ナオトさん写真

「防災教育を広めたい!」あるデザイン会社社長の夢とは?

す今回取り上げるのは、一人の男の「夢」について。そしてその実現に向け彼がしている「挑戦」について。彼の名前は岡本ナオト(写真左の笑顔の男性)。職業は、デザイン会社の社長。夢の中身は、

防災教育を広めたい!

そしてその夢の実現のために彼がいま挑戦しているのがクラウドファンディング」だ。「防災教育の推進」という社会的な課題の挑戦している人の手助けをしたい。この記事はそういう思いで書いた。一人でも多くの人が岡本の思いに共感し、サポートをしてくれたら、こんなに嬉しいことはない。

「防災すごろく」を広めたい!

「いえまですごろく」

デザイン会社の社長を務める岡本ナオトが、今回の挑戦で広めたいと思っている商品の名前だ。丸めて言うと、数人のグループで「すごろく」をしながら、大地震が起きた時にどうすればいいか考えることが出来るゲーム。キャッチコピーは「あそびからはじめる防災」。楽しみながら、防災を学ぶことが出来るのが売りだ。2016年に赤十字社と共同開発し、これまでに2000部を完売。すでに学校教育の現場や、自治体でも活用されている実績のある商品だ。

詳しくはこのページを見て頂きたいが、現在この商品は「売り切れ」状態で、今回クラウドファンディングで募る資金はこの「すごろく」の印刷代金にあたる150万円。

岡本と私は、知り合ってから10年ほどが経つ。
今回、この記事を書くにあたって岡本に聞きたかったのは、

なぜ防災なのか?

ということだった。岡本と私の縁は私がまだ大学生だったころに遡る。覚えているのは彼はプロ野球選手を目指したが挫折し「人生のレギュラー」を座右の銘に、デザイン会社を立ち上げた人物だったこと(座右の銘は今も変わらないそうだ)。とても明るく、行動力のあるキャラクターだったことで、当時の岡本から「防災」というものを感じたことはなかった。私の中の彼のイメージと「防災」がリンクしない。その岡本がなぜ「防災教育」なのか?

記事を書くにあたり、彼の会社のホームページを見た。

「ボウサイ」は、今や岡本の会社の柱の一つにになっているではないか。久しく連絡をとっていなかったが、その間に彼の中で、何があったのか?
質問をぶつけたところ、彼の口から出てきた言葉は、



「311」



という言葉だった。

ー東日本大震災

8年が経った今も、あの災害は多くの人の人生に影響を与え続けている。
「311」、2万人もの命が失われた「東日本大震災」が、岡本に何をもたらしたのか。その関わりを聞いた。

岡本が被災地で撮った写真 津波はあらゆるものを押し流していった。

「311」が原体験

岡本が初めて被災地に足を踏み入れたのは2011年5月。100食分の食料を作り、名古屋から車で被災地へ向かったという。
向かったのは宮城県の南東端にある山元町
被災地を初めて目にした岡本が覚えているのは、津波で流されたアルバムだった。無造作にかごに入れられたそのアルバムを見ながら岡本は思った。

(このアルバムはもう、取りに来られることはないのかもしれない)

そんな複雑な気持ちを抱えながら、岡本は支援活動を続けた。
岡本が支援に入った5月はちょうど、津波で家を流された被災者が仮設住宅に入居するタイミングだった。そこで岡本は、家を失った多くの被災者と出会う。
被災地にいられたのは3日間。名古屋から車で12時間。殆ど寝られないまま現地に到着し、時間はあっという間に過ぎた。

ー自分に何か出来ることはないか。

津波で家をなくした多くの人を目の前にして、そういう思いを抱くのは当然だったろう。 その後もたびたび山元町を訪れては、仮設住宅でイベントを開催し、被災者との交流を続けたりしながら、支援のあり方を模索する日々が続いた。

何が自分に出来るか。被災地に足を運び続けた岡本が突きつけられた思いはしかし、次のような現実だった。

自分に、やれることはない。

たった数日間、たまに顔を出すだけの自分が、彼らを救うことは出来ないー。そういう思いを感じつつも、前向きな岡本はしかし、こう考えた。

ならば自分に出来ることを探そう。

そして、自分に出来ることはまず、「被災者の横にいることだ」と気付いたという。仮設住宅では、かつてのコミュニティが崩れる。家をなくし、心細い思いをしている年配の人も多くいる。自分がまず出来ることは、そういう人たちの横にいて寄り添うことだーと。

