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【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第四章「白村江は朱に染まる」 後編 8

 その時、また悲鳴が上がった。

 奴の列からではない ―― 雪女の口からであった。

 雪女の顔が、見る見るうちに青ざめていく。

 奴の列を見た。

 壺の前に呆然と佇む忍人の姿ある ―― 彼の体が小刻みに震えている。
―― まさか………………

「よし、奴の方はこれで決まった。黒万呂と忍人だ! 二人は、いまから俺の所に来い。残りの奴は解散だ!」

 雑物の大声が寺中に響き渡る。

 奴たちは解散してゆく。

 雪女は、忍人の下にかけていく。

 女の良人は、黒万呂同様動く気力もないようだ。

 雪女は、呆然と立ち尽くす彼に縋り付き、泣き出した。

 弟成も、どうしていいのか分からず、2人を見ている。

 ―― そんな……、忍人義兄さんが行ったら、誰が姉さんや廣女の面倒を見るというのだ?

    まだ廣女も小さいのに………………

    如何しよう………………

    如何にかしなければ………………

 弟成の心は決まった。

「待て、待ってくれ! 別に志願しても良いのだろう? だったら俺が行く! 忍人義兄さんの代わりに、俺が行く!それで良いだろう?」

 弟成のその言葉に、皆が驚いた。

 誰もが嫌がる中、自分から進んで戦場に行こうとは………………

「弟成、あんた……」

 黒女や雪女は、彼を止めようとした。

「弟成、俺なら大丈夫や」

 忍人の言葉にも、弟成は耳を貸さない。

「お前が忍人の代わりにか……、いいだろう、お前の方が若いし、力も強そうだからな。では、黒万呂とともに来い!」

 雑物はそう言うと、未だ決まらぬ家人たちの方へと歩いていた。

 弟成は、母を見た ―― その顔は、先程までの喜びから一転し、まるで世界の中の不幸を一人で背負ったようであった。

「弟成……」

 忍人が、何か言いたそうに彼に近づく。

 が、何も言えない……………

「義兄さん、姉さんと廣女、それから母のこともお願いします」

 彼は、忍人にそう言うと、黒万呂に近づき、

「行こう黒万呂!」

 と、彼に肩を貸して立ち上がらせ、二人で雑物の後に続いた。

 聞師と目があった ―― その目は問い掛けていた ―― それが、お前の選んだ正しい道かと?

 彼は心の中で答えた。

 ―― これが、私が歩むべき正しい道なのだ!

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