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誰が悪いのか?

「ザ・ノンフィクション」の婚活漂流記2024を見た
「ザ・ノンフィクション」には様々なタイプの「上手くいかない人」が出てくる
ノンフィクションと言っても、上手くいかない人の上手くいかなさ加減を追うだけだ
たまに、他人に理解されない一つのことをやり続ける人を取り上げることもあるが、一人で食事をするシーンを後ろから撮影し、「孤独」を演出する
要するにフジテレビの番組だけあって、描き方は軽薄だ
フジテレビはそれを何十年にもわたりドキュメンタリーと称している
「人生クライマー」「ヤジと民主主義」など本気のドキュメンタリーを作っているTBSとは対照的だ

「婚活漂流記」はそんなフジテレビのドキュメンタリー哲学に非常にマッチしたコンテンツである
次から次に「上手くいかない人」が出てきて、自分で自分の首を絞める
撮影対象者が問題を起こすたびに、ディレクターが「ウキキー」と餌を得た猿のように飛び上がって喜び、「撮れ高バッチリです。2時間いけます」と本社に報告するのが目に浮かぶ

「婚活漂流記」はそんな「上手くいかない人」の宝庫である
2022年版の「婚活漂流記」では、恋愛経験がほとんどないためすぐに舞い上がってしまうミナミという女性を追った
ミナミは舞い上がるのも早いが、相手の男性のアラが見えてしまうのも早い
番組で「ところが」という接続詞が出てくる度に、話は急展開
筋書きのない、あまりにも正直過ぎる彼女の言動は、さぞかしディレクターを喜ばせたと思われる

そんなわけで、今回の「2024」では、ミナミと同じようにすぐに舞い上がる29歳の男性エンジニアを取り上げた
だか、ミナミ2世とも言える29歳よりもスターのオーラを放っていたのは、「ラブホ」という言葉を使ったために交際を断られる55歳の建設会社役員だった

29歳のエンジニアは母親と同居する心優しい青年なのだが、婚活相手の女性からは、その点が疎まれる
婚活アドバイザーに言われるままに脱毛したり、「生活力を上げるため」に一人暮らしを始めたりするが、ことごとく断られる
それでもお見合いを重ねるごとに経験値が少しずつ上がり、本人は好感触を掴むのだが、「家は賃貸でいい」という発言により「この男には家を買う財力はない」と断られ、東大卒の女性には「学歴が違いすぎる」と断られる
事の顛末だけを聞くと当然のことのように感じるが、この29歳は一旦舞い上がる
本人だけが「今回は絶対大丈夫」と確信するので、29歳がとても残酷な目に遭っているように見える

55歳の建設会社役員はバツイチで、元は太っていたが筋トレに励み、相当痩せたという
しかし痩せたといってもそれは本人の歴史の中で痩せているのであって、普通に腹が出たおっさんだ
肌がボロボロで目つきが悪く、太っているかどうかよりも、まずはそこを何とかするべきなのは映像を見ればわかるだが、婚活アドバイザーは脱毛は勧めるものの、目つきと肌質については言及しない
多分、脱毛は提携先があって、そこで脱毛すると婚活アドバイザーにも金が落ちる仕組みがあるが、目つきと肌は金にならないのでスルーなのだろう
55歳はそんな婚活アドバイザーにダメ出しされながら婚活に励む

55歳は建設会社役員だが、年収は600万円
婚活している女性からすれば、物足らない数字であろう
それゆえ、55歳の言動に対する相手の女性の評価は厳しい

お見合いで、旅行の話になったという
55歳は「ホテルとか旅館が取れなくてもラブホがあるからいいんじゃない」みたいなことを言ったらしい
その女性とは「意気投合」したというのが55歳の評価だったが、婚活アドバイザーから、その女性が「ラブホ」というワードに衝撃を受け、交際を断ってきたことを告げられる
婚活アドバイザーは、「ラブホ」というワードはスナックでの会話ならいいが、見合いの席で使う言葉ではない、と55歳を嗜めたが、実際は「年収600万円だとホテルにも泊まれないのか」と相手の女性が判断したのだと思う
また、婚活アドバイザーは、別の見合いにおいて、「生理的に受け付けらない」という理由で相手の女性が断ったことを55歳に告げる
だが、それを伝えてどうしろというのだろう?
婚活アドバイザーは「カリスマ」ということになっていて、言いにくいことをズケズケ言う
その結婚相談所の会員になる、ということは、結婚するためには自分を変えなければならない、という立場を受け入れるということだ
婚活アドバイザーに言われる言葉が残酷なほど、よりありがたいアドバイスという事になる
55歳はそうやって、見合いのたびに「素の自分」を否定され、番組はそれを「成長」という視点で編集する

