【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第二章「槻の木の下で」 中編 19
反蘇我派の動きは早かった。
蘇我入鹿を成敗した後、大伴軍が飛鳥寺を急襲、何の抵抗もなくこれを制圧した。
そして、大王軍は御旗幟を奉じ、葛城皇子を先頭に飛鳥寺に入った。
こうなったら、既に勝負あったである。
大王軍の飛鳥寺制圧を目の当たりにした他の皇子や豪族たちは、自ら兵を引き連れ、続々と大王軍の下へ馳せ参じた。
葛城皇子は、こうした皇子たちや豪族を集め、巨勢徳太に事の仔細を語らせ、こう宣言させた。
「我が国は天地開闢以来、君臣が定まっている。いま臣たちがあるのは、大王のご加護によるものだ。必ず、臣下の礼を忘れるな」
豪族たちは恭順した。
中臣鎌子も立ち止まってはいられなかった。
彼の次なる役目は、古人大兄を封じ込めることであった。
古人大兄は、入鹿が殺された後、飛鳥板蓋宮をどこからともなく逃げ出し、自分の屋敷に舞い戻っていた。
鎌子は、すぐさま古人大兄の屋敷に赴いた。
蘇我敏傍も、兵を率いて古人大兄の屋敷に赴いた。
「待たれい!」
門前を立ち塞いだのは、鎌子であった。
「鎌子、貴様もか! そこを退け!」
「いえ、退きません!」
「鎌子!」
「物部殿、古人大兄は、既に仏門に入るとお約束なされました。これを奉じることなどできません」
鎌子は両手を広げ、敏傍の侵入を拒む。
「鎌子、そこを退け! 退かぬと斬る!」
「退きません! 物部殿、蘇我の名を汚すおつもりですか?」
「なに!」
「物部殿、あなた方が古人大兄を奉じ立ち上がれば、国は乱れるでしょう。しかし、林大臣はそれを憂いて、一人罪を背負って亡くなられたのですぞ。その志を無駄にするおつもりですか?」
「兄上が……」
「古より、力によって大王を支えてきた物部の兵士たちよ、良く聞け! 蘇我征伐は、大王のご命令である。これに背くは賊軍であるぞ。古の名を汚すことのなきよう、お引き下され!」
鎌子は、有りっ丈の声を張上げて言った。
「敏傍様、ここは一先ず引きましょう、敏傍様」
「くっ……、え、ええい、皆の者引け!」
敏傍は馬を翻した。
兵たちも引き揚げて行った。
鎌子は、また雨に打たれた。
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