ねだる技術〜ディレクターにとって「伝える」とは〜

伝え方を間違えると、事故る

大学生の頃、『ロングバケーション』の竹野内豊さんを目指してたときが一瞬あって、美容院へ行きました。「ロンバケの竹野内豊みたいになりたい」と言うのが恥ずかしくて、なんとかそれを隠しながら「えっと、強めにウエーブっていうかパーマっていうか」と伝えたのですが、これが間違っていました。いま思えば、美容師さんは全然ピンと来てなかった。

3時間後、鏡に映ったのはロンバケの竹野内豊ではなく、パーマをあてたウシジマくんでした。

振り返って、この失敗から僕が学んだことは3つ。

客視点だと「目指すものを間違えると幸せになれない」(ちなみに小学生〜高校生までは木村拓哉さんのほうを目指してた)

美容師視点だと「相手の言う通りが正解とは限らない」

そしてトータルで、「伝え方を間違えると、事故る」ということ。髪型ならまだいいけど、仕事でこういう悲劇は避けなければなりません。ということで、個人的に学んだこと、こころがけていることを書いていくことにします。わかりやすさを重視して、ややうさんくさいタイトルになっています。

※この記事は主に社会人映像ディレクター1年目の人たちの研修用にまとめた考えですが、別に秘伝のタレでもなんでもないので公開してみます。2万字くらいありますが、映像ディレクター以外でもちょっと役立つことがあればこれ幸いです。


はじめに

ディレクターは「ねだる」ことしかできない

「映像ディレクターの仕事の8割は、映像センスでも編集センスでもない。言葉である」

この言葉は田中泰延さんの「読みたいことを、書けばいい。」の中に書いてあったことのパクリです。元の言葉が知りたい方は一次情報にあたりましょう。この本を読めばいいと思います。

(なおこの本には、感じたことばかりダラダラ書いたり、既に誰かに言及されてることを今さら書くのは若干ダサい的なことも書いてありますが、そこらへんの耳が痛くなる部分は都合よく流して、"読みたいことを、書けばいい"という言葉にのっかります。というわけで、感じたことが中心だし、既に発見されていることだらけですが、"僕が新人の頃読みたかった"ようなことを書いていくことにします)


では、気をとりなおして。

「撮影部には、カメラがある。録音部には、マイクがある。我々演出部には、言葉しかない

こっちは僕が尊敬する、映画畑の演出部の先輩に言われた言葉です。(僕はふだんは広告映像やブランディングムービー、MVなどを監督してますが、ときどき自分の脚本した物語を監督することがあって、そういうときは映画畑の外部の先輩に助監督についていただくことがあります)。極論ですが、ディレクターは求める映像とその完成に責任を持ちつつ、各部署にそれを「ねだる」ことしか出来ません

撮影するのは撮影部、録音するのは録音部。そして演技をするのは俳優部。ディレクターはそれぞれにほしいものをねだって、出してくれたものにOKやNGを出します。積み重ねたOKの結果には責任を持ちますが、ディレクターは自分でなにかをこねくり出すことはありません。実際に髪を切って竹野内豊にすることはできませんが、竹野内豊を目指す、という方向性に責任は伴います。

各部署に、求めるもの、いいものを出してもらうために。ディレクターには、"ねだる技術"が必要なのです。「もっといい感じにしたい」「なんか違う」「もっとかっこよくしたい」「もっとかわいくしたい」をいかに解像度高く、相手に通じるプロトコルで伝えるか。これが大事だと思っています。

しかし意外にも、ヤングがこういう文脈でコミュニケーション術を体系的に教わることは少ないと思います。先輩の現場について、見て盗む。自分が出した企画を見てもらう。観察と、個別のフィードバックを繰り返して時間をかけて監督になっていく。体系的に身に着けた技術ではないので、個人差が出るし、引き継いでいけません。

これはよくないと思って、僕がいま実感していることについてはまとめておこうと思い、この記事を書くことにしました。ただこれ、僕がいろいろやってみてわかったことをまとめているだけなので、やったことないヤングにとって身になるかは正直わかりません。ただきっといつか役立つはずだぜ!と思って書いていきます。

(こういうことは有無を言わさぬ実績がある人の言葉じゃないと意味がない、価値がない、フォロワーがーとか上から言う人もいますが、無視していきます。実績はこれからじゃ。ここは自由なnoteの国なので、遠慮せず書いていきますよ)


1. ことを伝える


映像を受注してから企画して、演出して、納品して、評価がくだされる一連の流れ。A→B→C→D→…のステップAは、次のステップBのためになされます。すべての段階において、「必要なこと」「やりたいこと」「間違ってること」など、ことを的確に伝える技術が必要となります。

そしてすべてのステップは、全体のゴールのためにおこなわれます。なのでいったん「評価」を最終地点に、そこから逆算して…→D→C→B→Aと書いていくことにします。"ねだる"話にいくまでだいぶありますが、お付き合いください。

【評価】

「他人の評価なんか気にするな!」って言うけれど

なんかつくったら、評価されます。世間に、先輩に、発注者に。人にもよるけど人間は評価に振り回されることになるのは覚悟した方がいいいでしょう。"評価の奴隷"(田中さんの本参照)になるのはそれはそれでやばいですが、評価を気にしなくなると、それはそれで社会性を失っていくので注意が必要です。1回限りのお付き合いばかりで他者に観察されない仕事は、気を抜くと社会性を失っていくと聞きます。「いまのはダメだった」と知るのは痛みを伴いますが、改善して向上していくには必要な痛みです。

