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大分+長崎+佐賀  蔵元アーカイブズ 2002〜05(12) 大分・井上酒造

2005.01.14 by 猛牛

■川下りルートを、一路井上酒造さんへ

日田への夫婦ぶらり旅。「いいちこ日田蒸留所」を出発した時は、もう昼の12時を過ぎていた。

腹も減っちまった。「んで飯ばどうする?」と家人と算段。

結局井上酒造さんの蔵がある大分県日田市大字大肥へと向かう道すがら、夜明駅手前に旨いうどん屋があるというのでそこへ向かうことに。ところが家人も店はうろ覚えで、それらしきうどん屋を通り過ぎてしまったのだった。

猛牛「んじゃ、このまま井上酒造さんところに行こか?よかろーか?」

夜明駅を過ぎた交差点を右に、筑豊方面へとルートを辿る。しばらく、右手に老松酒造さんの蔵が見えてきた。こちらも数々の焼酎を市場投入している蔵元だ。そして老松を過ぎたすぐ、左手にそれらしき建物がまたまた見えてきた。井上酒造さんである。山あいの狭いエリアに、二蔵がきびすを接していた。

なぜか正調粕取焼酎が現在も当たり前に造られ、当たり前に販売され、当たり前に飲まれている、全国でも珍しい“焼酎天然記念地”が、この日田市周辺なのだ。全国的にも有名な豆田町の酒屋から、善男善女の参拝が絶えない高塚地蔵尊に至るまで、正調粕取を手に出来る店が多い。

井上酒造さんは、この地で『大海』という正調粕取を製造・販売しているんである。

■正調粕取焼酎『大海』、健在なり!

車が近づくと、正面に事務所が見えてきた。おっと!昔の商店風のガラス引き戸が6枚ほど、カーテンが下りている。休みだ。今日10日は成人の日、当然であらふ。

とにかく写真を撮ろう、と車を降りた。

門の前に立ち止まって蔵の全景に目をやったその瞬間、事務所の向こうから気品漂ふ面立ちのすっきりとした美形マダムがこちらに向かって歩いてこられるではないか(おろっ?)。

歳の頃ならちょいとシニアな風情。とはいえ、人品卑しからぬ極めて高貴なムードを感じたのは、わてだけでは無かった。同性である家人も、「なんだかとても品のいい綺麗な人だったよねぇ」と後刻宣っていたくらいだから。わては女将さんだな・・・と思った。

近づいていらしたので、失礼ながらお声をかけた。

猛牛「すいません。今日はお休みですか?」
貴人「はい。お酒をお求めですか?」
猛牛「ええ。粕取焼酎、ありますか?」
貴人「いえ、会社にあるものはすべて出してしまったんですよ。市内に行かれたら売っていると思いますよ」
猛牛「そ、そうですかぁ・・・。失礼ですがお宅の銘柄はなんて言われてました?」
貴人「『大海』ですよ。最近粕取も人気が出てきたみたいでですねぇ(^_^)」
猛牛「売れてますか。それで、籾殻と蒸籠でやられているんですか?」
貴人「はい。酒粕のもろみに籾殻を入れて蒸してますよ。もろみが臭くてですねぇ(^_^;)」

わて、「臭くて」の言葉に(ぐぐっ)と来た。正調である。それにしても偶然とは不思議だなや。もし飯を先に喰っていたら、お会いすることは叶わなんだのだから。

■山あいに息づく、ほのかな人情

猛牛「あの、兜釜を使ってるんですか?」
貴人「はあ・・・籾殻と・・・」

多分、女将らしき貴人も昼食に出かけるところだったのだろう。そこに左手から蔵人らしき作業服の紳士が貴人に歩み寄ってきた。なにか仕事の話のようだ。長居は無礼というもの、わても切り上げることにした。なんせアポ無しでの飛び込みだから。

引き下がろうとしたら、

貴人「良かったら、これを持って行って下さい。もろみ取りですけど、商品として売っていないものなんですよ」

気付かなかったのだが、貴人は円筒形の透明な4合瓶を手にしていた。今から始まるなにかの場に持っていかれる予定だったのであろう。それをすっとわてに差し出された。中身は樽貯蔵らしき薄い琥珀の液体である。

猛牛「あ、あのぉ・・・そのぉ・・・あっ、ありがとうございます!!」

咄嗟のことだったので、石原けんじ大佐先生風の言葉づかいになった。蔵元さんから商品はいただかない主義だが、これも何かのご縁、ありがたく頂戴することとした。山あいのひっそりとした田園地帯で営む蔵の、なにかしらほっとする人情を分けていただいたような気が、今もしている。

家人「良かったね、いただいて(ニヤリ)。福岡ナンバーのプレートが目に付いたからかもしれんね」

(うん、そうかもなぁ。でも物よりも、なんちゅーか、そのお気持ちちゅーかなぁ、ありがたいち想いがすっとは。こういう出逢いがあるけん、蔵にお邪魔すっとは止められんったい)

わては黙ったまま助手席で頷いた。当日の朝も雪が降ったという県下有数の極寒の地・日田市だが、わてにはなんだかとっても温かい場所のように思えてならなかった。

■補遺(2005.02.01)
わてが日田にお邪魔したその後、宮崎のgoida隊員が追加調査を行っている。その2回目では老松酒造製『まるき』の発見+『大海』入手という成果があった。しかし『大海』については『まるき』共々すでに製造が中止されているという酒販店さんの声を確認している。衝撃ぬぅあのだ。

本『健在なり!』レポートの数日後、井上酒造さんに『大海』の現状についてご教示いただきたくメールを差し上げたが、返信を頂戴していない。健在!とわては書いたが、実際は違っていたのだろうか。goida隊員の報告の通り、たぶんそうなのであらふ。残念だ。

(了)


■2022年追記:実際に蔵に入れていただいたレポではないのですが、この時のご厚情、今でも忘れておりませんで、感謝の気持ちを込めて。

あの方はたぶん女将さんだったと思うんですが、福岡ナンバーの車がやってきて正調粕取焼酎のことを訊いてくるとは、まあ酔狂な奴だと哀れまれたのかも知れない。確かに伊達に酔狂だ。

私は商品は頂戴しない、買わせていただくという主義なんですが、この時はしかとお気持ちを受け取らせてもらいました。

もちろんですが、もう井上酒造さんのカタログには『大海』は存在しません。今は亡き銘柄の記憶の一片として転載させていただきます。

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