陸上女子 土井杏南 「作り上げた走り」で再び輝く(後編)【陸上】

かつての「天才少女」が低迷期を脱し、再び輝きを取り戻そうとしている。陸上女子短距離、土井杏南。7年前、戦後史上最年少となる16歳で五輪出場を果たし、将来を嘱望されたかつての「天才少女」はしかし、この数年は低迷。表舞台から遠ざかっていた。その土井が今シーズン、再び表舞台で躍動している。昨日(11日)の世界リレー大会では数年ぶりの日本代表にも復帰。しかし低迷期、土井は陸上選手としてのアイデンティティの危機に陥るほどに追い込まれていた…。将来を嘱望されながらも挫折し、再び表舞台に戻ってきたかつての「天才少女」の軌跡と現在地。そして見据える未来は。(文中、敬称略)  前編から続く。
【この記事は前編と後編の2本立です】

再び高校時代の恩師の元へ 「ゼロからの出発」


6年ぶりに会った土井は昔と変わらずニコニコと笑顔が素敵な、大人の女性になっていた。同級生とはしゃいでいた高校生の頃が懐かしく思われた。
去年夏から高校時代の恩師、清田浩伸の元で埼玉栄の高校生たちと一緒に練習をしている。
聞けば去年7月の南部記念の後に直接、清田に指導を頼みこんだという。
去年は「走れば12秒台」で、地元の高校生にも負けていた。
「かつての天才少女」は、厳しい状態に追い込まれていた。

「このまま何もしないで終わるのは嫌でした。できることはしようって思ったんですね」と土井。低迷から抜け出す方法を、模索していた。

清田によるとその時、土井は泣いていたという。
かつての教え子に泣きながら頼み込まれた清田はしかし、土井がどれほど本気なのか懐疑的だった。何より南部記念の走りを見た清田自身が「土井は終わった」と思っていた。ハムストリングを強化して地面を蹴る「力で走る」走法が体のバランスを崩し、けがを誘発しやすくしていた。

「元に戻るのか、自信がなかった」という。

しかし練習に来続ける彼女の闘志が未だ消えていないことを、清田はすぐに感じ取った。
「心が折れていなかった」。

「普通は、折れるもんだけどね。心が強くなった」と。

指導に当たる清田は「超」がつくほど明るく、何よりポジティブだ。

「お前は天才なんだから」  再び始ま った挑戦

清田は、土井に訴えた。
「元に戻るのではなく、またゼロから新しい『シニアの土井杏南』を作り上げよう」
土井も、頷いた。
「大丈夫!お前は天才なんだから!」
清田はそう励ました。心底本気だった。
そこから再び、師弟の挑戦が始まる。
まずはハムストリングを意識した走りから、股関節周りの動きを意識した走りに変えた。バランスボールや、「綱渡り」を練習に取り入れ、体のバランスを整える練習を取り入れた。「力で走る」走りからの路線変更である。

「最初は2人で、『ダメだダメだ』って言ってばっかりだった」という。

しかし練習を重ねる中で、清田はかつて指導した土井の「心の成長」を感じていた。

「タイムが出なかった時期の辛い経験を、あいつは笑って話すことが出来るんだね。普通は話したくないであろうことも『あの時全然ダメだった』と笑い飛ばせる。過去を受け入れた上で、もう一度ひのき舞台に立つんだという強い意志を持っていた」。

清田監督と土井。8年来の師弟のこの2人の会話には「夢」が溢れている。

「陸上選手」としてアイデンティティ危機も

僕が知らないこの6年を土井はどう過ごし、何を考えてきたのか。
「陸上を嫌いになることはありませんでたし、楽しいこともたくさんありました。でもやはり、苦しい時期は、苦しかったですね」。
振り返ってくれた土井の話の中で印象的だったのは、2016年のリオ五輪の時の話である。この年の土井は前述のように選考会を兼ねた日本選手権でまさかの予選落ちー。

かつて16歳で出場したオリンピックを、20歳の土井はテレビで観戦した。

「陸上男子が銀メダルをとるシーンとか見て、『すごいな』って興奮しましたけど。でもその時、『自分って陸上選手なのかな』って思ったんですね。何だか別世界のことを見ているみたいで。自分がただの一人の『ファン』になってしまってるんじゃないかと」。

悔しいという感情も湧かないー
おそらく土井はその時、それまで自分を支えてきた「陸上選手」であるというアイデンティティの危機に立たされていたのであろう。苦しかっただろう。自分の立ち位置に悩み、投げ出したくなることもあったのではないかー