よく成功者が「他人の評価なんか気にするな」とざっくり煽ってるのを見かけますが、他人の評価ぬきに成功した人を見たことがありません。これは「嫌味を言ってくる人は無視した方がいい」くらいに捉えておいたほうがいいでしょう。評価(批評)なのか感想なのか嫌味なのかを見極めるのも難しいんですが、とにかく他人の評価そのものは、基本的には大事です。適度に気にしましょう。

世間は嘘なく評価を下しますが、"時流"というこれまた目に見えない波の影響力もあることを忘れない方がいいです。全く同じタピオカ屋でも「1年前に出店してたら行列はできてない」と考えるとわかりやすいかもです。

先輩や同僚は聞けばふつうに評価をくだしてくれますが、本音とは限りません。関係性によってバイアスがかかります。それが優れているのかいないのかを的確に言語化する能力がある人もいれば、好き嫌いを言うだけの人、いろいろいます。感想なのか評価なのか、見極めるのは意外と難しいです。人によって言うことが違うので、「迷ったらこの人に聞く」という羅針盤マンを設定しておくといいかもしれません。

発注者の最終的な評価は基本的には仕事が「また来る」か「二度と来ない」という間接的なものなんで、わかりやすいぶん、怖いです。ぼーっと生きてるとこれは察知できないので、アンテナを貼っておくことをおすすめします。


期待を越えたかどうか

で、評価というのはどのようになされるのかというと。基本的には評価というのは

「結果」-「期待値」

で決まると思います。

自分では超いけてると思っても、相手が期待していたほどでなかったらがっかりされます。

自分ではちょっと自信なくても、相手の期待以上だと褒められることがあります。

新人のうちは期待値が低いかというと、そうではありません。仕事を頼むとき相手にとっては新人かベテランかは関係ないからです。

上げ続けた期待値を、結果で越え続ける人が、評価されつづける人となります。

期待値には、縦軸のクオリティ期待値と、横軸の方向性期待値が組み合わさって生成されます。ほしいレベルか、ほしい方向性か、ということです。

方向性は合ってるけどレベルが低いと、がっかりされます。
レベルは高いのに方向性がトンチンカンでも、がっかりされます。

相手の期待がどのへんにあるのかをまずは正確に捉えることが、最終的な評価につながります。これはまた別の項目で話します。

期待値と評価については、この記事に詳しく書いてあります。


【ねばり】

ねばりで差がつく

評価される直前、完成間際には、ねばりが必要なときがあります。1ミリのねばりで評価がガクンと変わることもあります。プロ曲線とアマ曲線というのがあります。これです。

ただ世の中は105%の仕事だらけなので、105と105.1が明暗を分けます。フィギュアスケートの採点みたいなもんです。全員4回転は飛べるけど、いかに美しいかの微差で勝つために、みんな死にものぐるいで練習するのです。パッと見「ほぼ同じ」に見える中に無限の段階があり、皆その中で勝負しています。

キャリアを積むとそのうち4回転が飛べるようになる日も訪れますが、「これで世界レベルになったぞ」と思うのは大間違いです。そこからが勝負です。4回転飛べる人しかいない大会が待っています。


ねばるには条件がある

「ここだけはどうしてもこうしたい」みたいなねばりは結果や評価を左右しますが、それが許されるようになるには、いくつか条件があります。

①相手との関係性
「あんたがそこまで言うなら」と思ってもらえるような関係性や信頼関係がないと、人は動いてくれません。

②他所での評価
「あんたがそこまで言うなら」と思ってもらえるほど世間や他人から既に評価されている人であれば、ねばる価値に保証がついてるような状態なので、ねばることができます。

③相手のためになっているか
クライアントワークの最終ゴールはクライアントのゴールです。ビジネスゴールを達成するための手段として、表現としてのクリエーティブゴールがあります。自分のねばりたいポイントがクリエーティブ的にしか機能しない場合、ちょっと言いづらいです。そこをねばることでビジネスゴールに寄与できることが立証できる場合、ねばりが許されることがあります。

ねばりが怖いのは、上記3条件のようなことを考えすぎてねばるのを控えて「いいと思いまーす」と言っちゃったとき、「え、もっとねばってよ…なに妥協してんだよ」となるときもあることです。そう思った人は、そう言ってはくれません。単純に、二度と頼まれなくなるだけです。

基本的には、ねばってねばって良いものにしようとしてくれる人のところに、仕事は来るように思います。ディレクターは「それお前がやりたいだけでしょ」と言われない限り、ねばる人の方が向いています。

【修正】

いま何を確認すべきフェーズなのか

修正という言葉はみんなふつうに使いますが、僕は使わないようにしてます。修正とは、間違ったことを正すときに使う言葉だからです。細かいことですが、僕は修正の代わりに「更新」という言葉を使います。ある時点ではそれがベストだと考えて提出したものを、磨いたり手を加えてベストを「更新」するからです。

スケジュール表には修正対応期間、と書いてありますし、修正のお願い、と連絡が来ることも多いですが、間違ってるからなおせってことばかりではないです(そういうときもありますが)。基本的にはよりよくするためにアップデートしよう、というものだと思っといたほうが心は安全です。

これは自分が言われるときもそうですが、各部署からあがってきたものを判断するときにも言えます。「修正したい」って言われるとムッとするでしょ?「修正したい」って言わない方がいいと思います。

ただ、みんなが使ってる「修正」、というのは絶対必要になってきます。よりよくするために「もっとこうしたい」ということが出てきますし、お願いした通りになっていない(かつ、イマイチ)ことは文字通り修正に近いことをお願いしなければなりません。

