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平野啓一郎|新書『「カッコいい」とは何か』

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平野啓一郎が、小説を除いて、ここ十年間で最も書きたかった『「カッコいい」とは何か』。7月16日発売に先駆けて、序章、終章、そして平野が最も重要と位置付ける第3章、4章を限定公開。… もっと読む
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#カッコいい論

新書『「カッコいい」とは何か』|第4章「カッコ悪い」ことの不安|5「義理」こそ「カ…

「カッコいい」存在への憧れが、人としていかに生きるべきかという「人倫の空白」を満たす上で…

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新書『「カッコいい」とは何か』|第4章「カッコ悪い」ことの不安|4『仁義なき戦い』…

この「カッコいい」の表層と内実との合致/乖離という問題が端的に表れているのは、「カッコつ…

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新書『「カッコいい」とは何か』|第4章「カッコ悪い」ことの不安|3「恰好が良い」と…

一体、表面的な「カッコよさ」は、飽くまで内実とは別なのか? それとも、両者は基本的に合致…

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新書『「カッコいい」とは何か』|第4章「カッコ悪い」ことの不安|2文明開化と「カッ…

私たちが、自分は「カッコ悪い」と思われていないかを心配するのは、一つに、新しい環境に飛び…

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新書『「カッコいい」とは何か』|第3章「しびれる」という体感|3心理学から見た体感…

生理的反応は、必ずしも一対一で何らかの情動に結びついているわけではないのではないか? な…

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新書『「カッコいい」とは何か』|第3章「しびれる」という体感|2ドラクロワ=ボード…

「カッコいい」対象は多様であるので、何に「しびれる」かというのは、自分がどういう人間であ…

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新書『「カッコいい」とは何か』|第3章「しびれる」という体感|1生理的興奮としての「しびれ」

「カッコいい」という判断は、本人にとって、絶対に疑い得ない根拠を持つこととなる。「しびれる」というのは、飢くまで一つの表現だが、とにかく、そんなような何かが、もし体を駆け巡らないならば、それは、人がどれほど崇めようと、自分にとっては、「カッコいい」対象ではないのである――。平野啓一郎が、小説を除いて、ここ十年間で最も書きたかった『「カッコいい」とは何か』。7月16日発売に先駆けて、序章、終章、そして平野が最も重要と位置付ける第3章、4章を限定公開。 「カッコいい」を考えること

新書『「カッコいい」とは何か』|第10章「カッコいい」のこれから|4「カッコいい」…

「カッコいい」には、人に憧れを抱かせ、そのようになりたいと模倣・同化願望を抱かせる力があ…

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新書『「カッコいい」とは何か』|第10章「カッコいい」のこれから|3「カッコいい」…

私は何度となくマイルス・デイヴィスやボードレールなどの言葉を引用したが、「カッコいい」と…

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新書『「カッコいい」とは何か』|第10章「カッコいい」のこれから|2「カッコいい」…

「カッコいい」を再発見することによって、古典として遠ざけられ、死んでしまった作品が、今日…

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新書『「カッコいい」とは何か』|第10章「カッコいい」のこれから|1「カッコいい」…

「カッコいい」について考えることは、自らの「生き方」を考えることである。…しかしだからこ…

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新書『「カッコいい」とは何か』|はじめに|

平野啓一郎が、小説を除いて、ここ十年間で最も書きたかった『「カッコいい」とは何か』。7月1…

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