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アトリエのイタリア紀行

 事の起こりは、シチリアの美術館に行きたいと思い立ったことだった。

建築家 カルロ・スカルパが、そのキャリアの初期(1954年竣工)に手掛けた「パラッツオ・アバテリス」は第二次世界大戦中に爆撃され、瓦礫になっていた建物を修復していった建築で、シチリア州立美術館となっている。

 スカルパは、学生時代からずっと気になり、幾度もその作品を辿っているけれど、ずっとシチリアには足を延ばせないでいた。

 旅行会社にフラッと入り、その場で自分も調べながらザックリ一週間程度で行けるものかを聞いてみると、イタリア国内線のシチリア便が毎日は飛んでいないことが分かり、シチリアだけに行くのは、やや効率が悪いことがわかった。

 そこで、またミラノに入って北イタリアのスカルパ作品を再訪するのも良いか…と、その場でミラノ入りで北イタリア、国内線でシチリアに、そしてローマ空港から帰ってくる、というルートを組んできた。

 このとき、事務所は長年かかっていた仕事が順調に動き始め、一息ついたタイミング。2人のスタッフの頑張りもあり、事務所の業績も良い状況だった。そこで、ふとスタッフに「こんな旅、興味ある?」と聞いてみた。

 結局、事務所で2人の旅費を補助するかたちで旅に出ることにしたのだ。

個人旅行に不慣れなスタッフに「荷物は自分でずっと持ち歩ける量にすること」「スケッチブックを持って行って、スケッチをすること」だけを約束して、3月のとある日、旅に出た。

最初からミラノ行きの飛行機が2時間ほど遅れ、調べていた空港バス→ミラノからの特急に乗れず、急遽列車でミラノに出て最終のヴェローナ行きに何とか飛び乗る…という冷や汗の展開だったけれど、どうにか宿に辿り着き、翌朝にはカステルヴェッキオ美術館を訪れることができた。

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建築の解説は長くなるので、別の機会に委ねるけれども(もしご興味があれば、拙著『サイドウェイ 建築への旅』もご参照下さい)、同じ建築を何度も訪れることの意味は、その建築を通して感じることができることの「変化」なのだと思う。建築そのものは、ほとんど変わらないのだろうけれど、気づくポイントや空間の感じ方が徐々に変化しているのがわかる。建築を<定点>として自分自身の足跡をみているような感覚といえば良いだろうか。

スタッフと一緒に、と考えたのには大切な理由がある。それは、自分自身が大切に思っている建築・空間に触れてもらうことで、何を大切にして設計しているのかを感じ取ってもらうこと。建築の設計は本当に小さな選択の積み重ねでまとまっていくけれども、その選択にきっとこの経験が生きてくるだろうと思った。

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ヴェローナ中心部の建築をみてから、レンタカーを借りて2日間の強行軍。途中、スカルパが住んだアゾロの街に泊まり、その近くにあるブリオン墓地や、ポッサーニョの石膏陳列館などを巡った。イタリアの交通システムに少々戸惑いながらも、ロータリーに頼った方法が1時間以上「信号待ち」を生まずに走り続けられたことに、驚く。もっとも、これは基本的に運転に慣れている人でないとなかなか難しいやりかただ、とも感じつつ、かなりハイスピードなペースで走るボルボのステアリングを握っていた。

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かなり辺鄙な場所にあるため、訪れたことのなかったスカルパ設計の教会(これについては、いずれじっくりと書きたいところ)から一路、高速を飛ばしてヴェネツィアに。空港でクルマを返却して、バスで水の都に入る。

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 建築をみることも大切だけれども、それぞれの国で、どんな生活をしているのかを考えることも同じように大切なこと。だから、食事のチョイスにもできるだけ手を抜かずに臨んだ。iPhoneのsiriに例えば「近くの美味しいシーフードレストランを教えて」と聞くと、データベースから評価入りで提案してくれるのは実に便利。ヒマそうなおじいさんに、片言のイタリア語でお薦めのお店を聞いていた頃とは時代が違うことを実感する。

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 シチリアに飛んで、自分にとっては念願の「パラッツオ・アバテリス」を訪ねる。実に美しく保たれている空間は、写真で感じていたよりもずっと瑞々しい印象だった。パレルモからはワンデートリップでアグリジェントへも足を延ばした。パレルモにいても様々な文化の交差点であったことがよく分かるけれども、巨大な砂岩の遺跡は、そのころの人々が費やしたパワーを今に伝えてくれる。

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 旅の間、同じものをみて、スケッチもしながら感じ、食事の時間を重ねながら、スタッフ達と、これから先に構想していく建築が楽しみになっている感覚があった。きっと、事務所の「基礎体力」のようなものが上がったのだと思う。

それをまた、つくる建築に還元していけるよう、頑張っていこうと思えたイタリア紀行だった。

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