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『マチネの終わりに』第七章(29)

「君はどうかしてる。なぜ、そうなんだ? ケンがこうして元気に育って、夫婦がこれからますます協力しなければならないっていうその時に?」

「もちろん、あなたの力になりたいと思ってる。それは信じて。だけど、この子の父親になったからこそ、あなたの生き方も大事でしょう?」

「何度も言ってる。僕は学者で、現場の実態は知りようがないんだ。ジャーナリストでもない。中立的な立場で、客観的な理論を提供しているだけだよ。」

「報酬を貰ってる以上、中立的とは世間は見ないわよ。」

「君は、僕がこんな苦境に陥っているというのに、庇うどころか、追い打ちをかけようっていうのか? 呆れた話だ! 君がイラクから戻って、PTSDを患っていた時、僕は全力で君をサポートした。こんなことは言いたくないが、君の不安定な精神状態に付き合うために、僕が仕事の傍ら、どんなに神経をすり減らしたか! 恩に着せてるんじゃない。愛し合っているなら、それが当然じゃないかと僕は言ってるんだよ。君は妻であり、母親だろう? 家庭の中でまでジャーナリストとして振る舞うのか?」

「あなたやあなたの仕事を否定しているわけじゃないの。ただ、学者として、あなたが自分の倫理的な責任をどう考えているのか知りたいの。たとえ、あなたの言う通り、結果責任だとしても。ケンもかわいいけど、同い年の子供が、家を失って泣いている映像をテレビで見れば、心が痛むでしょう?」

「もちろん。そしてそれは、その子の両親の責任だ。君は僕に刑務所にでも行ってほしいのか? 僕が今、学者としての将来を失えば、ケンはどうなる? 僕の中には、自助(セルフ・ヘルプ)という考えが染みついてる。そう言うと、君は僕を新自由主義者だと言って非難するだろうけど、これはこの国にあるもっと古い考え方なんだ。外国人の君にはわからないかもしれないけど。」

「スペンサー主義よ、歴史的には。新しくもないし、アメリカに固有の考え方でもない。」

「何?」

「……いいの。続けて。」


第七章・彼方と傷/29=平野啓一郎

#マチネの終わりに

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