見出し画像

大丈夫ここで待ってるよ②

昨日のライブ演奏の最後の曲に
この曲を選びました。

正直、この曲は
アレンジ、歌詞、曲の構成等、
優れている曲だとは想っていません。

ただの曲あるフォーク調のコード進行で、
ジャカジャカ弾くだけ。
アカペラで歌っても
メロディや詩が引き立つくらいの
秀逸さもない。

有能な代表曲としては
とても見劣りのする、
若い、語彙の少ない若者が
何とか表現しようとしたような、
10代の日記のような曲です。
(43歳のときに書きました)

サビで
「受験する氣なんて本当はなかったんだ」
って・・・(苦笑)

人気のない公園で気持ちよく歌っているところ、
散歩の人が通りがかったら
「いや、違うんです。これは若いときに創った・・・」
とか言って
恥ずかしくなって演奏やめて
通行人に言い訳したくなっちゃいます。

でも、だから、
大切な曲なんです。

観念的な、実感のない漢語の歌詞を口にする度に
奥にある本当の気持ちが疼きます。

「受験会場」「成績」「進路希望」「みんな」
「学校」「必要」「科目」「やりたいこと」「原発」。

本当はなにも解っていない言葉達です。
誰かの観念が概念となって
むず痒い言葉たちです。

(「原発」→「花火」→「青空」
だんだんと僕自身で芽生え、創り出された概念が
込もってきてるかな・・・)

でも

でも

でも

そんな稚拙な言葉を並べた後、
最後の言葉。

「誰にも言えない確かな気持ちがあった
芽生えた何かに既に氣付いていた
檻が外れ 敵が現れても
命で踊るんだ
大丈夫
ここで待ってるよ
大丈夫
ここで待ってるよ」

ここは
43歳にならないと書けなかった!

そして
今の僕の宣言となるんです。

「大丈夫」
ここで待ってる。
ここは何処か?
なんて言われたら、
43歳ぽっちの
今の僕の場所ではない。
43歳で、
何もなし得なかった僕が
命で踊る。

成した。
どんな功を成した?

何か
測るものが在るんかい?

ここで感じて踊る。
かけがえのない命で踊る。

そこで踊って。
命で踊って!

脅しなんかに乗らないで、
踊って!宣って!

ダサかったよ。
ダサい生き方してきたよ。

でも
そうしてきたんだよ!

「誰か」みたいに生きたって、
それは「自分」の世界で出逢った
自分そのものであったから。

*************

かつて、若い頃は、
こんな僕を晒して、
いたたまれなくなって、
ライブ後、
誰ともコミュニケーションとれなく
なっていた。

そこは、
ステージ終われば
すぐ「今」に立って、
関係ないバカ話に微笑むことが出来る
大人の僕になっていた。

ただ、
詩を連れています。

あなたを連れて
ここに立っています。

無理に笑ったり、
無理に引きずったり。

そんな誇張して感じる時期は
過ぎたようです。

創ります。

今レコーディングして
発表してきた曲達を
まとめてアルバムにしようと想っています。

タイトルは
「真言の葉『まことのは』」
にしようと思いつきました。

筆でガツンと書こうと想っています。

歌ったように生きてきました。
詩のように成ってきました。

「大丈夫
ここで待ってるよ」
と、
声が聞こえる氣がします。

僕は歌い、歌いかけられ、
詩のように成っていきます。

ポジティブな言の葉ばかりを選ばないで、
影を落とす。
リアリティ、深い味わいを楽しみながら。

踊りましょう!

追記 : 
ひとつ言いたい、手前味噌な工夫。

コード進行はG Am Cのほぼ繰り返し。
トニックとサブドミナントだけで進む。
メジャースケールの中に
マイナーコードを所々に加えて
しんみりした雰囲気にしてる。

でも、最後の
「大丈夫 ここで待ってるよ」
の繰り返しだけ、
Dを登場させた。

ドミナントを初めて登場させたわけだ。
トニックに帰結する、スッキリした
定型の3コードの残り1つを
最後の最後に登場させたわけです。

これには自分でグッとくるんだよねぇ。

まぁ、それだけ言いたかったの追記でしたσ^_^;

この記事が参加している募集

自己紹介

うたが、音が、言葉が、 もし心に響いてくれたなら サポートいただけたら嬉しいです。