しかし彼女は諦めなかった。
再び「陸上選手 土井杏南」として表舞台に立つために、もがき続けた。

「波に乗るのではなく、波を自分で作る」

清田のもとで練習を積み重ねる中で、徐々に走りにもキレが出てきた。
交わす言葉にも、前向きな内容が増えていったという。

「先生は自分が思うよりはるかに高い目標を『お前なら出来る』と言い続けてくれる。『天才なんだから』と。自分も『出来るかもしれない』って思えてくるし、実際出来ると思っている」。

シーズンに入る前、師弟は目標を今年9月のドーハ世界選手権での100メートル出場に置いた。参加標準記録の11秒24が目標タイムとなる。「走れば12秒台」だった前の年からすると相当に高い目標だ。しかし「可能性はある」と信じていた。

そしてシーズンイン。土井は、尻上がりに調子を上げていく。
4月の上尾春季記録会で向かい風の中11秒74、出雲陸上では日本人1位となる11秒68の2位となった。去年の不調期とは見違えるようだった。
そして織田記念陸上では予選タイム1位。「優勝を狙える」手応えを感じるまでになった。結果は3着だったが、それでもシーズンベストの11秒64をマークした。
「復活」を冠した記事が出るようになり、周囲の見る目も変わってきた。

筆者が訪れたのは、この大会の直後である。
織田記念のことを聞くと、
「織田記念は、走りとしては全然ダメだったんです。レースとなると、早くトップスピードに乗りたい気持ちを抑えられなくなる。それで、後半に失速してしまうんですね。練習通りの走りをするのが、今の課題です」。

そう話してくれた。
絶好調だった高校の時のことをどう考えているのか。

「あの時は言ってしまえば、勢いだけでしたね。『波に乗っているだけ』といいますか。走れば記録が出て、楽しかったですけどね」
「今とは違うだろうか」
「違いますね」
「どんなところが?」
「今は『作り上げた走り』ですね。『波に乗る』のではなく、『波を自分で作る』という感じでしょうか」
「タイムが出なかった時の経験、苦しかった時期の経験は、やはり生きてるかな」
「はい。これまでの事には全て意味があったと思いますし、強くなるための過程だったと考えています」

力強い、前向きな言葉だった。
最後に聞いた。
「陸上は楽しい?」

「とても楽しいです」
いつもの笑顔で、土井は答えてくれた。

「作り上げた走り」で再び輝く

「作り上げた走り」。 今回話を聞く中で、印象に残った言葉だ。
指導する清田も、同じ言葉を使う。
そして、
「ポテンシャルとしては、11秒3台で走る力はすでにある」と言って憚らない。
「去年殆ど大きな大会に出られなかったので、まだ勝負勘が戻っていない。本番でベストパフォーマンスを出せるか。それがアスリートの本当の力で、最大のポイントだ」。

「11秒2台にのれば、楽しくなるよ」。
たしかに清田は、遥かに高い目標を本人の前でやすやすと言ってのける。
そしてきっと、本気で出来ると信じている。選手を、信じているのであろう。そして選手は、自分を信じてくれる指導者を信じる。そういう信頼関係がこの師弟の間に見て取れた。

「先生が言ってくださる目標は私も達成出来ると思ってますし、11秒24は出せるタイムだと思っています」

土井は筆者にもそう宣言した。
そして今後の目標を聞くと、こう答えてくれた。

「一度は落ちても、諦めずに努力を続ければ、再び輝けるということを示したい。多くの陸上選手に勇気を与えられたらと思っています」。

土井はきのう(11日)、横浜で行われた世界リレーに出場。日本代表復帰を果たした。日本陸連の公式ツイッターでは、大会前の明るい笑顔の土井を見ることが出来る。

この後、大阪でゴールデングランプリ。6月の日本選手権と土井にとって大きな山場となる大会が続く。
苦難の道を糧に、その先で掴みかけている「作り上げた走り」。
土井がこの先どんなパフォーマンスを見せてくれるのか、とても楽しみだ。

土井杏南(@qnqn_101):陸上女子短距離選手。陸上で戦後史上最年少となる16歳での五輪出場を果たし「天才少女」として一躍脚光を浴びた。その後の低迷期するも、5月、横浜で開催された世界リレーで数年ぶりに日本代表に復帰。100Mの自己ベストは11秒43(現高校日本記録)。現在、JAL所属。

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内山 裕幾

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