修正(更新)のお願いにも、やり方があります。ゲームをつくっているかえるDさんのnoteを読むとわかりやすいです。


かえるDさんの珠玉の記事郡から知恵をいただいて、僕の理解で置き換えると。修正(更新)のコツは、タタキレベルのときは方向性を握る/磨き上げるときに初めて重箱の隅をつつく、ということです。

映像演出で考えてみましょう。
対俳優部の場合。たとえばあるセリフを言うシーンで、俳優さんが全然違う演技をしたとします。極端に言うと、怒るシーンなのに泣く、とか。テストで泣く演技(思ってたのと違う)がきたときに、細かいことを指摘して怒る演技に変えてもらうとしてもダメです。まずは「泣く」のか「怒る」のかという方向性を理解してもらわないと先に進みません。

まずは向こうが「怒る」という方向性でやれる状態になってから、怒り方の細分化をしていきます。

俳優さんが「怒る」という方向性に切り替えて、まずかたちにしようとしているときに、細かいこと言うのはウザいです。方向性を探ってる段階の人にいちいち「いやもうちょっと眉間にシワを」「声のボリュームはもうちょっと小さく」とか言うのはよくないです。

そもそも「もっと眉間にシワを」みたいな具体的なお願いもクセモノで、「眉間にシワよせてたつもりなんですけど」「そもそもなんで眉間にシワ?」と言われる場合があります。「いやとにかくもっと眉間にシワよってたほうがいいじゃないですかぁ」と言っても聞いてもらえません。

本当に絶対に眉間にシワがほしいんであれば、順番はこうです。

①現状の客観的確認
「いまのは眉間にシワが寄っているように見えない」

②客観的なゴールを設定した明確なオーダー
「このシーンではもっと眉間にシワが寄っているように見えたい」

③そもそもの目的の共有
「なぜならここでは主人公が相手に怒りを伝えるシーンだから」

僕の経験上ではこう伝えると、うまくいくことが多いです。

人によっては③そもそもの目的の共有をするだけで、眉間のシワに限らずいろんな表現を提案してくれることもあります。このへんは【発注】の話で詳しくします。

撮影、音楽、CGなど技術部へ修正(更新)をお願いするときも同じです。向こうが"方向性の確認"で提示したものに対して、減点評価で「ここのドットなんですけどもうちょっと大きくなりませんか」とか言い出すと、うまくいきません。いま確認すべきは全体的な方向性なのか、ディティールなのか、意識した方がいいでしょう。ディティールの積み重ねや細かいねばりが全体のクオリティをつくるのは間違いないのですが、そのこだわりやねばりは方向性が合ってなければ水の泡です。

しかし、各部署があげてきてくれたものを確認するときは仕事上、「確認お願いします」くらいにしか言われないこともあります。

経験を積んだ先輩は「いま何を確認すべきフェーズか」を当然わかっているので、そのとき必要なフィードバックを的確に返すことができます。
しかしヤングはよくわからないときもあるでしょう。

そういうときは正直に「えっと、念の為なにをポイントに、どういう軸で確認するフェーズなのか明確に教えてもらえませんか」ってのを聞いてみるのもいいかもしれません。わかんないのにうやむやにフィードバックして相手を混乱させるよりはマシです。

先輩ディレクターの助手についているときはなお聞きやすいです。先輩の応対を見て「ちなみにいま何をポイントにフィードバックしたんですか」と聞いてみましょう。そういうことは意外と言語化されてなくて共有されづらく、阿吽の呼吸や経験値みたいな曖昧な了承のなかで自然処理されていることが多いので、あらためて言語化してもらわないと体系的には身につかないです。

そういう曖昧なことを器用に察知してちゃっかり習得できる人が「優秀」とされることが多いように思いますが、体系的に教える手間が省けているから教える側が楽っていうだけです。技術なんだから体系的に継承すべきなんです。


【展開】

「いま何を確認してもらうべきフェーズなのか」

自分がチェックするときは「いま何を確認すべきフェーズなのか」を見誤らないようにするのが大切ですが、自分がチェックされる側のときも同じです。「いま何を確認すべきフェーズなのか」を相手が明確に認識できるようにこころがけましょう。

具体的にはたとえば仮編集した映像データを展開するときに「できました!確認お願いします!」と書くだけでは相手も「いま何を確認すべきフェーズなのか」をけっこう簡単に間違えます。

大きく方向性を確認してほしかったのに「ここのドットもうちょっと大きくしたい」「もっと眉間にシワを」とか言われます。自分的にはまだタタキなんだけどな…と思ってても、それを相手がわかってないと意味がないです。

展開するときのコツは、2つ。ステータスを明示することと、これからやることを共有すること、です。

①ステータスを明示する
いま全体で何%くらいの出来なのか、を提示できるとわかりやすいです。%表現ができなくても、「映像の流れをつくったので、まずは流れを確認してください」なのか、「これで完成です」なのかで、相手も確認の解像度が変わります。

②これからやることを共有する
「流れをつくったので、まずは流れを確認してください」といったステータスを提示するときに、加えてこれからやることを先手打って共有しておくとスムーズです。「テロップはいまのっけてるだけなので、動きやエフェクトはこれからです。こんなのを考えてます」とか、「ナレーションはタイミングで入れてるだけです。音量は最終的に調整します」とか。そういうことを先に言っておいてあげると、流れを確認してほしいのに「テロップの動きなんですけど」「ドットが」「眉間」みたいなことを言われてげんなりすることを防ぐことができます。

