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反効率的学習のための法律学入門「時系列表と関係図」事案をつかむ① #11

1 はじめに

法律を学ぶと必ず出てくるのが、事案事例です。今回は、事案・事例をどのように把握し理解していけばよいのかを、「時系列表」「関係図」という面から、簡単に述べてみたいと思います(時系列表と関係図は、単なる方法論というだけではなく、その背景をなす原理を考えてみると、極めて奥深いものがあるのではないかというのが私見で、そのため何回かに分けて書いていく予定です)。

法律の教科書や基本書では、仮想の簡易な事例が示されて、それをもとに解説されていたりします。実際の事件である判例・裁判例の事案をもとにして、それを簡略化した事例が示される場合もあります。もちろん、判例・裁判例の事案と判旨を詳細に示して、論じられているものもあります。学習用の判例集には、現実に生じた事案が示されて、これに対する裁判所の判断が記載されています。

法律学の学習は、単に法規範(法ルールや法原理)を知識として覚えることを意味せず、ある具体的な事案と相対あいたいし、これを法規範に従って整理し、他者と議論したうえで(あるいは、自身で議論を構築したうえで)、一定の結論を導くことができる能力を養うことが、一つの大きな目的となります。そのためには、事案・事例に取り組むことが不可欠となります。

登場する事例が、当事者はXとYだけで、その法律関係も単純なものであれば悩みも少ないかもしれませんが、試験などでは通常、登場人物も多く、その関係性も複雑なものが問われるわけですし、実際の判例・裁判例ともなれば、種々の主体といくつもの要素が絡み合った複雑な事案であることがむしろ普通です。こうした複雑な様相をもつ事件を、まずはしっかりと把握し理解することが必要です。しかし、これが難しい。誰にとっても難しいものだと思います。

そのために、一般に法律家は、時系列表と関係図を作成します。私も民事訴訟の際によく作成します。司法試験合格後の司法修習生に対しても、事案の全体像を把握するなどのために、時系列表と関係図を作成することが推奨されています(司法研修所編『改訂 事例で考える民事事実認定』42-44頁(法曹会,2023))。

*もちろん、時系列表や関係図を作成することは、なにも法律家だけの特別な手法ではなく、まったく一般的な方法の一つではありますが、特異な点がないというわけではありません。



2 時系列表と関係図の具体例

では早速、具体例をみてみましょう(以前にアップした下記の判例分析から)。


まずは関係図です。

関係図 最高裁昭和37年8月10日判決

noteアップ用のためCanvaで作成してカラフルにしていますが、もちろん、下のような簡易なものでよいかと思います。


関係図 最高裁昭和37年8月10日判決


つぎに時系列表です。

時系列表 最高裁昭和37年8月10日判決



関係図を作成すると、登場する主体、その主体と財産等の客体、これら相互間の関係性を位置付けることができるので、事実が二次元的広がりを持ち、認識しやすくなります。

また、時系列表を作成することで、各当事者の複数の動きが、表の上下という二次元的位置関係に転換されるので、事件の因果的流れをつかみやすくなります。

*文字情報は文字の線状性から、いわば一次元的といえますが、「これを二次元的にするから分かりやすくなるので、そうであれば三次元的にすればもっと分かりやすくなる」かと言えば、そうはならないところが面白いですね。

時系列表と関係図は、事案・事例を把握し理解を深めるために、やはり有効な方法だと思います。



3 若干のコメント

(1)人によって違うのはなぜか


さて、こうした特徴をもつ時系列表と関係図ですが、実際にやってみると明らかですが、人によってそのアウトプットが異なります。なぜ人によって異なるのか、という点は、当たり前だと言って過ごすこともできますし、そこに興味深い背景があるのではないと探究することもできるかと思います。

例えば、法律を学んだことがない人と、学んだことがある人では、何に着目するかが異なるので、どのように記載するかが異なることになります。この差は何に由来するのか。法的知識・技術の差は、現実社会に起こった事柄という同一対象に対し、どのような認識上の差異を生み出すのか、という点は興味深いポイントです。他方、同じく法的素養のある者の間でも、記載内容は異なるはずです。この探究には一定の分析視角が必要になるかと思われます。


(2)時系列表、人は未来を知り得ない


時系列表を作成し、これをよく見つめていると、その時点その時点において、人が「認知」した事柄から、「心理」を形成し、これに起因して「行動」する、という一つの原理を垣間見ることができる気がします。その際、当事者は当然のことながら、過去に生じた事実(それも極めて限られた事実)しか認知しえず、これに基づき「心理」を形成するのであるが、その心理は、限定された情報から形成されざるをえないという事情のみならず、未来へ向けた事柄に対して形成されるものであるという特性上、必ず不合理性を含み、これに基づく行動は、あとで振り返ればおおむね不完全・不十分なものたらざるを得ない、という真実に行き当たるようです。


(3)関係図、類型という視点


法規範は、現実社会に無限に生起する多種多様な様相を呈する事案を、法的語彙で把握しなおして分類・整理する枠組みであるので、法的素養を基礎にして関係図を作成すれば、それは一定(数)の類型・パターンを示すようになり、その形態は似てくるはずです。他方で、さらにメタに考えて、法規範をどう理解するか、とういう点についての態度変容があった場合には、法規範に基づく事案の捉え方そのものが変化し、当該事案を以前とは異なって捉えることになるため、必然的に関係図で示される形態も異なってくる、という面があるように思います。




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