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関取花 連載第28回「今年も変わらず」

年末年始は実家に帰った(もちろん家族全員の体調を事前に確認した上で)。どんな状況の中にあっても、一年の終わりと始まりはやはり家族と過ごしたい。こんなことを言ってしまうと大げさかもしれないが、「私はこの人たちのために生きているんだな」と実感することができる。心底リラックスした時間を過ごすことで、結果的に自分が本当に大切にしたいことが自然と見えてくるのだろう。家族に笑ってほしいからこれからも仕事をがんばろうと思えるし、家族といつまでも笑っていたいから健康により一層気を使おうと思える。東京で一人もがき続ける毎日は忙しく刺激的だが、こなすのに精いっぱいで自分自身を見失いそうになることもしばしばだ。一年にたった一度の数日間ではあるが、年末年始は自分と素直に向き合う大切な時間でもある。

特に昨年は次々と起こる変化とそれに対応することに追われっぱなしの一年だったので、今回の帰省はより実家の変わらなさが沁みた。扉を開けた瞬間漂ってくる母の煮物の香り、ソファの上で横になりながらテレビを見ている父、冷蔵庫の中の食べ切れないほどの食料たち。還暦を迎えた両親は白髪こそ増えたものの相変わらずよく喋りよく笑う。何もかもがいつも通りの我が家がそこにはあって、自分の心のどこかでずっとピンと張っていた糸がほぐれていくのがすぐにわかった。

そして変わらないでいてくれるのは何も家族だけではない。今年は人混みが怖いので初詣には行かない代わりに、実家から歩いて20分ほどのところにある大きめの公園に一人で散歩に出かけた。子供の頃によく使っていた裏道を歩いていると、細く緩やかな坂も、左右から覆いかぶさるように生えている木も、石像などが無造作に並べられた途中のちょっと不思議な雰囲気の家も全部あの頃のままで、まるでタイムスリップしたような気分になり、懐かしさに胸がキュッと締め付けられた。

公園に到着するとすぐに子供たちの無邪気な声が聞こえてきて、声のする方へ歩いて行くと、そこでも自分が子供の頃に見たのと変わらない光景が広がっていた。凧あげをする子供たち、ほころび始めた梅の花、それを眺めながら犬の散歩をする老夫婦。世の中がどんな状況にあっても季節は変わらずそこにやって来て、時代がどんなに変わっても繰り返される楽しみ方がある。ベンチに腰掛けその様子を眺めていると、気付いたらなぜか涙がポロリとこぼれた。なんだかこの一年で一気に涙もろくなった気がする。変わらない光景を目にしたりそういった場面に遭遇すると、もうそれだけでなんだかホッとして涙が出てきてしまう。

そういえば、実家に帰っている間に思わず涙が出てきた瞬間は他にもあった。私は12月18日が誕生日で先月30歳になったばかりなのだが、昨年は会えなかったから渡せなかったというバースデーカードを母が遅ればせながらと私にくれたのだ。見開きタイプのそのカードは、表紙に鮮やかな色の風船が描かれていて、右上に「30」の文字があった。30歳専用のバースデーカードなんてどこで見つけてくるのだろうと思ったら、2019年の12月、私と出かけたとある街の雑貨屋でたまたま見つけて、その時に買っておいたのだと言う。私が30歳を迎える一年前から買って準備をしてくれていたなんて、その気持ちを思うともうこの時点で私の涙腺はだいぶゆるみかけていた。カードを開くとそこには母からのメッセージ。このカードを買ったその日に、家に帰ってすぐ書いたらしい。

いっぱい寝て、いっぱい食べてる? 30歳をむかえる娘、花ちゃんへ
今日はどんな天気?

2019年の12月、忙しい時間の少し空いた晴れた日に
こうして一緒に食事して、雑貨屋、古着屋まで付き合ってくれて
のんびりお散歩できて、それだけで幸せだし、嬉しいです。

来年のお誕生日はどんな風に過ごしているかなあ…
健康第一、感謝の気持ちと笑顔をね!

