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天神祭の人魚(小説) 2/4話

次の年も、僕はこの祭りに
血を沸かせていた。

男ばかりで浴衣姿の女の子を
物色しながら天神橋を渡った。

毎年のことなのだが、
あまりの人混みで全然前に進まない。

押せや押せやの殺気立った雰囲気を、
篝火と激しい太鼓の音が
いやが上にも盛り上げてくれる。
 
どんどこ船から祭りの到来を告げる
独特の太鼓と鉦のリズムが響き渡る。
 
テキヤのお姉ちゃんは大声を
張り上げ客を呼び込み、
ひよこたちは可哀想に
大きな容器の中で
子供たちの手から逃れようと
右に左に走り回っている。

それは妙に祭りを実感させる光景だった。


徐々に日が沈み、
夜の帳が降り始めても、
ここは昼より明るい。

何もかもが陽気で狂気に満ちている。

僕は再びこの光景に有頂天になってしまう。

そして気が付くと、
橋を渡ってすぐのところで
仲間とはぐれてしまった。


小さい頃、家族とはぐれて
散々怒られたけれど、
今では大した問題ではない。
そのうちばったり出会うだろうし、
1人で過ごす祭りもオツなものかもしれない。
 
そう思って最初は意気揚々としていたが、
しばらくしてあせってきた。
 
不安になって人混みを
キョロキョロしていると、
いつの間にか去年、
あの妙なものを見かけた
中洲の向かい側に押し流されていた。


そして何と今年もまた同じ場所で、
それを見つけてしまったのである。


「あ、人魚だ!」


その言葉が思わず口から飛び出してしまう。

今夜は僕の視線に気付かないのだろうか、
人魚は水の中に身を沈めると、
川下のこちら岸に向かって泳いで来る。
 
その姿が水面下の黒い影となって
僕の目に映った。

僕は人混みをかき分けて、
そちらの方向へ向かった。
 
天神橋を過ぎて更に川下の岸は
さっきの喧騒が
うそのように静かだった。


人魚は川辺の低いコンクリートの段に
腰かけて、空を見上げていた。

段のギリギリまで水が来ていて、
彼女の足元ははっきり見えなかったが、
明らかに人とは様子が違っている。


僕の気配に人魚は気付いたが、
意外にも逃げ出すふうではなかった。
 
僕はじっと彼女を見つめる。

真っ白い肌に、露わになった豊かな胸、
細い肩にしっとりとまとわりつく
緑の黒髪。
横顔はうっとり夢見るようで、
しかし瞳は赤く燃えるような色彩だった。


「あの、君・・・」


僕は人魚の方へ歩み寄ろうとする。
彼女は僕の存在なんて気にも留めず、
空を仰ぎ見ていた。
 
が、突然、「龍神様!」と叫ぶと、
音を立てて川の中に姿を消してしまった。
 
僕も思わず彼女が見ていた空を見上げる。

一陣の稲妻が夜空を駆け抜けたような気がした。
 
そして次の瞬間、
耳をつんざくような轟音と
色とりどりの光で夜空が炸裂する。


天神祭の花火は僕の人魚を
連れ去ってしまった。

              続

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