2011年、被災地での炊き出しの写真。岡本は前列左から2人目。

「311が原体験だ」という人は岡本に限らないだろう。あの震災が原点となり、その後の人生が変わった人は多いはずだ。私も、その一人だ。「震災」と聞いてまず思い浮かべるのは東日本大震災だし、初めて「被災者」の方々と取材の中で触れたのもあの震災だった。いま私が災害報道に従事する記者でいるのも、あの震災とは無縁ではない。

2万人、

という途方もない数の命が失われたあの震災は、被災者に限らず、それを取り囲む多くの人の人生をも変えた。そしてその中の一人に岡本もいた、と、そういうことなのだろう。

その後、岡本は会社の事業の柱の一つに「ボウサイ」を掲げ、非常食の定期宅配サービスなどの事業を手がけていく。

「311の経験がなければ、あり得ないことだったと思う」

岡本もそう振り返る。

そして、幾つかの「防災」の商品を手がけていく中で生まれたものの一つが、今回クラウドファンディングで資金を募っている「いえまですごろく」だったのだ。

なぜ敢えて「クラウドファンディング」か

先にも書いた通り、「いえまですごろく」はすでに2000部を完売し、学校や自治体でも活用されている、実績のある商品だ。今回、記事を書くにあたりもう一つ知りたかったのが、

なぜクラウドファンディングなのか?

ということだった。実はその点についても岡本はすでに熱い思いを綴っているのでこちらを読んでもらいたいが、

私の言葉で伝えるとすれば、

実績のある商品だからこそ、多くの人に「担い手」になってほしい。

ということになるのだと思う。
「311」を原点に、これまで8年以上も試行錯誤を繰り返しながら「防災」に取り組んできた岡本。その岡本にとって、この「いえまですごろく」は、確かな手ごたえを感じている、言ってしまえば自信を持って勧められる防災教育ツールなのだろう。だからこそ、

自分だけでなく一人でも多くの人にこの事業に関わって欲しい。

そのために彼は敢えて、クラウドファンディングに挑んでいる。

1人でも多くの人、企業を巻き込むために

今回、岡本が取り組むクラウドファンディングは、

「All or Nothing」

つまり、目標金額に1円でも届かなければ、資金はゼロ、という挑戦だ。覚悟を決めて今、岡本は挑んでいる。

子どもへの防災教育は、極めて重要!

最後に、この記事を書くにあたりこれだけは強調しておきたい。
それは、

子どもへの防災教育は極めて重要、という事実。

これは未熟ながらも災害報道に携わる身として痛切に感じることだ。「日本中どこで災害が起きてもおかしくない」という声も聞かれる。現に以下のような警告が、政府から出されている。

今後30年以内に
▼南海トラフの巨大地震が起きる可能性 「70%から80%」
▼首都直下でM7クラスの地震が起きる可能性 「70%」
(政府の中央防災会議より)

上記は政府が発表している公の数字の一例である。脅すわけではない。日本という「災害大国」では「防災教育」を必修化してもよいのではないか、とも思うくらいなのだ。

リミットまであとわずか サポートを願う

この挑戦が成功して欲しいと切に願う。それが社会の課題の解決に繋がる一助になると感じるからだ。これを読んだ人で、共感してくれる方がいたなら、是非協力して頂きたい。具体的に求めていることとしては、
**
▼サポーターとしての参加や、
▼協力してくれそうな企業の紹介である。

今回は、私の友人でもあるその岡本の取組を少しでも応援したく、筆を執った。執筆動機は、この挑戦が成功して欲しいという、その思いだけである。そしてこの成功がきっと、社会のためになると確信している。もしこれを読んでくれた人が、一人でもこの挑戦に賛同してくれたら、こんなに嬉しいことはない。

クラウドファンディングのタイムリミットまで、あと24日。
※2019年6月30日現在※

※この件についての連絡は以下まで。
いえまですごろく事務局: info@iemadesugoroku.jp

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※最後までお読み頂きありがとうございます。ツイッター(@Hiroking_0616)も始めました。感想などお寄せください。


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