「今はまず足の踏み場をつくった段階です。これから散らかってるおもちゃを仕舞い、ゴミを捨て、本棚を整理します」と言えれば、お母さんに「部屋片付けなさい」と言われなくてすむような感じでしょうか。違うか。

【提案】

表現と機能を分ける

企画やアイデアを提案するときにも、伝え方があります。表現そのものと、機能を分けることです。やりたい表現をならべて「よくないすか?」と言っても誰も聞いてくれません。パターン提案するときは表現コレクションになるのではなく、その表現がどう機能するかを軸にプレゼンテーションしないと、評価軸が定まりません。

「この映像の目的は●●ですが、それを達成するためにABCDEとやりかたがあると思いました。Aのためにはこの表現、Bをやるならこの表現、Cに特化するなら…」といった具合に、その表現が何を達成することができて、それは大目的に対してどう機能するのかを提示できれば、相手も表現の好き嫌いとは別に明確なジャッジができるというものです。

逆に、機能を説明できずに表現だけ並べても表現の好き嫌いでハネられてしまうかもしれません…なんてことはほとんどないはずなのですが、問題はそこではありません。機能ベースでハネられたときに、「表現でハネられた」とこっちが勘違いしてしまうことが問題です。

表現を探るディスカッションでない限り、表現の好き嫌いで選ばれることはないです。逆に、機能しないのに表現がいいだけで選ばれることも基本的にはないと思っといた方がいいでしょう。どっかで見つけたステキな表現をキュレーションすることは、企画ではありません。思い返せばよく僕も「こういう表現の企画です」っていうダサいプレゼンをしてました。

的確に丁寧にフィードバックをくれる人ばかりならいいのですが、みんなで企画出し合うときで時間がないときなんかは、選ばれた企画だけメールで知るみたいなことも少なくないです。そういうときには仲介に入ってる先輩に聞きにいってもいいと思います。選ばれた企画は何がよくて選ばれて、自分の提案で選ばれなかったものは何がマッチしなかったのか、これは聞かないとなかなかみんな明確に教えてくれなかったりするし、聞けないと次回に活かせないので、こっちからアプローチした方が早いです。聞きにいくときも、偉い人や発注者に直接突っ込むよりも、自分にバトンをパスしてくれた一番近い人からたどっていく、とかそういう処世術[基礎]は必要ですが。

【発注】

"自分の限界"が"作品の限界"であってはならない

提案するときは機能を軸にプレゼンテーションせよ、表現ベースでは混乱する、と言いましたが、これは各部署になにかを発注するときにも言えます。

学生時代と違うのは、相手は全員プロだということです。ディレクターは"ねだる"ことしかできない、とはこのことです。

自分より撮影がうまい人に撮影をしてもらい、自分より音楽をつくるのがうまい人に音楽をつくってもらい、自分より演技ができる人に演技をしてもらう。知恵や力を借りるつもりでねだりましょう。

そのときに気をつけなければいけないのが、「自分の理想がこの世の最高とは限らない」ということです。全人類の想像を越えるイメージがあって、「自分の言う通りにすればすごいものができる」と言っていいのは黒澤、キューブリック、キャメロン、フィンチャー、庵野さんの5人だけです(個人の見解です)。

言い方を変えましょう。「”自分の限界”が”作品の限界”であってはならない」。これはどこで聞いたか忘れましたが、僕がずっとこころがけていることです。自分の思い通りになるのは嬉しいですが、それはこの世界全体でみたら、たった自分程度のものです。

プロたちを相手にねだる以上、自分の想像なんかを越えたものに仕上げるのが仕事です。自分の想像の限界なんかよりずっとすごいものができた!と毎度思えない限り、その時点での自分の限界が作品の限界値になってしまいます。これはもったいないし、世界には自分よりすごい人がいくらでもいるのだから、勝負になりません。

ここで、表現か機能か、というのが大事になってきます。表現で指定すると、自分程度が思いつくものがゴールになってしまいます。ほんとうはもっと素晴らしい表現ができたかもしれないのに、自分がいいと思うところで止まってしまう。これは悲劇です。仕事としても自分程度のものにしかなりません。

機能で発注できれば、自分よりはるかにすごい人のパワーをぞんぶんに取り入れることができます。たとえば先輩のエピソードを借りると…詳しい話は覚えてないんでアレですが。

あるCMで、あるキャラクターがかわいくでんぐり返しして大人に変身したときの音を、効果さんに発注したとき。その効果さんは「日本酒の一升瓶のフタを開ける音」を持ってきたそうです。

「でんぐり返ししたときの、体が地面にあたる音をください」と言うのが、表現ベースでの具体的すぎる発注です。

「でんぐり返しして大人になったのをわかりやすく、かわいく感じられるような音をください」と言うのが、機能ベースでの発注です。

体が地面にあたる音、ってのは正解ですが、別に普通です。わかりやすく、かわいく感じられるように、という機能をベースに発注したことで、「日本酒の一升瓶のフタを開ける音」という、自分では思いつかないけど、超ハマる結果がもたらされたことになります。

これが「自分の限界が作品の限界であってはならない」ということです。

まぁプロたちは基本、「体が地面にあたる音をください」と言っても、「日本酒のフタの音の方がかわいく感じられてよくない?」つって、意外なものを持ってきてくれる人も多いです。

ただこれがCGとか、「1パターン用意するのがめっちゃ大変なもの」になると少し話は変わってきます。機能ベースだけで発注しても、あがってきたものを磨いていく手間がケタ違いだからです。


