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農業改良普及員から転身し、育成したイチゴ2品種を直売

 12人目となる育種体験記は、愛知県大口町でイチゴを生産して直売を行っている水野賢治さんに語っていただきました。育種対象とする植物は、米麦や果物などは国や県の試験場が、野菜は種苗会社などが主に育種を行っていますが、草花は種を蒔いてから花が咲くまでの期間が短いこともあってか、個人育種家が草花の育種に取り組む人が多くなっています。個人育種家の集まりである全国新品種育成者の会も、30年前に設立された当時は野菜の育種家が多かったのですが、今は草花を育種する会員がほとんどを占めています。
 
 そのような中で、水野さんはイチゴの栽培に魅せられて、愛知県の農業普及員からイチゴ農家に転身され、育種にも挑戦して2品種のイチゴを作られました。養蜂も行い、できたハチミツはイチゴとともに直売されています。
 では、水野賢治さんの育種体験記をご覧ください。
 

話し手  水野賢治さん

 名古屋から約20キロ北、犬山市の西に位置し、桜の名所となっている五条川が南北に貫く愛知県丹羽郡大口町で、イチゴを生産している水野賢治です。平成3年に東京農工大学農学部を卒業した私は、愛知県庁に入りましたが、農業現場に係りたいと農業改良普及員となりました。
 
 普及員となった当初は、水耕トマト、キャベツ、大根、ねぎ等の露地野菜を担当しましたが、平成16年に異動した勤務地でイチゴ農家を担当したことで、イチゴの高設ベンチ栽培▾の魅力に目覚めました。脱サラしてイチゴを作りたいという思いを強く持ちましたが、家族は納得してくれませんでした。
 
 そのような中、助け舟を出してくれたのは父でした。父は「100㎡のビニールハウスを建ててやるから、苗と高設ベンチは自分で作って栽培してみろ」と提案してくれました。それで私は「章姫」▾と愛知県育成品種「ゆめのか」▾の苗を自宅の庭で600本育て、父が建ててくれたビニールハウスに高設ベンチを自作してイチゴ栽培に挑戦しました。採れたイチゴは1年目に50万、2年目に70万の売り上げとなり、2年がかりで家族の理解が得られ、私は平成21年に退職して、就農することができたのです。
 
 育種を始めたのは、就農した年に愛知経済連の研修会で再会したあるJAの営農指導員から、品種改良を勧められたのがきっかけです。そのときは、できるわけがないと思いましたが、翌年「これを組み合わせればいい品種ができる」とその営農指導員が3系統の試験品種を我が家に持ってきたことから、ひょっとしたらという気が起き、ネットでイチゴの育種方法を調べ、3年程3系統を交配しました。
 
持ってこられた3系統からは良いものが見られませんでしたが、私が栽培していた「ゆめのか」を花粉親とした系統から「ゆめのか」より花芽分化がやや早く、酸味が少ない高糖度系統が数系統見つかったのです。そこから選抜した新品種に「みくのか」の名をつけ、登録出願し、平成29年に品種登録を受けることができました。更に収量性は劣るものの「みくのか」より収穫期が7~10日早く、より高糖度の新品種「新みくのか」を育成し、現在登録に向けて審査が行われています。

みくのか

 「みくのか」は果実が大果系で比較的硬いので輸送や収穫調整時のロスが少なく、うどんこ病▾や炭疽病▾に強く、ランナーも旺盛に発生し、多収なのが特徴です。連続出蕾性にも優れ収穫量の変動も比較的少ないです。「新みくのか」は、「みくのか」に比べてうどんこ病にはやや罹病しやすく収量性も劣りますが、収穫開始時期が早く、高糖度で食味の良いのが特徴です。
私は元々「章姫」と「ゆめのか」を栽培していましたが、5年前に栽培品種を「みくのか」と「新みくのか」に完全に切り替えました。

 「章姫」は素晴らしい品種ですが、果皮が柔らかいので朝早く起きて10時ころまでに収穫しないと傷みやすく、そのうえ、毎日収穫しないと過熟果のロスが増えてしまっていました。また、「ゆめのか」は大果で果実も硬く、収穫調整作業は楽でしたが、「花芽分化が遅く年末にならないと収穫できない」、「収穫量の変動が大きい」、「酸味の強い食味がお客様には不評」等の課題がありました。栽培品種を「みくのか」と「新みくのか」に切り替えたことにより、収穫量の変動が少なくなり、実も硬いので収穫後のパック詰め作業のストレスも減りました。
 
