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【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第五章「法隆寺燃ゆ」 前編 14

 

 大殿を出る時に、鎌子は金を呼び止めた。

「金、ありがとう、もう少しで衝突するところだった」

 鎌子は、金に礼を言った。

「いえ、とんでもない。内臣殿の力になれて何よりです」

 金は微笑んだ。

「如何もいかんな。どうしても中大兄と意見が衝突してしまう」

「お二人とも頑固ですからね。国を思う気持ちは同じなのですが」

「国を思う気持ちか……、そうだな」

「まあ、あまり宮内が揉めるのは如何かと思いますよ。飛鳥だけでなく、地方の造反の理由になりかねませんからね。それに、中大兄は次の大王候補です。あの方と揉めるのは、国のためにも、我が中臣のためにもならないと思いますよ」

 中臣のため ―― 鎌子はその言葉に戸惑った。

「いかがなされました?」

「いや、何でもない」

「そうですか。それでは私はこれで」

 鎌子は、金を見送った。

彼は、その背中に父の姿を見ていた。

全ては中臣のため………………

―― そうだ、私の人生は、全て中臣のためにあったのだ。

そのために、蘇我入鹿(そがのいるか)を死に追いやったのだ……………

だが、それは本当に私が望んだことだったのだろうか?

私が望んだこととは、家の繁栄なのだろうか?

いや、違う!

そう、違うはずだ!

国のためだ!

国の民のためだ!

そのために、私の人生はあったのだ………………

しかし、本当にそうだろうか?

私は国のため、民のためを思って仕事をしてきたのだろうか?

鎌子は頭を抱えた。

―― どうも最近、頭がすっきりしない………………

年のせいだろうか………………

 10月、鎌子は、津守吉祚連(つもりのきさのむらじ)・伊岐博徳史(いきのはかとこのふびと)・智辧・智祥(ちしょう)を遣わして郭務悰を饗応させた。

 そして、12月12日には正式な使者の来朝を待つとの表函を持たせて郭務悰を帰国させた。

 同じ頃中大兄は、対馬・壱岐・筑紫国の西国に防人(さきもり)・烽(とぶひ)・水城(みずき)を設置する計画を立案、間人大王の裁可を経て、着手された。

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