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Dear my big boss…

最悪な第一印象

「俺はリスクを冒さないサッカーが好きだ。まずは失点しないことから考えるし、そうすれば負けることは少なくなるはず」

 なんとも保守的な考えである。これは彼が元々ディフェンダーだったことが影響しているだろう。

「塩試合ドンとこい!堅守速攻こそマリノスが誇る美徳だ!!」

 ちょっとこじらせてるが、そうなったのにもワケがある。井原正己、松田直樹、中澤佑二、栗原勇蔵。マリノスに在籍した歴代の守備者に魅せられていたからだ。なにより強い憧れがあったからこそ、そんな想いを抱いていたのかもしれない。

 このことからわかるように、彼は攻撃でなく守備で輝く選手たちに惹かれたことをきっかけにマリノスを応援していた。


 そんな応援してるチームに、2018年から新監督が就任する。アンジェ・ポステコグルー。オーストラリア代表の監督を辞任しての就任だった。

「オーストラリア代表の監督だった人だよね。ホームでハリルの日本代表に何もできなかったことが印象に残ってる。不安だなぁ…」

 最初の印象は最悪だった。言葉を悪く言うと、無能な監督だと認識していたほどである。

 やはりというべきか、チームは残留争いに巻き込まれてしまう。当然、いつも悔しい思いをしてばかりだった。どこが悪いのか、何ができていないのか。敗因探しの熱はどんどん高くなっていく。

「あれ?このやられ方、この前と全く同じだな。どうして変えないんだろう?」
「試合中に修正することほとんどないな。むしろ選手たちに直接指示してるのか?」

 悪いところは一向に改善されないまま。いつまでたっても同じやり方で失点を重ねるチーム。それを直す力がないかと疑うも、ここまで変わらないのはおかしい。

「監督って選手たちに答えを教えるものじゃないの?けど明らかにそういうことしてないよな…なぜなんだろう?」

 今まであった監督像が崩れていく。

「ピッチでの事象だけじゃ説明できないな…それなら他の方向から、なぜこうしてるのか考えなきゃ…」

 監督への不満は、徐々に興味へと変わっていった。なぜこんなやり方なのか。どういう考えのもとチームを作っているのだろう。選手たちにどうしてほしいのか。考える幅が自然と広がっていった。そう、彼は無意識的に新しいサッカー感を身に付けようとしていたのである。

 しかし、その答えが出ないままシーズンは終了。チームは辛くも残留し、ポステコグルー監督の続投も決まった。そしてこの時、男はある決断をしたのである。


ピッチ外へ波及する影響力

「うーん…これだけ考える機会が増えたのなら、記録として残せるようにしたいな」

 残留争いの渦中でふと思う。

「へー、世の中にはサポーターの書いたマッチレビューというものがあるのか。ちょっと自信ないけど、来季から書いてみようかな」

 新しく挑戦してみることを決断。最初は盤面についてしか書けないだろうが、継続することに意味があるかもしれない。


 迎えた翌シーズン。勇気を持って書いてみた。

「思いのほか見てくれる人多いな。しかもシーズンが進むにつれて徐々に広がってきてる」

 自身の拙文を見てくれる人がいることに驚きを覚える。しかも、時が経つにつれてどんどん増えていくのだ。

「自分以外にも書き始めた人多いんだな。それだけ昨季思うところがあったんだろう」

 読み手だけでなく、書き手も多かった。各々が独立するわけでなく、関わり合うように輪が広がっていく。マリノスのサッカーを考えたい、という人が多い証拠だ。


 ある時は書き手同士が。またある時は書き手とその読み手が集まり、マリノスについて話すこともあった。

 ピッチ内の事象を、ピッチ外で話すのである。しかも選手やスタッフでなく、サポーターがだ。監督はピッチ内にしか影響を与えないのが普通だろう。しかしポステコグルー監督は違った。ピッチ外のサポーターにまで『マリノスのサッカー』を考えさせるのだ。

 きっと彼が監督でなければ、ここまで大きなコミュニティはできなかっただろう。事実上、マリノスに関わる全ての人をまとめていたことになる。ファミリーとしての一体感を強く感じることができた。

「書いてみて本当によかった。気兼ねなくマリノスのサッカーについて話せて楽しい。もう悶々としなくていいんだ」

 それまで一人ぼっちだったサポーターは、書くことによって仲間を得ることができた。別の人が監督だったらこのタイミングでやらなかった。そもそも、書いてなかった可能性の方が高い。思いもよらない宝物と巡り会えたのは、ポステコグルー監督のおかげ、と言っても過言ではないだろう。


親愛なる私の偉大なボスへ…

 あなたがマリノスに来て3年半。楽しかったですか?やりきれましたか?ボスが目指していたところにどれだけ到達できたかはわかりません。けど、日本に来てよかった。マリノスというチームを指揮できてよかった。そう感じていただけたのなら、それは成功と言っていいでしょう。

 2019シーズンの優勝は最高のプレゼントでした。15年振りの栄冠。シャーレを掲げる瞬間を、初めて目に焼き付けることができました。それだけでなく、新しいサッカー観や仲間も授けてくれました。本当に多くの素敵なものを受け取りましたが、その分を何か返せたかが不安です。なるべくボスの考えに近付けるよう記事を書いたことが、自分なりのお返しでした。

 正直、最後まであなたのサッカーは、そんなに好きじゃありませんでした。けれど、試合を見て楽しくなかったことは一度もありません。いつもワクワクし、白熱し、絶叫しながらピッチを見つめる。マリノスの試合を見るときは、いつも楽しい時間でした。

 ボスが監督で本当によかった。マリノスは更に強く、大きくなります。ありがとう。そして、いってらっしゃい。

Dear my big boss…

  It has been three and a half years since you came to Marinos. Did you have fun? Did you finish it? I don't know how much I was able to reach where the boss was aiming for. But , you are glad I came to Japan, and I'm glad to coach Marinos. If you feel that way, then I would call it a success.

 Winning the 2019 season was the best gift I could have received. It was the first time I was able to witness the moment of raising the winner's cup. Not only that, it also gave me a new perspective on soccer and new friends. I have received so many wonderful things, but I am not sure if I have been able to give anything back in return. My own way of giving back was to write articles that were as close to the boss's ideas as possible.

 To be honest, I didn't like your soccer all that much until the end. But there was never a time when I did not enjoy watching a game. I was always excited, heated, and screaming as I stared at the pitch. It was always a good time when I watched Marinos games.

 I'm really glad Boss is the manager. Marinos will become even stronger and bigger. Thank you very much. And have a good journey!


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