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【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第五章「法隆寺燃ゆ」 前編 11

 一つ、二つ、三つ………………

 ―― また見つめられている。

 四つ、五つ、六つ………………

 ―― あそこにも!

 七つ、八つ、九つ………………

 ―― いったい幾つあるのだろう?

 間人大王は、寝台に横になって天井の木目を数えていた。

 床に就いて以来、二ヶ月近く起きられない状態が続いたが、ここ数日は頗る調子がいい。

 しかし采女たちは、間人大王の体を慮ってか、それとも誰かに言われたからなのか、彼女が公務に戻るのをなかなか許してはくれなかった。

 その間、彼女の暇つぶしとなったのが、寝所の天井の木目を数えることである。

 もう、何回数えただろうか?

 はじめのうちは、何だか見られているようで気持ち悪かったのだが、じっと眺めていると様々な木目があることに気が付き、数えているうちに、ここにもある、あそこにもあると、何だか楽しい気分になったのだが、さすがに最近は飽きてしまった。

 ―― こんなに沢山に、じっと見つめられてもね………………

 間人大王は上体を起こした。

 ちょっと頭がフラフラする。

 ―― やっぱり、寝すぎは駄目よね。

 扉を開けた。

 日が差し込む。

 雨上がりの庭草の匂いは気持ちいい。

「大王様、お休みになっていらっしゃらなければ駄目ですわ」

 寝所に入って来た采女は、間人大王が起き上がり、外を眺めているのに驚いた。

「もう大丈夫よ。そんなに気を使わなくとも」

「何かあれば、私たちが怒られます、さあ」

「心配だからではないのね」

「はい?」

 采女は、間人大王を寝台へと誘った。

 彼女も、それに逆らわなかった。

 大王なのだから一言言えば采女も従わざるを得ないのだが、最近の彼女にはそれをするのも億劫であった。

「お薬です」

 采女は杯を差し出す。

 間人大王は、眉を顰めながら杯に口をつける。

「苦いわ」

「苦い薬は体に良いですわ。大王様には、早く良くなっていただかなければなりませんもの」

「そうね。早く良くなって、仕事をしなくてはね」

 間人大王は薬を飲み干すと、再び寝台に横になる ―― そこには、あの目がある。

「ところで、唐の使者の件はどうなっていますか?」

「内臣様が、全て取り仕切っていらっしゃいますが、後で報告させましょうか?」

「お願いするわ」

 采女は静かに出て行った。

 間人大王は、再び天井の木目と睨めっこをはじめた。


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