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熱にうなされた、ローマの休日。

「あ、完全に風邪ひいたわ」

10年前の1月某日、イタリアはローマ・テルミニ駅近くのホテルで目覚めた朝。とてつもない倦怠感と込み上げてくる深い咳で僕は確信した。どうやら前泊のフィレンツェのホテルが寒かったらしい。乾燥するからと暖房を止めた結果がこれか。本末転倒とはこのことだ。

当時、いや今もファッションバイヤーとして買付けのためにヨーロッパを訪れているが、この時初めて海外を訪れたのだった。まさかそのタイミングで寝込むほどの風邪をひくなんて。

とりあえず用心のために持参してきた風邪薬と栄養ドリンクを飲み、奇跡を期待して再度寝る。数時間ほど経っただろうか、眼が覚めると幾らかはマシになっていた。

お腹が減ったので何か食べたいが、その辺で売っている冷めたピザは食べたくない。かと言ってレストランで大盛りのパスタなどとても食べれそうにもない。仕方なくテルミニ駅にあったマクドナルドでテイクアウトすることにした。こういう選択になったのは熱のせいだということにしておこう。

高速道路の料金所のような多数のレーンに少なくとも100人は並んでいるのではないかという人混みに並び、ビックマックセットを注文する。こんな巨大なマックは初めてだ。そしてこういう時は不思議なもので注文に必要な英語がサクサク出てくる。生存本能がそうさせるのだろうか。

ホテルに戻ってビックマックを食べると少しだけ元気が出てきた。人生で初めてマックに感謝する。もう明日には帰らねばならないので、意を決してコンドッティ通りへ向かうことにした。

またテルミニ駅へ向かいタクシーを拾うが、明らかにボッタくろうとする運転手。こっちは熱のせいで羞恥心など感じる余裕がないので無敵だ。「NO!!」と目力で圧倒して別のタクシーに乗り込む。あとで調べたら観光地までは一定の料金と決まっていたらしい。イタリアのタクシーに先入観を持っていたことに反省。

コンドッティ通りはかの有名なスペイン階段の近く。その日は休日だったらしく人出はそこそこに見える。重い腰を上げタクシーを降りると、雨が降っていた。全てのコンディションが最悪の中、ひとまず色々なショップを巡ってみるがピンとくるものが無い。

薬でのドーピング効果も薄れてきて朦朧としてくる。ああ、ローマ最悪。そんなことを思いながら、何気なく一軒のショップに入った。

ヨーロッパのショップは、いわゆる「うなぎの寝床」式のお店が多い。入り口は狭いが奥には想像できない広さの売り場があったりする。その店もまたそうだった。ショップは5〜60代と思しきマダムのマリアが切り盛りしていて、店主の好きなものを集めたセレクトショップという趣きだ。いかにもヨーロッパらしい色合いの服が並んでいる。

イタリアンマダムらしくちょっと、いやそこそこ”ふくよか”なマリアは、僕に気づくと笑顔で迎えてくれた。これまたイタリアらしく黄色いニットに黒いジャケットのコントラストの効いた出で立ち。個人店はこのフレンドリーさがいいんだよな、と思いつつ商品を物色していると、次々とお客が入ってくる。あっという間に店内は盛況になった。

すると、あることに気がついた。
入店してくる年齢層がまちまちなのだ。マリアと同年代もいれば明らかに若い層もいる。日本だと若い子のお店、ミセスのお店ときっちり分かれていたから、僕にとっては新鮮な光景に思えた。

そうか、彼女たちは「年齢」でなく「テイスト」で選んでいるんだ。横軸でなく縦軸で選んでいる。だから年代は関係なく同じショップで共存できる。

これは、当時の自分には衝撃的な発見だった。

今でこそ年齢でフロア分けすることは減ってきたが、当時はまだそれが一般的だったから「いかに自店に合った年代が好むものを揃えるか」という事ばかり考えていたからだ。

そうじゃない。年齢関係なく魅力があるもの、年代によって違った魅力が感じられるものを集めれば、”テイストの縦軸”でお客さんを集めることが出来るんじゃないか?そんな構想がムクムクと湧いてきた。

それまでも海外のストリートスナップを見ては「何が違うんだろう?」「何でこんなにお洒落に見えるんだろう?」とずっと考えていたけれど、答えはこのお店にあった。

好きなものを好きなように着て何が悪い?私はこういう人だから!

そんなメッセージが服装から表現されているから、ひとりひとりに個性があって素敵に感じられるのだ。ファッションが自然と”自己表現”になっている。これはもっと日本でも広く伝えねばならない。年代にカテゴライズして売っていたらどんどんファッションが楽しくなくなる。商売を超えて伝えるべきだと強く思ったのだった。

風邪に冒された日本人が勝手に感動していたとき、ふとマリアを見ると忙しいタイミングに限って鳴り止まない電話にブツブツと文句を言いながら対応している。「もう!何でこんな時に掛けてくるのよ!」言葉は分からなかったけれど、多分そう言っていたはずだ。

「もしもし?忙しいからあとで掛け直すわ!え?だから忙しいのよ!!」

まるで迷惑電話かのように次々とガチャ切りしていくマリア。ちょっと微笑ましかったけど、あまり長居しても申し訳ないと思ったので数点購入して店を後にした。

外に出ると、雨は止んでいた。
体調が悪かったことも、忘れていた。
でも、ローマではそのお店以降の記憶がない。
やはり具合は悪かったようである。

帰国後、すぐに商品のラインナップの変更に着手した。インポートらしい個性のあるものを揃えると、これまで通りから眺めるだけだった人がお客さんになった。全国から年代に関係なく、好みのテイストを求めて訪ねてくるようになった。

現在はショップの枠を超え、オーダーメイドスタイリストという肩書きで個性を引き出すことに特化したコーディネート提案をしているが、その原点はローマでの体験に他ならない。もしあのときあの場所であのショップを訪れていなかったら、ファッション業界という大きな枠のために仕事をしようと考えてもいないはずだ。まさに人生のターニングポイントのひとつだったと改めて思う。

今後は、より多くの人にファッションの楽しさを伝えていきたいと考えている。ファッションに決まりごとなんてないのだ。年齢もスタイルも関係ない。そのときのベストを選び続けていけばずっとベストでいられる。今何が必要なのかさえ分かっていればいい。それは簡単なことだと伝えていきたい。

実はこの年以降、都合上パリに行くことが増えてしまってしばらくイタリアを訪れていない。またイタリアを訪れたときには、あのマリアの店を訪れてみたいと思っている。彼女はまだ壮健だろうか。そしてゆっくりとローマ観光をして、本場のカルボナーラを食べてみたいものだ。

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