Design School Kolding までの軌跡4

5.フレームをつくる学生、海外輸入する大人
更に衝撃は続きます。最終プレゼンの前日にある学生が模造紙でプレゼン資料を作っていました。そして、僕の目の前で「ジャーニーマップ」を描いたのです!僕はすぐに聞きました。

「ジャーニーマップ、知ってるの?」

もちろん、その学生はそんなフレームなんて知りませんでした。そりゃそうだと思いました。藝大がそんなフレームを教える授業を持つはずがないと思いました。

「この学生、自分の頭で考えて、その方が伝えわると思ったから、時間軸と感情曲線などを表現したんだ!」

あの受験制度はこんなにも優秀な学生を集めるんだと本当に驚きました。日本でトップクラスの美大生は「フレームから創造できる」学生なんだと鳥肌が立ちました!そして、自分が海外のデザインフレームを輸入している現状に対して、凄く恥ずかしくなりました。

いつから、海外のデザインメソッドを輸入して、その翻訳スピードを競って、メディアでポジショニングトークすることが、デザイン業界の活性化になるみたいな風潮になったんだろう…なんで自分たちで作れなくなってしまったんだろう…。自分自身で、日本人だからこその方法と方法論をつくらないと駄目じゃないのかな…?

こうして、学ぶべきことが分かり、東京藝術大学大学院にいきたいと心から願いました。もちろん、多摩美術大学の情報デザイン学科でお世話になった須永先生が藝大に移ったことも要因のひとつではありますが、そこが根源的な理由ではありませんでした。

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6.学び合いができる最高のチーム
そして、翌年の4月から、ありがたいことに大学院生になれました。社会人をやりながら、学生をやるという二足のわらじ生活がスタートしました。幸いなことに僕が所属している研究室のメンバーにも恵まれました。

もうひとりの社会人学生であるヤフーの瀧ちゃんとは、自分の研究相談はもちろん、デザイン界隈の話やデザインの仕事の相談もできる同級生です。他にも、SFCからきた左脳型思考で論述を学んできたユウスケ、右脳も左脳も抜群のハイブリッド系のエレナ、そして右脳型思考の王ちゃん。さらに多摩美術大学の大学院生の安村くん。凄くバランス良い学び合えるチームでした。

残念ながら、僕は現在休学中なので一緒に卒業することはできません。本当は、みんなと一緒に卒業写真を撮りたかったです。毎週金曜日のゼミ終わりにみんなで飲みに行って、色んな話ができたことは大切な思い出です。

ここまでが「Design School Kolding までの軌跡(絶望編)」です。藝大での学びは後半で書こうと思います。藝大での学びを通して、あらためて、「表現すること」の意味と価値を学び、そしてそれがぼくの中で希望に変わっていきます。その希望はこのDesign School Koldingで確信へと変わっています。

>>>【Design School Kolding までの軌跡5へ】 続きます


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ありがとうございます!これからも頑張ります!
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平野 友規

Design School Kolding までの軌跡

結婚して、まだ1年半だった著者が、奥さんを日本に残してまで、デンマークのデザインスクールに来た理由はなんだったのか? その軌跡を辿る。
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