りながら「いらない」と
言ったことだけ覚えている。

次に目が覚めたのは、
ダンナが

そろそろ起きて!
ごはん食べて!


強制的にわたしを
起こしにきた時だった。

時計を見たら、
お昼すぎ。

え?わたしいつ寝たっけ?
と聞いたら

昨日の夕方だよ、と
ダンナがちょっと
怒った調子で言った。

なんと、
21時間も寝ていた。

びっくりしたけど、
からだがしっかり休んだ後の
爽快感に包まれていて
ものすごく気持ちよかった。

そんなに眠れるもんなんだ!
すごいね!と笑ったら

これ以上眠ると
こっちが心配だから
これからは
薬を飲んで寝るのはやめて、と
ダンナが言った。

昨日は

寝息が聞こえなくて
顔が真っ白になってて
微動だにせずに寝てるから
死んでるのかもしれないと

わたしの寝顔を見ては
ドキドキしたのだという。

それはたしかにこわい。

わたしも
こんなに寝てしまうと
困るので

安定剤は、
動悸がする時、
そわそわして
パニックを起こしそうな時、
本当に眠れない時、にだけ
使うことにした。

幸いなことに、
この日を境に
少しずつ睡眠時間が長くなって
薬を使わなくても大丈夫に
なった。

実際、

どんなに気分が良くても
ごはんを3口くらい食べると
動悸がするので

安定剤を飲んで、
緊張がとれたら食べる、
ということが続いた。

ごはんを食べられない、って
自分の中の何かがバグって
生きるのを止めようとしてたみたいだ。

食べないといずれ死ぬ
とわかってるのに
食べるとからだが拒否をする。

もうひとつ、困ったことがあった。

歌をちょっとでも歌うと
動悸がする。

歌を歌うのは日常だったのに、
歌うとパニックを起こしそうになる。

わざわざ安定剤を飲んで
歌いたいとは思わなかったけど、

わたし、一生
歌えなかったらどうしよう、と
この先のことを考えて
ドキドキした。

毎日、薬を飲みながら
家でのんびりする生活になった。

ダンナと散歩に行ったり、
買い物に行ったり、
家の中でぼーっとしたり。

何もすることがなかったから、
テレビで毎日やってる韓流ドラマを
見てハマった。

こんなに何もしない日常を
過ごしても良いのか、と思うくらい、
何もしない日々を過ごした。

当時、
スピリチュアルな生き方を提案して、
ブログを通して仕事をしていた。

少しずつ体調も安定してきて、
止められていたパソコンも
使えるようになった時、

わたしはそのブログを閉じた。

わたしがやってきたことは、
間違っていたわけではないと思う。

でも、今の自分は
もう何かが
決定的に違っていたから、
一旦リセットすることにした。

からだが思うように
動かなくなってからずっと、

なんでこんなことに
なったんだろう?と
考えるようになった。

唯一わかっていることは

今まで自分が良いと思って
やってきたことの結果が
これだということ。

強制的に立ち止まらなくては
ならなくなって、

自分がどういう
生き方をしていたのか、

自分は何をしていたのか、
ちゃんと知らないと
ダメだと思った。

死ぬかもしれない、
と思った時に

わたし、まだ何もやってない!

とからだの奥底から叫んでいた
わたしの声をちゃんと聞かないと、
と思った。

これが、
今のわたしにつながる
はじまりだった。

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3

わたしが今のわたしにもどるまで。

2018年のわたしが2008年のわたしとつながっていくプロセスを書く予定だったんだけど、なんか突然必要性がなくなった気がするので(時期が過ぎた)未完ということで。
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