リファレンスの罠

こういうときに必要とされるのは「リファレンス」です。言葉だけでは握り合うことができないトーンやニュアンスを、参考になる他の具体的な事例(ビジュアルや動画)で、「こんな感じ」と了承しあっておけば、ズレが少なくなります。リファレンスは、領域が違う人達とイメージを共有するのにも役立ちます。

ディレクターとCG職人の中で「その感じね」とわかりあってても、映像マニア以外にはぴんとこないからみんな不安になる、っていうのはよくあります。特に発注者は別に映像マニアじゃないことが多いので、既にある他の完成品をベースに「こんな感じを目指します」と確認しておくと、「思ってたのと全然違うー!」っていうのが防げます。人は思ってたのと違うものが来たとき、そのものの良し悪しを正しく判断できなくなることが多いです。

「思ってたのとは違うけど、思ってたのより全然いい」という判断は、人間にとって難しいことです。「思ってたのと違う=よくない、なおさなきゃ」と瞬間的には思うものです。こういう事故を防ぐためにもリファレンスは有効です。

しかしこのリファレンスも諸刃の剣で、最終的に結局すでにあるような「なにかに似てるもの」になりがちです。リファレンスを細かく提示しすぎると/リファレンス通りにやってもらいすぎると…なんかすごいものの劣化コピーの劣化コピーの劣化コピーみたいな感じで、なんの新鮮味も革新性もないものができあがる可能性はあります。なんの新鮮味も革新性もないものをつくること自体がクリエーティブ的にいけない、イケてないのではなくて、なんの新鮮味も革新性もないものになればなるほど、人の心を掴み動かす力がなくなっていくのでビジネス的にもよくないです。

まとめると、

①ビジネスゴールを達成するための手段として
②機能する表現を
②自分が想像するよりも高いレベルで各部署にやってもらう

ために、

④方向性を握ったうえで
⑤その表現に求める機能を明確化しつつ
⑥表現に大きなズレがないように適切なリファレンスを用いて

発注する

ことが、ディレクターの大事な"ねだる技術"といえます。

実は「ふんわり発注して、あがってきたものにコメントする」ほうが、簡単です。目の前の具体物に反応することは、人間ならふつうにできます。なので、技術ではありません。まだこの世に存在しないものをイメージして、言葉で表現して発注すること、そしてそれをディスカッションしながら磨き上げていくこと、は、なにげに高度な技術だと思います。

技術である以上、センスという言葉で片付けずに体系的に継承していくことが、本来は可能なはずです。求めるイメージがイケてるかどうか、そのへんはセンスなんでしょうけど、求めるイメージを的確に"ねだる"方法については、技術なので身につけることができるはずです。



「やりなおしがきかない度」と「やってみないとわからない度」

ちなみに、ねばる、ことにも通じるのですが、事前にイメージを明確にして最低限の手数で最高に磨き上げる、という姿勢は、基本的には撮るほど金がかかるフィルムで撮影していたころのように「やりなおしきかない度」が高い時代の考え方に基づいていると思います。

映像の撮影はフィルムじゃなくなったとはいえいまだに「やりなおしきかない度」が高いので、基本的には「やってみてダメだった」は避ける傾向にあります。そして多くの人に長く知見が蓄積されているので「やってみないとわからない度」が低いともいえます。事前に予測できる要素が大きいのだから、予測して準備できることはしておくべき、ということです。

しかしデジタルコンテンツやエクスペリエンスデザインなど、逆に「やってみないとわからない度」が高い場合、つべこべ言う前につくってみて、できたものにあーだこーだ言い合いながら磨き上げる方がよかったりもします。これは実感ですが。

かといって「やりなおしがきかない度」が低いかっていうと、そういうことではないです。アンドゥのコストが限りなく低くなって、「永遠にやりなおせてしまう地獄」であるデジタルコンテンツこそ、実は的確な事前発注で無駄な手数を減らすことが大事な気もします。

【プロトコル】

相手がやりやすいように伝えよう

発注するときに意外と気をつけた方がいいのが、コミュニケーションのプロトコルです。前項でさんざん、機能で発注せよ、リファレンスはほどほどに、と言いましたが、とにもかくにも「人による」のが現実です。

表現で指定してもらった方がやりやすい、という人もいるし、リファレンスなんか見ない、という人もいます。特に音楽はリファレンスとして既存曲をベースに話さないとなかなか発注が難しいのにもかかわらす、リファレンスの印象につくる人も聞く人も引っ張られる恐れがあるので注意が必要です。

プロトコルについては、細かくはこの記事に書いてます。

要は、「相手がやりやすいように伝える」ということです。相手がやりやすい、ということは、相手が最大パフォーマンスを出せる、ということです。

会って話したい人もいれば、打ち合わせよりテキストで明確に共有したい、という人もいます。発注する側がひとつのプロトコル─例えば自分の場所に呼んで雑談して打ち合わせしてリファレンス見せて─しか持たないと、ときに相手にとっては無駄な手数と労力をとらせることになります。

①受注するときは、なるべく自分がやりやすいように
会って話したいなら会って話したいと要望するべきだし、テキストでまとめてほしいならそう言っていいと思います。

②発注するときは、なるべく相手がやりやすいように
会って話すのが面倒でも、相手が会って話し合いたいなら会いに行くべきだし、電話で話したい人相手なら電話は出てあげるべきです。