ある時、55歳は中国人経営者とお見合いし、また「意気投合」した
相手も経営者だったので、経営者としての自分の気持ちがわかってもらえ、「対等な関係が築けた」という
55歳は「結婚の同意が成立した」と判断し、婚活アドバイザーに何の報告もないまま成婚料を振り込み、婚活事務所から退会を試みる
しかし、そこに婚活アドバイザーの待ったがかかる

婚活アドバイザーの直感は正しかった
調査により、中国人が結婚に同意した、というのは55歳の男との早とちりだと判明する
そればかりか、中国人が結納金という名目で55歳に金を要求していることが明らかになる
55歳は、話が違う、と失意に沈む
婚活アドバイザーはこの状況に対し、「あなたはいつも早とちり」と55歳を嗜める

ディレクターはこの一連の出来事に、「キター」と拳を固く握りしめたことだろう
そして多くの取材対象者中からその55歳を選んだ自分の目に狂いがなかったことを誇りに思っただろう
これだけあれば撮れ高十分、2時間枠は確定だ
ディレクターとしてはホームランを打った気分だったろう

しかし、55歳の活躍はさらに続いた
一連のカタストロフィが過ぎたあと、今は気を取り直して今も婚活に励んでいるという映像が映ったのだが、55歳は腹にバーベルのプレートを抱き、腹筋運動をしていたのだ
どこまで行ってもズレている
腹が出ているから結婚できないわけではないのに、重りまで抱えて腹筋をする
これこそ「ザ・ノンフィクション」が求めている人間像であり、映像だ
ディレクターとしては、「今も婚活に励んでいる」というナレーションのバックの映像として街を歩いてくれるだけでよかったはずだ
それなのに、重りまで抱えて腹筋してくれるとは!
スター誕生!
ディレクターとしては、ニ打席連続満塁ホームランと言える

さて、誰が悪いのだろう?
婚活アドバイザーは、労働に対する対価として金を求める
そこの会員は、金の対価として結婚を求める
ディレクターは、ズレた人間を発見した対価として評価を求める
3者の求めているものはそれぞれ違うが、誰も誰かを騙してはいない
だが、ここに映し出される醜悪さは何だろう?

金で縁を買う
私は、そこに映し出されている醜悪さの元凶は、金で縁を買う、という行為からきていると思う
金に換算したり、金で交換できないものを金で買おうとすれば何が起きるのか?
そこに映っているのは、そういうことではないのか?

結婚相談所のシステムは金を払って登録し、金を払って見合い相手を斡旋してもらうというものだ
出会い系と同じだが、セックスが目的の出会い系とは違い、結婚を目的としていることから、結婚相談所は真っ当な業態とされている
だから出会い系はテレビCMを流せないが、結婚相談所はTVのCM考査も通る
だが法的に真っ当だとしても、そうやって提供される出会いは、結婚相手を選ぶに値する出会いと言えるのだろうか?

結婚相談所は金を取る
結婚という一生に関わる大事であり、かつ、金を払う以上、会員は自分の好み、自分が譲れない条件に拘る
街でナンパするのなら、どんな女がナンパできるかは自分次第
だが、結婚相談所は金を取るので、自分のことは棚に上げ、金の分だけ自分の願いが叶うと思ってしまう

これが金を媒介としない、自分で得た縁なら多少のことでも「仕方ない」と許し、その縁を大切にするだろう
相手を許すことで自分の中のモノの見方が変化し、それにより自分が変化していく
だが、結婚相談所に金を払ってやる婚活となると、少しでも気に入らなければ、自分ではなく、相手を「チェンジ」する
なぜなら次の縁は「チェンジ」と宣言するだけで手に入る
自分を変える必要はない
相手を変えればいい
そうやって「チェンジ」を繰り返すことで、理想の相手に巡り会える、というが、結婚相談所のシステムだ

