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お金の教育。労働の対価。

元旦、朝7時に目覚め、
1日、子どもと遊ぶ。
(お年玉を使う買い物に振り回される)

夜8時半に就寝(1番乗り)。
2時半に起きて、
レコーディングを進める。

8時を過ぎた頃、
子どもが昨日買ったおもちゃを持って
部屋に入ってくる。

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はい。
そこからずっと、
8歳と5歳と共に、
おもちゃで一緒に遊んだり、
のらりくらりとかわしたり。

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そして、
子どもにyoutubeを与え、
独り、河原に逃げてきた
今、午後の日暮れのひとときです。

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子どもに薪割りを手伝ってもらった。

長男8歳は大きな斧だと
持ちきれなかったけど、
小斧で薪をさらに小さく
刻むのは上手に出来た。

本人も楽しそうだった。

風呂炊きの薪は
細い方が早く温まるので
覚えてくれたら
大変助かります。

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長女5歳は、
そこまでの力もないし、
薄く裂けた薪で
斧ごっこをして遊んでた。

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長男には200円、
長女には100円のお小遣いをあげた。

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長女は不満そうだったが、
長男は最近、
お金の計算が出来て、
お財布からお金を出して、
レジで買い物も出来る。

長女は、
まだ計算出来ないし、
「多い」「少ない」とか、
多いと何が出来るのか、
少ないと何が出来ないのか、
まだ漠然としている。

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「お金の使い方を
早いうちから覚えておいた方がいい」

みたいな教育方針が、
昔からありますね。

でも、
僕はあとから
とても釈然としない氣分になっています。

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僕は「労働の対価」として、
子どもに小遣いを渡しました。

長男は役に立ったし、
長女は役に立たなかったから。

長女は役に立たなかったのか?

そんなことはありません。

子ども二人が手伝ってくれて、
僕はキュンとくるような
人生のひとときを与えてもらいました。

どちらの方が役に立ったかなんて・・・

そんなのは僕ら、お互い様です。

二人で、3人で、
補い合ったひとときだったのです。

でも、見方を変えれば、
僕は音楽の作業を進めたかったのに
邪魔をされるから
薪割り作業に切り替えた。

そして、
本当に役に立ったかといえば、
僕、一人で作業した方が捗った。

とももちろん言える。

「お金の教育」・・・か。

長男に200円、長女に100円。
より働いた人、
役に立った人は
多くの報酬が受け取れるゲームルール。

そう、
そんなに深刻になる必要もないかもしれません。

ゲームは楽しみつつ、
安心、安全、
暮らしが守られているならば。

なんだかんだ、
子のどちらの方に
お金を多く注ぎ込むかは、
今後、いっさいわからず、
僕らそれぞれの人生次第だから。

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でも、
こんな「お金のルール」を
受け継いで、教育する子に、
自分の生きてきた人生を
重ねてしまうと、
こんな「お金のルール」に
虐げられてきた、もしくは
被害に遭ってきた、もしくは
いいおもいをしてこなかった、もしくは
うまく使いこなせなかった。

そんな僕が、
こんな障害にしかならなかった価値基準を
伝えてどうするんだ?

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僕は
多くの人の役に立たないことに
多くの労力を注いでいる。

お金をなかなか受け取りにくいことに
多くの労力を注いでいる。

賃金と共に
人員を求められていることに
労力を注げないでいる。

「社会にとって意義のあることは
自分にとっても意義のあることだよ」

その意味はよくわかる。

誰かの役に立ちたいと願う。

でも、
役に立つなら、
人手を求められているなら
なんでもいい。
ってわけではない。

さらに
自分が労力を注ごうとしていることが
うまく仕事として利用できるように
アレンジする労力も、
なんとなく無粋に感じてしまう僕です。

確定申告やら、
流れの理解し難い税金のシステムを
理解するための労力。

つぎはぎだらけのルールを
理解するための労力。

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ゲームを楽しめるうちは
楽しんでいればいい。

楽しくないなら
そんなゲームに乗らなきゃいい。

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今、レコーディングを進めている曲は
こんな曲です。

大丈夫、ここで待ってるよ


【追記】
役に立とうが立つまいが、
どんどんお金を渡して
「ありがとね」って氣持ちが
世の中や、家庭を廻る。

そんなお金の在り方もアリかと、
翌日のお手伝いを眺めながら想いました。

要は今のデフレ日本で、
必要な分だけお金を使おうと節約する
国家規模の節約が、「有用無要」に
厳しい心を用いてしまう常識を
創り出しているんじゃないかと。

お年玉や、祝儀をばら撒く
余裕がないのは、
思い込みや、縁起の問題ではなく、
実際、お金は巡らなくなって、
回収されているんだよね?

昔の大人と
今の大人の
違いを感じています。

うたが、音が、言葉が、 もし心に響いてくれたなら サポートいただけたら嬉しいです。