こういうのはファーストコンタクトではわかりづらいので時間がかかりますが、意識するのとしないのでは違います。基本的には「発注者が出向く」のがマナーだと僕は思います。自分の場所に来てくれることがほとんどだったとしても、果たしてそれが相手の手間になっていないか?というのはちょっと考えといた方がいいと思います。そんなときは「全然、そっち行きますよ」「テキストでまとめましょうか」「何時以降ならいつでも電話してもらっていいですよ」といった具合に、相手のプロトコルに合わせられますよ、ということを伝えてあげるといいでしょう。

発注する際のプロトコルをたくさん持っておくと、それだけ発注の制度は上がりますし、発注できる相手も増えます。ディレクターは自分でものをつくらない以上、それは自分の強力な武器になります。

受注する際のプロトコルについても、あらゆるやり方に対応できるようになれば強いは強いですが、仕事の目的は「最大パフォーマンスを出して、結果を最大化する」ことです。苦手なプロトコルで認識のズレが起きるくらいなら、自分がやりやすい受信プロトコルに誘導する方がましではないでしょうか。

どっちかを磨くなら、どんな発注プロトコルでも発注できるようにしておくのが、"ねだる技術"としては有効と思われます。

【受注】

ご注文を繰り返させていただきましょう

受注にも"ねだる技術"は使えます。発注されたときに自分がピンとこなければ、「自分にピンとくる発注」をねだることが必要です。

とはいえヤングがいきなり「テキストでまとめてもらえますか?」と言うのは気がひけるでしょうから、少し違うやり方を紹介します。

「こういうことですか作戦」です。

ヤングが受注(発注を受ける)ときに陥りがちなのは、すんなり「わかりましたー」と言ってしまうことです。ヤングのうちは、自分がなにがわかってないのかは、わかんないもんです。同じように、相手もこっちがなにをわかってないのかは、わかってないことが多いです。加えて、なにをわかってればいいのかもよくわかんないまま「わかりましたー」と言ってしまうのは、危険です。わかりましたと言っておいて、後日提案したものが全然わかってないものだったとき、がっかりされますし、仕事の手数として無駄です。

これを防ぐための簡単な作戦が「こういうことですか作戦」です。電話番号の復唱と同じことを、受発注のときにもやるのです。

発注内容とは、つまるところ情報です。勘違いが生まれるのは情報が複雑で、相手と自分の中に情報として誤差が生まれることが原因です。

情報の中で最もシンプルでズレがないのは、数字です。

居酒屋を電話で予約したことはあるでしょうか。ネット予約しかしたことなければすんません。居酒屋でなくても、予約するとこっちの電話番号を聞かれますよね。言います。相手はたいてい復唱しますよね。復唱することで、間違っていたときに気づくことができます。

自分「1994」
店員「8995…」
自分「いや、イチキュウキュウヨンです、イチです、キュウキュウ、イチニサンよヨンのヨンです」
店員「1994」
自分「そうです」

発注を受けるときには、この復唱に近いことをすると事故を防ぐことができます。レストランの「ご注文を繰り返します」というのにも近いかもしれません。自分が理解したことを、自分のことばで言ってみるのです。「つまりこういうことですか?」と相手に返すことで、それが合っていれば「そう」間違っていれば「うーん、そういうことじゃなくて」という具合に、誤差を修正することができます。

自分がなにをわかってなにをわかってないのか、なにをわかればわかるのか、相手に確認してもらうことができます。注文を繰り返さなかったせいで、違う料理を持っていってきょとんとされることを防ぐことができます。

僕が一緒に仕事をしてきた俳優さんたちの中にはこれが早い人が多くて、非常に助かりました。「眉間にシワを寄せてください」「わかりました」で、よーいスタート、全然眉間シワの感じがイメージと違う、これでは手間がかかります。

「眉間にシワを…」と言った時点でその場で眉間にシワを寄せてみてくれる人は、話が早いです。「もうちょっと」「その感じ!」で、ゴールは確定します。よーいスタート、はいオッケー。

経験を積んでくるとこんな感じで、発注内容の確認だけではなくてその場で表現についても「たとえばこんな感じですかね」と返球して確認していくことができるようになります。発注を受ける打ち合わせが終わる頃には70点くらいの正解が見えています。そうできると、そのあとじっくり時間をかけて点数を上げることができます。こういうことですね。

繰り返しますが、相手がなにを求めているのかを正しく把握したうえで、その想像の上をいく、というのが最終的な【評価】につながります。

なにごとも初手は重要です。

だからキャリアの初手であるヤングの時期に、こういうことを知識として入れておくのは大事だと思ってこの文章を書いています。知らないまま10年たって「なんかうまくいかないなぁ」と思うよりは、ずっとましです。


【コンテクスト】

モヤっとしたら例えよう

相手になにかを伝えるときは、コンテクストを扱う必要があります。コンテクストっていうよりは「共通言語」といったほうがいいですかね。

自分が言葉を尽くしてもいまいち伝わらないとき、違うもっとわかりやすいことに例えると、すんなり伝わったりします。よく使われるのは、野球とか料理とかです。ただこれは相手が野球まったく知らない人とかだと意味がないです。

たとえ話が有効なのは、違う具体を通して本質が伝わるからです。本質さえ伝わってそこがブレなければ、表現としての具体物も遠慮なく幅をさぐれるというものです。本質が理解されないままだと、言葉尻や単語のニュアンスを誤解されたまま、その後の具体的な表現物にどんどんズレが生まれてきます。

僕はこのへんでほんとに苦労しました。わりと勝手に「あーそういうことっすねー」と理解した気になっちゃって、「自分ならこれがいいと思うなー」と進めて、全然相手が求めてること見誤ってた、みたいな失敗をたくさんしてきました。今でもときどき滑ります。まぁだからこうやって体系的に身に着けようとして研究したんですけど。