婚活アドバイザーの役目は、会員がこのシステムに疑問を持たぬよう、監視することだ
婚活アドバイザーは「婚活は恋愛と違う。自分が最初に掲げた条件は絶対に曲げたらダメ」と繰り返す
相手の顔は「付いていればいい」
肝心なのは年収と条件
条件というのは、結婚すれば専業主婦になれるのか、家は買うのか賃貸か、親と同居するか否かなど
自分の条件を最優先することに何の疑問も抱かせず、「いい結婚」をさせることが婚活アドバイザーのミッションだ

これを見た視聴者はどう思ったのだろう?
2022年版と2024年版では婚活アドバイザーが来ている服がまるで違っていた
2022年版では黒いジャケットなどを羽織っていたが、2024年では体のラインが出る派手な柄のワンピースばかり着ていた
全身から自信と金がみなぎっている
多分、2022年版の放送以来、儲かって仕方ないのだろう

だが、自分の条件を掲げ、「チェンジ」を繰り返せば理想の相手に巡り会えるのだろうか?
そもそも彼らは相手に向き合っているのだろうか?
自分の掲げる条件にハマるパズルのピースに人格はあるのだろうか?
自分の掲げる条件にハマるパズルのピースを見つけたとして、それで何がしたいのだろうか?

もしかしたら、新しいお見合い相手に会うたびに、自分の掲げる条件は揺れ動いているのかもしれない
そして自分の掲げた条件よりも、出会った相手を選ぶのかもしれない
自分の掲げた条件を捨てることで、新しい自分に出会っているのかもしれない
そうだとしたら、それは縁と呼べるものかもしれない

だが、あの婚活アドバイザーは、多分、それを許さない
あくまで、最初に自分が掲げた条件を貫き通せ、とけしかける
そうやって、ほとんどの人が自分の条件を満たす「いい結婚」をし、ビックデータとAIを駆使しすれば理想の相手を結婚できる、と喧伝するのだろう
その上で、成婚率8割
このロジックとこの確率に抗えるものは、多分、少ない

「満足は選択肢の数に比例する」
このロジックに違和感を抱かないのは、世の中のほとんどのものに値段がついているからだ
ビックデータを使えば、属性にも値段がつく
値段がつくということは、金で交換可能ということだ
番組の中で「こんな自分にとって」とか「自分にとって天使ような人」とかいう発言があった
その言葉は、自分の条件を伝え、条件通りの人が現れたお見合いの初期に出る
だがそれは「こんな安い値段でこの属性が買えるのか」という安さへの驚きだ
もっと高い年収を稼いでいないと得られないと思っていた属性が、ビックデータとAIにより最適化されると、こんな年収でも手に入る、という驚きだ

もちろん、相手は馬鹿ではない
自分の市場価値を知っていて、市場価格より安い値段では売らない
相手の人柄が気に入って、その場で相手に合わせて話を聞いたとしても、相手が自分の市場価格より安い価格で自分を買おうとしていると判断すれば、その場を離れた後に断りを入れる
だからお互いの人柄に惹かれ会話が弾んでも、その会話の中で「ラブホ」と言っていたら「この男は旅行でホテルにも泊まらせてくれない」と判断され、「家は賃貸でいい」と言っていたら、「この男には家を買う財力はない」と判断される
だから「早とちり」が起きる
裏切られたのではなく、「早とちり」とされる
悪いのは裏切った相手ではなく、「早とちり」した自分とされる

番組で見せられていたのは、属性の売買の現場なのだ
一方で、人柄には値段がついていない
人柄は属性のように分解できないので、ビックデータになり得ない
だから、会ってみるまでわからない
ならば、自分が求める属性を持つ相手の中から、お見合いによって、最も人柄がいい人を選ベばいい
そう考えると、失敗のない完璧なシステムだ
番組が見せていたのは、相手が求める属性を持たないのに、その相手を求めてしまったことで起きる悲劇、ということになる

それは、最初からわかっている悲劇である
年収600万円で、年収2000万の人しか買えない属性を買おうとしても売ってくれない
成婚率8割ということは、結婚できない2割がいる
その2割を見抜くのは簡単だ
分不相応
見てはいけない夢を見ている人間を探せばいい
ディレクターはその2割の人間を見抜き、悲劇を期待し、8ヶ月カメラを回した

ウキキー
ディレクターの喜ぶ声がこだまするこの世の中では、あらゆるものに値段がついている
金で買えないものは、そもそも存在していない
だから、金を払うという行為がない行為を選択できない
なぜなら、その行為は最初から存在していないのだ

だが、実際には金で買えないものの方が多い
だから多くの人は退屈し、心貧しく生きている


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