すっかり老眼の母より

私はこの手紙を読みながら思わず泣いてしまった。母の気持ちがあの日の温度のまま伝わってきて、一つ一つの言葉が胸にじんわりと広がって、気付けば頬を涙がつたっていた。このまるで絵本のような母の言葉選びも、私の小さい頃からずっと変わらない。難しい言葉やくさいセリフは一切使わず、その時のありのままの気持ちを優しく柔らかく表現できるのは、元来の人柄あってのことだろう。最後に「すっかり老眼の母より」とちょっとクスッとできる言葉でしめてくれるのも相変わらずである。自分が30歳になるまで健康に生きてこられたこと、そして今も目の前には元気な母がいて変わらない愛情を注いでくれているということ、そのあたり前のことがどんなにありがたく奇跡的なことか。そんなことを噛みしめながら、私はもう一度カードに目を落とした。すると、カードの一番下に追伸のメッセージが書いてあることに気付いた。

高円寺また行こうね!

……高円寺?

いや、行っていないのである。母と一緒に高円寺には、生まれてこの方行ったことがない。

母がこのバースデーカードを買った日、私たちが行った街はたしかに同じ中央線沿いではあったが、行ったのは4駅先の吉祥寺である。なんならその日は母のたっての希望で吉祥寺に行ったのだ。「行ってみたいロシア料理屋さんと、見に行きたい雑貨屋さんがあるの」と指定してきたじゃないか。しかもこのカードを買ったその日に、「今日の楽しかったことを忘れないうちに書いておこうと思って」と家に帰ってからすぐに書いたと言っていたのに、思い切り行った場所から忘れているじゃないか!

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母に「高円寺じゃなくてあの日行ったのは吉祥寺だよ」と言うと、「あれれ、まあでもほぼ合ってるみたいなもんでしょ」とよくわからないことを言いながら笑っていた。いや、合ってるの寺だけだし。深大寺でも豪徳寺でもなんでもよくなっちゃうしそれだと。でもこれでいい。これがいい。過ぎたことはすぐに忘れてしまう良い意味での適当さ、これこそが母の最大の長所なのだから。

昔から、母のこういうところを見ているとなんだか救われる。この人と一緒にいれば、こういう考え方でいられれば、この先どんなことがあっても前向きに今を楽しんで生きて行けるだろうと思えるのだ。私は母のその変わらなさがおかしいやら妙に安心するやら何やらで、気付けば泣きながら笑っていた。

今年もきっといろんなことがある。今までのやり方ではどうにもならないことに直面し、変えていかねばならないことも多いだろう。それでも時々は立ち止まったりゆっくり休んだりしながら、変わらないものの尊さに触れ、忘れないように過ごしていきたい。そしたらどんな状況に置かれても、きっと豊かな心でいられると思うから。


最後になりましたが、みなさま遅ればせながらあけましておめでとうございます。身体はもちろん、心の健康にも気をつけたい今日この頃。私の書く文章が少しでもそのお役に立てるよう、ゆるく楽しく時々真面目に、良い連載にできるよう引き続き頑張ります。今年もよろしくお願いいたします!

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関取花アー写メイン今をください軽

関取花(せきとり・はな)
愛嬌たっぷりの人柄と伸びやかな声、そして心に響く楽曲を武器に歌い続けているミュージシャン。NHK「みんなのうた」への楽曲書き下ろしやフジロック等多くの夏フェス出演、初のホールワンマンライブの成功を経て、2019年5月にユニバーサルシグマよりメジャーデビュー。
ちなみに歌っている時以外は、寝るか食べるか飲んでるか、らしい。
関取花オフィシャルサイト
関取花Twitter

<最新情報>
メジャー1stフルアルバム「新しい花」を3/3(水)にリリース。
詳細はこちら。

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