考えてはいけないことを勝手に定義して、徹底的に考えないようにしてきた民族の成れの果て。

地上波の報道番組を見ていると、ここ10年ほど、つくづく感じる恐怖感がある。
どこだかの男の子が回転寿司で醤油瓶を舐めた、とか
高校生が集団で万引きした、とか
その横で、地震でたくさんの人が死に、生活を破壊され、
遠い海の向こうでは何十万人という数の命が戦争よって殺されている。
で、子供たちのいじめ問題にいい大人がマジになって騒いでいる、この日本の大人の世の中がある。
同じ次元の世界なのだろうか、、、
この恐るべき圧倒的な幼稚さは、もう病気と言っていい。
多分、日本という国は、だからこそ民衆をうまくコントロールしてきたのだろう。「王様の耳はロバの耳」というと銃殺だが、日本の場合は奇妙なことに、民衆がよってたかってリンチする、内ゲバ文化である。
田舎に行けばなおさらそうで、今でもその名残があろう。
きもい
ばか
と言ってしまえばおしまいだが、そんな奴が多数派なので厄介である。
これはひとえに、考えることが困難、あるいは考えても仕方のないこと、を徹底的に考えないようにしていきてきた民族の成れの果て、なのだろう。
「なれの果て人間」は昼間の報道番組などで「敵」を想定し、すべての自らの不幸をその「敵」のせいにして沸々と殺意を育てているのだろう。
大昔から、政府と政治家はそのような「民衆のルサンチマン」を利用して集団を操り、富を吸い取ってきた。「戦争」という状態はとてもわかりやすい。システム側の人間は権限や富、もしくわ尊敬すらもされることができる。
では「民衆のルサンチマン」のわかりやすい例を二つ。
「自分がお金がないのは中国人が日本の富を奪っているからだ、だからお金がないのは自分ではなく中国人が悪い」
「生活保護者がいるから、真面目に働いているのに報われない」
とかである。
こんなふうに考えている人を洗脳から目覚めさせるにはどうしたら良いのだろうか、、、大昔からある物語のプロットである。
マトリックスも、そういう話だった。
少なくとも、「洗脳作業」に加担している、芸能人、キャスター、評論家、文化人などは、忘れないようにリストアップしていこうと思う。

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