そのへん最初から上手い人は自分がなぜそれが上手いのか説明できなかったりしますからね。「ボールがビューンと来たら芯を思い切りバーンと打てばホームランですよ」って言われたところでホームランなんか簡単に打てねーわっつー話です(これが、例え話の使い方です)。

なにがわかってないかがわかんないことは多い、ということはこの記事に詳しいです。



2.ひとを伝える

映像制作の各ステップで、いかにことを伝えるかについて書いてきました。しかしその前段階として、自分というキャラクターそのものが「伝わってしまう」ことにも注意しなければなりません。行動が人を規定するとは言いますが、日本は多分にキャラクタードリブンワールドです。キャラクターとして根付いた先入観は手強いです。誤解されないためにも、自分がどのようなキャラクターとして認知されるのかについて少しヒントになればと思うことについて、書いていきます。

【ドリーミング・アラウド】

好きなことは言い続けると寄ってくる

夢は大声で言っとけ、という話です。これは尊敬するジェームズ・キャメロンの本から拝借して僕がずっと大切にしていることです。好きなものや指向、やりたいことは言い続けた方がいい、ということです。

これはよくお土産に例えます。

あなたは萩の月がめちゃくちゃ好きだとしましょう。

しかしそれを誰にも言わず、こっそり萩の月を愛好しているだけなら、仙台出張のお土産は牛タンチップスかキーホルダーをもらうことになります。そもそもお土産もらえないかも。

しかしあなたがふだんから「おれは萩の月が好きでたまらない。萩の月が最強のお菓子だ」と言い続けていれば、仙台出張に行った人はかなりの確率であなたに萩の月を買ってきてくれるはずです。

これは意外とあなどれません。

僕はB'zが好きだと言い続けたらB'z関係の仕事が来ました。ドラゴンボールが好きだと言い続けたら、ドラゴンボール関連の仕事をすることができました。映画が撮りたいと言い続けたら、映画を撮れました。

好きなことを言ってるだけなんですが、言ってるからこそ、近辺に舞い込んだその好きなことが、近くの人を経由して強烈に自分に吸い寄せられるのです。

これは言うだけじゃなくてもできます。ふだんからたまにB’zのTシャツを着てたり、ドラゴンボールのTシャツを着てたり、Twitterで映画の話ばっかりしたり。この人といえば●●、●●といえばこの人、というのは人間、意外と単純に紐付けられて記憶されるものです。この雑さを逆に利用するのです。

やりたいことや好きなことがあったら、恥ずかしがらずにどんどん言っていきましょう。時間はかかるかもしれませんが、その積み重ねは侮れない磁力となって好きなものとあなたを近づけます。


【意外な才能】

得意なことは自分じゃわからない

好きなもの、やりたいことは譲れないとして、それとは別に得意、不得意は誰にでもあります。しかし自分でわかってるかというと、人はそうではありません。自分が不得意だと思っていたことでも、やってみると意外と人よりうまかったりします。得意だと思っていたことも、別に自分が突出してるわけではないことに気づくこともあります。

僕は男子校で6年間過ごしたので、笑いに関しては全く自信がありませんでした。男子校ではカッコいいやつよりおもしろいやつが正義なので、信じられないギャグセンのやつらがひしめき合っていました。そんな中別におもしろいやつではなく、ただ映画つくってる熱いやつだった僕は、自分にはコメディは無理だろうなと思っていました。

しかし社会人になってからのある日、「こんなの法政二高では通用しないだろうけど…おもしろいと思うし…」というコメディ企画を出したところ、意外とウケたのです。あれ、コメディいけるのか俺。ということでなんかそこから先はコメディものも躊躇なくやれるようになりました。法政二高のやつらが見たらなんて言うかわかんないですけど。

この話は意外な得意分野、とはちょっと違くて、アベレージが高い環境にいると無自覚に大成長する、という話も入っているのですが、とにかくヤングのうちはなんでもかんでもやってみた方が意外な得意分野に気づけるかもよ、ということです。

好きな食べ物、ってのは誰にでもあると思います。なんとなくわかってくるのが例えば5歳だとしましょう。おっぱいを無視して乱暴に大人換算すると、生まれて1日3食×365日×5年=5,745回検証して導き出されたのがあなたの「好きな食べ物」というわけです。5,745本も映像つくりましたか?つくってないと思います。5,745種類の食事をしたわけではないかもしれないですが、とにかくある程度試行回数を重ねる前に、自分が得意なことやフィットするものを確定するのは早いということです。

「得意なこと」は自覚よりも発見する/されるものです。

端的に言うと「他の人は超苦労してるのに自分はなんかそこまで苦労なくできちゃうこと」が、客観的な「得意なこと」と言えます。これは「やりたいこと」とは必ずしも一致しません。

僕はこの世で一番得意なことは結婚式のオープニングビデオなんですが、別にすすんでやりたいことではありません。できちゃうからやってるだけです。僕がやりたいことは「映画をつくること」です。結婚式のオープニングビデオは、分解すると「とくに映像を観に来たわけじゃない人たちをたちまち熱狂させる盛り上げ技術」みたいなことになります。これを「やりたいこと」である映画づくりに活かします。「映画を観た人を瞬時にひきつける導入」これは映画に限らずなんとなく映像制作上の僕の得意分野のような気がします。

