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『マチネの終わりに』第六章(27)

 彼女は、蒔野さんが主演を務める人生に、ずっと、すごく重要な脇役としてキャスティングされ続けるなら、自分の人生はきっと充実したものになるって言うの。考えただけでも胸が躍る。だから、蒔野さんのためなら何だってできるって。――面喰らっちゃった、わたし。」

「そういう考え方って、……あるのね。ドキッとさせられるわね、ちょっと。」

「洋子のことも言ってた。」

「わたしのこと?」

「例としてね。女だからそう思うわけじゃない。洋子さんみたいな人は、自分の人生の中で、十分主役として輝けるんでしょうけど、わたしはそうじゃないって。彼女の自己評価はともかく、洋子は確かにそうねって同意しておいた。」

「まさか。単館上映で二週間で打ち切られるような映画ね、きっと。」

「そんなことないわよ。わたし、PRする自信あるから!――なんか、でも、わたしその話を彼女としてから、考え込んじゃって。自分もやっぱり、主役向きじゃなくて、脇役向きだなーとか。でも、彼女みたいに誰か一人の人生の助演女優賞を目指すっていうタイプでもないし、色んな人が主役の人生の中で、ちょっと味のある脇役を務められれば十分かなって。そういうのも、案外、楽しそう。」

「引っ張り凧よ、あなたなら。」

「洋子の人生になら、ノーギャラでも出演するからわたし。いつでも呼んで。蒔野さんの主演作からは、残念ながら降板しちゃったけどね。……」

 是永だけでなく、洋子もまた、三谷のその人生観のことが、しばらく頭から離れなかった。そして、彼女が蒔野の主演作では、欠かすことの出来ない登場人物であるということも。――

 洋子は最初、是永が自分と蒔野との関係について何も知らないまま、蒔野のパートナーとして三谷の名前を挙げるのを、少しおかしいような、後ろめたいような気持ちで聞いていた。あとで真相を打ち明ければ、「えー、どうしてもっと早く教えてくれなかったの!?」と呆れられるに決まっていた。


第六章・消失点/27=平野啓一郎 

#マチネの終わりに


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