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【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第二章「槻の木の下で」 中編 7

 数日後、中臣鎌子は蘇我倉家の飛鳥の屋敷にいた。

 葛城皇子が、妻である蘇我倉麻呂の娘、遠智娘に会いに来た折に、例の計画を打ち明けるためにである。

 当時の結婚形態は、夫が妻の屋敷に通うのが通常であった。

「山田殿、一つお訊きしても宜しいでしょうか?」

 葛城皇子が来るのを待っている間、鎌子は麻呂に疑問をぶつけてみた。

「なぜ、山田殿は、蘇我本家を討とうとお考えなのですか?」

 麻呂は、鎌子の横顔を眺めた。

 彼は俯いている。

「蘇我本家は、大臣の権力を以って利権を貪り、この国を破滅させようとしているからですよ」

「破滅……、それは、本当なのですか?」

 鎌子は、まだ俯いたままである。

「本当です。私は、傍で見てきたから良く分かるのです。特に大郎は、他の氏族を蔑ろにし、権力を欲しいままにしているのです。このままでは、政は乱れ、やがて国は滅びるでしょう。そうならないためにも、私は蘇我氏として蘇我の暴走を止めたいのです」

「蘇我の暴走……」

 確かに、蘇我入鹿の考えている新しい国造りは、他の氏族から見れば暴走かも知れない。

 しかし、そこにはちゃんとした理由があるのだ。

 鎌子は、それを皆に訴えたかった。

 しかし、彼にはそれができなかった。

 彼が口を開こうとする度に、中臣鹽屋枚夫の「中臣家の、父上の願い」という言葉が頭に響き渡ってくる。

 彼の頭は、限界に達していた。

 もう頭が割れそうだ。

 それでも、これを救ってくれるはずの入鹿とは、いまもって話をしていなかった。

「葛城様がいらっしゃいました」

 麻呂の声に、鎌子は顔を上げた。

 そこには、いつもの冷たい目があった。

 麻呂と鎌子は、事の仔細を説明した。

 結局、未だ心を決めかけていた鎌子はあまり説明できずに、殆ど麻呂が話す結果となってしまったのだが………………

 葛城皇子はこれを聞いて、

「面白い、林大臣を切るか! 私も、最近のヤツの態度は気に食わないと思っていたところだ。それに、ヤツは私が尊敬する厩戸皇子(うまやとのみこ)の一族を襲撃したのだからな。いいだろ、やろう!」

 と、二つ返事で了承した。

 この時、鎌子は、初めて葛城皇子の笑った顔を見た。それは、なんとも寒気のする笑顔であった。

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