いろいろやって見えてきた「得意なこと」「やりたいこと」のゾーンに対して、「必要とされること」が重なったところが、あなたがブーストするべき主戦場です。あ、なんかブランドの考え方と似てますね。



「必要とされること」は"時流"にも左右されるので、運もあります。ただ、とにかく「得意なこと」「好きなこと」を突き詰めつつ認識しておくと、時流に流れて「必要とされること」が重なったとき、爆裂することができるようです。僕は12年くらい重ならなかったですが、ついに必要としてくれる人たちが現れ、必要とされて映画をつくることができました。

「得意なこと」をいかしてやったやりたいこと「映画をつくること」が、ちゃんと観客にも「必要とされること」と証明できないと次はないので、秋公開のこの映画は是非劇場でご覧いただければと思います。


【言いやすいやつ/言いづらいやつ】

言いづらい人になると、ヤバい

これは意外と大事です。いままでつらつら伝えるだの"ねだる"だの、コミュニケーションについて書いてきましたが、すべてをぶち壊すキャラクターがあります。「なんか言いづらい人」です。分類すると、「言っても聞いてくれなそうな人」「言うとうるさそうな人」「言うとめんどくさい人」いろいろいますが、「言いづらいやつ」と思われたらヤバいです。裸の王様は究極に「言いづらいやつ」だったせいで、大衆の前で大恥をかきました。大衆はいつも正直です。

僕は「言いやすいやつ」であろうと心がけています。ぶーたれることも多いですがとりあえず誰の話でも聞くし、どんな現場のどんな人もいつでもアイデアを出していい、むしろプリーズ、と名言しています。

ディレクターは決定する仕事です(決定権の範囲は複雑ですが)。選択肢が提供されるぶんには損はしません。

自分が「言いづらいやつ」であるせいで、自分のもとに届く選択肢が減ることは、ディレクターとしては損です。それがつまんないアイデアであっても、既に思いついてボツにしてるアイデアであっても、です。

ディレクターが"ねだる"ことしかできない以上、それは他人の脳みそを使い、知恵と能力を借りるということ
です。こっちの入り口がせまければ、他人の力を取り入れることができなくなってしまいます。

ヤングのうちはいろんな人がいろんなことを言ってきて意味わかんないと思いますが、やがて誰も何も言ってくれなくなっていきます。誰にもなにも言われなくなった人がたどる道は2つにひとつです。孤独に道を極め続けて孤高の人になるか、腐っていき使い物にならなくなるかです。前者はつらいですよきっと。なにしろ誰もなにも言ってくれないのですから、自分の立ち位置を把握することができなくなります。

恐ろしいのは、「言いやすい度」は単に年齢を重ねるだけでも目減りしていくことです。キャリアを積めば積むほどに減っていくのです。一緒に仕事をする仲間に後輩が増えるからです。そうなったときに「この人言いづらいから言うのやめとこ」と思われると、損です。そして言いづらい人は言われないので、自分がそうなってても気づけないのです。時既に遅し。

とにかく、こういう僕の記事や話も含めて、聞くだけ聞いてあとで取捨選択すりゃいい話なのです。

「こいつは言っても聞かない」とだけは思われない方がいいですまじで。「自分の限界が作品の限界」になり、自分をアップデートすることができないまま、やがて「必要とされない人」になってしまいます。


まとめ

ディレクターは、美容室で客と美容師のあいだに立つ人のようなものです。お客さんがもじもじと「強めのウェーブっていうかパーマっていうか」と言うの聞いて、「竹野内豊になりたいんですね」と見抜き、「竹野内豊になっるのは無理です」とは言わず、プロの美容師さんに「長めオールバック気味、しっとりスタイリングだけど、顔のかたち考えて前髪は少し残しましょう」と伝える。そして結果、求めて期待してた以上にかっこいい髪型に仕上げてもらう。この技術は翻訳にも近いです。

えっと、例え話が裏目に出てわかりづらくなってますね。


伝え方はすごく大事だよってことです。"ねだる技術"を駆使すれば、少なくとも鏡のウシジマくんにびっくりするような悲劇は防ぐことができます。


GOOD LUCK!!(けっきょく、木村拓哉)


付録

映像ディレクターとして、買っとくとそのうち役立つかもしれない本リストを具体的に少しだけ。いま読んでもピンとこないかもですが、ゆくゆく迷ったら参照すべし。知識は実戦でもまれてから勉強しなおす方が、身についたりします。

↑基礎中の基礎を学ぶ

↑構図づくりの緻密さを学ぶ

↑あらためて基礎を学ぶ

↑ものごとの考え方を学ぶ

↑世の中とのつなげ方を学ぶ。つか、高っ。定価は1まんえんくらいでした。

↑編集の意味を学ぶ

↑付き合い方を学ぶ


ここから先は…黒いおまけ「要注意人物の特徴」です。

ちょっと毒が入ってるんで大公開するのはやめときます。
有料エリアに隠しますけど、別に値段分の価値はないです。


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ねだる技術〜ディレクターにとって「伝える」とは〜

洞内 広樹 (映像ディレクター/映画監督)

500円

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企画・脚本・監督した短編映画『東京彗星』U-NEXTにて全編配信中です。是非ご覧ください!!! https://video.unext.jp/title/SID0037097

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洞内 広樹 (映像ディレクター/映画監督)

ホラナイ ヒロキ / 映像を中心に、なにか作品をつくることについて書きます。/ B'zとジェームズキャメロンで育った熱血直球フィルムメイカー / CINEMA FIGHTERS project『Ghosting』今秋公開 / 映画『東京彗星』(U-NEXTで配信中)企画脚本監督

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