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古典を読んで自由を知る

古典を読もうという話だが、古典を読んでいるからと言って特別偉いというわけではない。

そうではなくて、本気で古典を読んで見ると、自分探しの旅に出たり、月に何千円もセミナーにお金を突っ込んだりするよりかは、ずっと自分にとって「世界とは何か」「生きる意味とは何か」を教えてくれるよ、という話である。

古典というのは歴史が読者である

年間100冊本を読んでいます、という人もよく話を聞いてみると、仕事の資料関係だったり、雑誌やお手軽本だったりする。

昨今はなろう系のライトノベルが大ブームである。


主人公のその性格も努力をしない、「三日で解る○○のハウツー」やら「たった五分で理解出来る○○」というネット情報を焼き増ししたようなベストセラー本が溢れている。

作品は世論の鏡というか、最近は情報をツイッターでバズらせて一攫千金を夢見て周囲のアンテナを巡らせる人が増えたように思える。

一山当てようというチート系が大ブームになり、習い性というか、牛馬の様な堪え性がなくなった気もする。

そこで、「俺の話を聞け」と言って人を惹き付けるにはどうすればいいか。

手っ取り早いのは金やモノをばら撒くことだが、そのお金がないなら、情報に付加価値をつけて人が接するようにサービスを加える、知的情報をばら撒いてフォロワーたちの好奇心を寄せる意外にない。

情報大洪水社会、楽をしようとして人と同じことをしても誰も集まらない。

古典はその中で歴史を耐えて生き抜いてきた実績がある。

人類の歴史と叡智が詰まった古典は読み手とともに時間を超えて味わい深くなり、可能性は時を経るごとに無限に増えている。

古典はたしかに気分転換に読むような本ではない。

僕は古典や専門書を読む時はスマホの電源をオフにして、しっかり時間をとって机に向かって読んでいる。

通勤時間等のスキマ時間に読むような本はkindleに入れているが、古典の類はメモをとりながら書斎のデスクと決めている。

これからの情報大航海時代、本は何冊読んだかと言うのはなんのアピールにもならない。

どんな本を読んで、どんな刺激を受けたかという方が重要だ。

本の内容を知っていると簡単にネットの情報でも惑わされないし、意外なことで惹き付けられることがある。古典は教養や人格形成と言うよりも処世術みたいなものだ。


面白さは歴史が保証済みだ。なかなかハードルが高くて難しいという人は、始めはウィキペディアであらすじを読んで、電子辞書と合わせて読むのをお勧めする。

教科書の勉強よりも当時の価値観や空気感が滲み出て、為になることがある。

自分が自由でいるため、生きにくい今の世界を自由に生きていくために、先人たちの叡智を借りてみてはどうだろうか。

古典の海に潜りこんで欲しい。

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大吉!
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HIROKI

新人神職、プライベートのことが多め。
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