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天神祭の人魚(小説) 1/4話

七月も終わりに近づいた晩。
僕は大学の仲間と
天神祭に来ていた。

天満の天神祭は毎年、
この土地で生まれ育った
僕らの血を沸かせてくれる。

幼い頃から慣れ親しんできた大川が
全く別の場所のように思える晩。


ふだんは、たいした変哲もない川が、
この時ばかりは遥か古代と現代を
つなぐ華々しい異空間になる。
 
物心ついた時から、
夏が来るたびに僕は
この火と水の祭りに魅せられてきた。

学生生活も半ば過ぎたその夏、
僕はビールを飲んで
大騒ぎしている仲間たちに混じって
大川のほとりの鉄柵に腰かけていた。

天神橋のちょっと手前、
屋台が切れる辺りは
いつも比較的すいている。


ビールと祭りの熱気で
フワフワした僕らは
鈴なりになってそこに腰かけていた。


川には篝火を焚いた船が行き来し、
岸にも赤々と燃える篝火が
1メートルおきに立てられ、
激しい炎で天を焦がしている。
 
身動きもできないほどの人波。
 
川を行き交う船が奏でる笛音や
激しい太鼓の響き。
 
昼よりも明るく照らし出される
夜の風景。
 
今宵が古代への入り口である
という空想が当然のように
受け入れられる。
 
僕はこの祭りの真夏の夜の夢
のような熱病感、
そしてどことなく垢抜けない
この土地の匂いに惚れ込んでいた。


酔いがほどよくまわってきた頃、
仲間たちは地べたに
すわってくつろぎ始めた。

僕もすっかり鉄柵で痛くなった
尻をさすりながら、
地面にしゃがみ込もうとした。

その時、天神橋の下から
大川に突き出した中洲の近くで
何か動くのが目に入った。


中洲にも篝火が焚かれていたので、
それが人影であることがわかった。

が、驚いて僕は更に目を凝らしてみる。


水の中に、真っ白い肌の・・・

人の姿より美しい・・・あれは何だ?


かなり距離があるにも関わらず、
一瞬その燃え上がるような瞳が
炎に反射したのがわかった。

僕の視線に気付いたのだろうか、
それはぱしゃんと水を
はねさせて水中にもぐり、
川下の方へと姿を消した。
 
それと同時に花火が夜空に飛び散り、
僕はそれ以上何も目にすることは
できなかった。


僕は頭をかきながら、
仲間の輪の中に腰かけた。
しかし、何かがおかしいと思った。

僕はこれを見たのが初めてでは
ないような気がしたのだ。
幼い頃にも何度か
見たような気がする。

祖母に手を引かれて、
父親の肩車の上から、
兄と綿菓子を食べながら・・・

不思議といつも僕しか
気付かなかったけれど、
僕は確かにそれを見ていた。


もう一度さっきの篝火の下辺りを見やった。
が、もう何の姿も見当たらない。

すぐに次々と花火が
天をゆるがせ始め、
僕は夜空の華に見入った。

           続


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