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「腸(はらわた)のきれいな人」〜『全一冊 小説 上杉鷹山』より

上杉鷹山を知っていますか?
「え、誰?」という方も、次の言葉は耳にしたことがあるのでは?

なせば成る なさねば成らぬ 何事も
成らぬは人の なさぬなりけり

この言葉の主とされているのが、江戸時代中期の大名で米沢藩 第9代藩主 上杉鷹山(うえすぎ ようざん)です。日向国高鍋藩主の家に生まれ、10歳で上杉家へ養子に入り、その後 わずか17歳で家督を継いだ人物です。

破綻寸前だった米沢藩を、財政面とともに人心面で改革したことで名君と言われており、内村鑑三 が『代表的日本人』で海外に紹介した5人中の1人として、J.F.ケネディ大統領も知っていたのだとか。

先日読んだ『全一冊 小説 上杉鷹山』は、そんな鷹山の人物像を中心に描かれた物語でした。

※「鷹山」は藩主を隠居した後の号。隠居前は上杉治憲(はるのり)ですが本記事では鷹山で通します

藩主になった17歳の頃はまだ江戸藩邸におり、その後2年経ってようやく本国の米沢入り。慣習にながされ過去の栄華を捨てきれない守旧派とぶつかり、重い年貢に耐えかねて生きる気力を失っていた民とも向き合いながら、藩政を改革していく数々の場面。読みながら「年齢ではなく、人物の大きさがなせるワザだなぁ…」と感服させられました。

腸(はらわた)のきれいな人

そんな物語のなかでも、特に印象的なシーンがあります。

米沢での改革が軌道に乗り始めた頃、守旧派家老(七家騒動で切腹や蟄居閉門を言い渡された)の息子ら5人が、藩主 治憲への仕返しを企んでいる小野川宿での会話です。

芋川や須田らは父を殺された恨みをもっていましたが、彼らの反対姿勢に疑問を持ち始めていた柏木という人物が、こんな風に語ります。

柏木は、まだ芋川をにらみつけていたが、やがて自分を制して、
「おれは感じたんだ。あの人はまったく腸(はらわた)のきれいな人だと。何の疑いもなく、おれたちを信じ、しかも愛しているのだ、と」
 (略)
「おれは明日からお城の会議に出る。そしてお屋形さまの方針を支持し、従う」

仲間だと思っていた柏木からこう切り出され、なんとか考えをあらためさせようとしますが……。

「おまえもちょろいな。信じられたり、愛されたりするのが、そんなに嬉しいのか」
「嬉しい」
柏木は大きくうなづいた。
「なぜならば、そのふたつが、いままでの米沢にいちばん欠けていたからだ。お屋形さまは、板谷峠に着いてまず米沢を見たとき、この国は灰のようだ、と感じたという。米沢を灰の国にしたのはおれたちだ。領民ではない。民を胡麻油のようにしぼり、そのくせぜいたくをし、仕事といったら、互いの足をひっぱることだけだ。おれは目がさめたんだ。そういうわけで、悪いが抜けるよ」

いかがでしょう?
もちろん、登場人物の台詞は童門冬二さんの創作なのでしょうが、この「腸(はらわた)のきれいな人」という表現は、膝を打つ思いがしました。

本物の誠実な人間

小説の終盤には、こんな記述もあります。

鷹山は、決して人情一辺倒のトップではなかった。かれは、はるかに柔軟な思考と、果断な行動力を持っていた。そしてそれをおこなうのに、徳というシュガーコートをまぶした。しかしその徳は、かれの生来のものであり、メッキではなかった。まやかしものではなかったのである。率先垂範、先憂後楽のかれの日常行動は、多くの人々の心をうった。かれが、贋物でなく、本物の誠実な人間であったからです。

上杉鷹山の行ったことは、愛と徳の藩政改革とも呼ばれます。
これはテクニックやスキルなどというものではなく、その生き様から滲みでてくるものです。

本物の誠実な人間。
日常生活では(自身も含めて)なかなかお目にかかれませんが、古典の登場人物から学べることはまだたくさんありそうです。


※古典を学ぶ読書会人間塾

今回の『全一冊 小説 上杉鷹山』は、読書会人間塾の課題図書でした。
「死ぬまでに読みたい名著を皆で読む」会として、東洋・西洋の古典を中心に毎月1冊ずつ読んでいます。

直近では、11月24日(土)に幕末スペシャル題して、西郷隆盛と勝海舟に関する書物をとりあげます。ご興味あればお越しください。

午前の部(10:00〜12:45、開場 9:45)リバイバル企画『南洲翁遺訓』 
午後の部(13:45〜16:45、開場 13:30)本会『氷川清話』(勝海舟)

※Cover Photo by NISSAN MOTOR CO., LTD.   


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