現在、私が生産したイチゴは、ほとんどを自宅の直売所で売り切っています。ほとんどが一般のお客様ですが、ケーキ店、パン屋、喫茶店、和菓子店の数店が利用してくれています。「スーパーなどのものより新鮮で日持ちもするし、味も良い」と言ってくれる方がリピーターとして定着してくれたおかげで直売で売り切れるようになり、うれしく思っています。
 

水野さんの直売所

  我が家の栽培面積は妻と2人で800㎡と小規模ですが、年間収穫パック1万8千パック(1パック約280g)、オリジナル品種の特性を活かした高価格で販売させてもらっています。今年で脱サラ15年目ですが、本年11月には県から「農業経営士」の認定もいただく事ができました。
 
 令和2年に「みくのか」と「新みくのか」は、それぞれ別の種苗会社に商品化に向けた試作を実施してもらいました。「新みくのか」については、家庭菜園用を前提にした試作であまり良い評価は得られませんでしたが、「みくのか」については、昨シーズンに宮崎県の11戸70aで拡大試作が実施されました。来年には、某種苗会社のカタログに「みくのか」を掲載していただける予定です。自分以外のイチゴ農家の方々が、どの位「みくのか」を栽培してもらえるかはまだまだわかりませんが、私自身は、今後も体力と気力が続くうちは自身の育成品種を作り続け、その生産販売を通じて「地域にビタミン」を提供し続けていきたいと思っています。
 
 イチゴの生産直売の傍ら、私は規模は小さいですが、趣味と実益を兼ねて本格的な養蜂をしています。イチゴの交配にミツバチは必須なので、できるなら自分で確保したいと以前から思っていました。脱サラして3年目頃でしたが、イチゴの交配に使っていた巣箱から自然分蜂▾が起きて、その蜂球▾を捕まえて飼いだしたのが発端です。
 

ミズケンはちみつ

 
  私の養蜂は、10群前後をハチミツ用に、交配用に3群をイチゴのイチゴのビニールハウスの近くで飼っています。イチゴを作りながら行っているので、春~夏の間に貯めさせた桜やレンゲ等のいろんな花の蜜が濃縮された「百花蜜」を6月下旬~8月、イチゴの苗づくりの間の隙間に採蜜しています。採蜜してビン詰めしたハチミツは、次のイチゴの直売シーズンの11月下旬~翌年6月にかけて自宅の直売所で販売しています。お客様に購入いただくとともに、私自身もお世話になった方々等への贈り物としても重宝しています。 
 
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           用語(▾印)解説
 
▾高設ベンチ栽培:  イチゴの栽培で作業性を考慮し、高さ1m程度のベンチ
    を設置して、その上に栽培ベッドを設置して行う栽培方法
 
▾ゆめのか: 愛知県農試が「久留米55号」と「系531」を交配して育成、
    2007年に品種登録された。果皮が程良く硬いので傷みにくく、完熟
    に近い形で収穫されて糖度も高めで酸味もあり、さっぱりとした食
    味の品種。
 
▾章姫: 静岡県の萩原章弘さんが「久能早生」と「女峰」を交配して育
    成、1992年に品種登録された。果実が縦長の円錐形で果実は少し
    柔らかめ、口当たりがよく果汁が豊富で、酸味が少なく甘みのある
    品種。
 
▾うどんこ病: 多くの種類の野菜や花に発生する葉っぱの表面に白いカビが
    生える病気。
 
▾炭疽病: 糸状菌と呼ばれるカビが原因の病気で、葉や茎など部位を選ば
    ずにどこでも病斑を生じて広がり続け、最終的に苗や株を枯らして
    しまう病気。
 
▾分蜂:  春になると新たに生まれた女王蜂は、働き蜂の約半数を連れて巣を
    飛び出して新たな場所に巣を作る。そのようにニホンミツバチの群
    れが1群れから2群れに分かれること。
 
▾蜂球:  新しく生まれた女王蜂が巣別れする際に、次の営巣場所が見つかる
    まで、女王蜂を中心に数百匹の働き蜂が枝などに形成する球状の集
    団。

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