ある男|18−3|平野啓一郎

Yoichi Furusawaからは、翌日の午前二時過ぎに返事が来た。寝ていた城戸は、朝になってフェイスブックの新着メッセージに気がつき、思わず、「おお、……」と声が漏れた。返事しただけだった。

当然のことだが、非常な警戒心で、平静を装おうとしつつ、動揺を隠せぬ様子だった。

城戸も、この時になって、ようやく美涼の直感を共有した。つまり、この「代理人」は、恐らくは「曾根崎義彦」、つまりは、探し続けてきた谷口大祐なのだろうと推測した。そうして見ると、偽名を初めとする彼の小細工の不器用さが、ありありと看て取れて、少しく同情的な気持ちになった。

Yoichi Furusawaは、まず彼が弁護士だということが信用できないと書いていた。確かにリンク先には、城戸章良という弁護士がいるが、それがあなたと同一人物であると、どうして証明できるのか、と。それに、「S.Y.」とイニシャルで書いているのは、一体誰のことなのか。「谷口大祐」のアカウントの開設者は誰なのか。どのような関係なのか、云々。……

城戸は、スカイプでのやりとりを提案した。こちらの顔が見えれば、自分が確かに城戸章良であることを理解してもらえると思う。そちらの映像はオフにして、音声だけで構わない。出来れば「S.Y.」氏と直接やりとりしたいが、一度、Yoichi Furusawaさんの方で、確認してもらってからで構わないと書いた。

メッセージはすぐに読まれたようだったが、返信は夕方届いた。日中は仕事をしているのであろうと想像されるような沈黙だった。

内容はこうだった。自分が誰の「代理人」かは言えないが、依頼人は、「谷口大祐」のアカウントを消去したがっているし、谷口大祐の死亡についても知りたい。ついては、今日の午後十一時にスカイプに連絡する、と。

城戸は、どんな服を着るべきか迷ったが、結局、ワイシャツにジャケットという、普段の職場の格好にした。入浴を済ませ、颯太を寝かしつけたあとに、アイロンのかかったシャツに袖を通すのも妙な感じだった。

午後十一時を五分ほど回ったところで、Yoichi Furusawaからの着信があった。

「はい、こんばんは。城戸です。……もしもし?」

「……。」

「フルサワさんですか? こちら、見えます?」

初対面の依頼人と接する時のように、城戸は笑顔に満たない程度に表情を和らげた。

反応がなかった。一瞬、切られてしまって、もう二度と接触が出来ないのではと心配になった。

「城戸です、見えますか? フル……」

「ええ、……見えてます。」

「あ、……」

城戸は、真っ暗な画面の向こうから聞こえてきた、その震えるような一声に慄然とした。

これが、一年以上にも亘って探し続けてきた、本物の谷口大祐なのだろうか? 固唾を呑み、返事をしなければと、相手を怯えさせないように爽快に応じた。

「見えてますか?」

「はい。」

「よかったです、ご連絡いただけて。ありがとうございます。」

「いえ、……」

声の背後は静まり返っていて、狭い一人住まいのアパートのような反響があった。

中年らしいくぐもった声だが、わざと声音を変えようとしているようなぎこちなさを感じた。メッセンジャーの文面は些か厳めしかったが、電話口では、臆病な猜疑心を隠し果せない様子だった。それが、滑稽な感じがし、また何となく哀れを誘った。城戸は不意に、マイケル・シェンカーのファンなら「絶対いい奴」に違いないという、中北の断言を思い出した。

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平野 啓一郎

ある男|平野啓一郎 連載小説

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コメント1件

“マイケル・シェンカーのファンなら「絶対いい奴」に違いないという、中北の断言を思い出した。”という部分、すごく良かったです。救いのあるフレーズで、安心しました。平野さんの小説には、線を引っ張りたくなる言葉があります。
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