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湖に燃える恋・第26話「矛盾…。」

「明美ちゃん、じゃあ、これから釧路に向かって出発するよ……。」

 
 
「はい。ヒロユキさん・・・。」
 
 
 
 
俺は車のエンジンキーを思いっきり右に回した。そして病院に別れを告げようとしていた。

 
 
「荒木くん、明美を頼むわよ~!」
 
 
 
お姉さんは大きな声を張り上げ、両手を振りながら俺の車を見送ってくれた。明美はにこやかなお姉さんの姿が見えなくなるまで後ろを振り向き、手を振っていた。
 
 
 
 
 
本当に二人っきりになってしまった・・・・。
 
 
 
 
 
心から明美が大好きで愛している俺と、俺との関係がはっきり自覚できていないけど、とにかく一生懸命に頑張っている明美とは当然、気持ちの温度差があると思う。
こういうときは当たり障りのない会話でもしよう!と、俺は澤田先生が言った教えを忠実に守った。
 
 
 
 
「明美ちゃん、いい天気になってよかったね!」

 
「はい、ヒロユキさん、絶好のドライブ日和ですね。」
 
 
 
確かに、初めて摩周湖にドライブした日も
こんないい天気だった。明美はもちろん覚えていないだろう……。
 
 
 
 
「暑かったり寒かったりしない? 明美ちゃん?」
 
 
 
「大丈夫です。ヒロユキさん・・・。」
 
 
 
 
名前を呼んでくれるのはとても嬉しいと思ったが、ただ、呼んでいるだけ・・・というのが何となく見てとれた。
 
 
 
 
「明美ちゃんって、子供の頃、男の子と一緒になってドロまみれになって遊んでたんだって?」
 
 
 
「え~、何でそんな事、ヒロユキさんが知ってるんですか?あ~!お姉ちゃんだな!おしゃべりが・・・」
 
 
 
「本当にドロドロになって家に帰ってきたんで、お母さんが明美ちゃんを海に連れて行って放り込まれたんでしょ?ふふ!」
 
 
 
「イヤだぁ~~!あのとき本当に思い切り投げ飛ばされて、しかもパンツ1枚だけのほとんど裸で・・・・・。」
 
 
 
 
「今からは想像できないくらい、男勝りだったんだね。」
 
 

 
「え~、私 今もあまり変わらないかも……普段はあまり女の子らしいおしゃれも……していなかったですよね?」
 
 
 
 
ふと、明美の服装を見て、俺は驚いた。
 
 
 
ピンクのTシャツに赤いミニスカート。

 
確かにラフな格好ではあるが、これは俺と最初にドライブに行ったときの明美のコーディネートそのままだった・・・。
どうしてこの格好なのか? とても気になったので明美に聞いてみた。
 
 
 
「明美ちゃん、今日の格好、とても可愛いよ!」
 

 
「ありがとうございます、ヒロユキさん」
 
 

 
「こういう聞き方はおかしいと思うだろうけど・・・・どうしてその格好をしてきたの?」
 
 

 
「あ、これですか? 松田聖子ちゃんがこんな感じのコーディネートをしていて可愛かったんです。男の人が可愛いって思うようなものって、私、ファッションオンチだから……
 
芸能人と同じような格好だったら可愛く見えるのかなぁって……
 
どうです?ヒロユキさん? 中味は置いといて・・・・このTシャツとミニスカートって可愛く見えます?」
 
 
 
 
 
俺は勇気を持って少しずつ話を進めて行こうと決めた。
 
 
 
 
「明美ちゃんのその洋服、俺と最初にデートしたときに着ていたものと全く同じだよ……。」
 
 
 
 
明美は納得したようにうなづいた。
 
 
 
 
「そう・・・・なんですか・・・・実はヒロユキさんとドライブして帰ると言われたときに着るものに迷ったのですが、さっき言ったように聖子ちゃんのマネのこのスタイルを以前にもどこかでしたような気がして……

そうですか、やはりヒロユキさんに気に入られたくて着ていたのはこのTシャツとスカートだったんですね・・・・・。」
 
 
 
「そこまで何となく思い出してたの? もう俺とのこと…思い出せるんじゃない?」
 
 

 
知らないうちに俺は明美をたたみ掛けようとしていた・・・。
 
 
 
 
「こうやって細かい事をひとつひとつ辿っていくと思い出すことはあると思います。でも、私がどのようにヒロユキさんとお付き合いするようになったのか、その心のきっかけが全く思い出せません。なぜ心を・・・・そして・・・体を許せるような仲になったのか・・・・・それが思い出せない限り、今のままでは、友達と言う関係にもなれません。」
 
 
 
 
そう、もう少し……なのに、その肝心な部分は明美の過去もからんだデリケートな部分。
過去の男性関係、DV、泥酔時の性癖……など
 
そこを思い出させることはある意味、明美にとってはとても過酷なこと、出来ればこのまま忘れたままでいて欲しい。
 
 
思い出して欲しい、でも悲しくて辛い過去は思い出さないで欲しい
 
 
 
 
 
 
 
こんな矛盾な気持ちに気をとられ………
 
 
 
運転の集中力に欠けていた俺は………
 
 
 
 
 
 
 
 
緩やかな右カーブを曲がり切れずに対向車線をはみ出し……
 
 
 
対向車に追突しようとしていた……。


                              〜第27話に続く〜

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