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CES2020「僕らの”誠意と創意”はどこへ向かうのか」

「LGやサムスンは強大だ。だけど我々には、彼らにはないユニークな製品を作っているし、誇りがある。だから今、この会社では最高にエキサイティングな仕事をさせてもらっていると思うよ。」

1/7〜1/10まで開催した世界最大の家電見本市「CES2020」。
今年も世界中の先端技術や未来の製品コンセプト、スタートアップの斬新なアイデアなどが一堂に会すこのイベントは、今や製造業周辺に限らずあらゆる業界関係者が今後のビジネスの羅針盤としてチェックをしていく。

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冒頭のセリフはそのCES2020でシャープブースにいた現地USA法人の社員と会話をしていた時にもらった言葉だ。

今年のCESの状況を結論から言うと、トヨタやSONYといった日本企業が大きく注目される一方、全体的に日本のメーカーのプレゼンスは依然として中韓メーカーよりも遅れをとっている。

そんな中、現地法人のましてや日本人でもない彼が日本メーカーに誇りを持って競争していくと語っていたのは、わずかN=1の言葉だけれどもまだまだ日本のメーカーも捨てたもんじゃないなと感じた。
古巣ということもあり贔屓目で見てしまうにせよ、競争の源泉はまだまだ残されているのではないかという希望を抱く。

今回この投稿はCESに関する記事が世の中にあまた出ている中で内容に重複もあると思うが、自分の頭の整理も兼ねて至極個人的な見解を残していければと思う。

2つの潮流「モビリティ」「ヘルスケア」

CESの展示を見ていくともはや家電見本市ではなく、テクノロジートレンドの見本市になっている。(特に大企業が多く展示しているLVCCエリア)
個人的に去年のCESでのテクノロジートレンドは「5G」「8K」「OLED」の3つが挙げられると感じていたが、今年はそれらを具体的に実装した場合どういう世界が実現できるかを各社お披露目して行こうとしていた。
その実装場所が大きく2つで「モビリティ」と「ヘルスケア」である。

車内は第二のリビング。家電メーカーの主戦場へ。

まず大きく話題となったのは、SONYが車を開発するという発表をしたことであろう。SONYが車メーカーになるのか?という意外性にブースは沸き立っていた。

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▲SONYが発表したコンセプトカー「VISION-S」

実際、SONYは車メーカーになるのではなく、各部品メーカーやプラットフォーマーと共にSONYの技術を活用した場合の未来を見せてみたという感じだ。その未来というのが「5G」や「自動運転」がベースにあった上で、車内空間がまるで家のリビングのようになる。その”リビング”にこれまで培ってきたSONYの「音響」「家電」「映像」「センシング技術」などが新たな体験として提供できるのであろう。

SONY以外でも国内外問わず各社家電メーカーは展示ブースに車を展示しそこへの技術応用を見せていることからも、車内空間が家電メーカーの主戦場に移ることを示唆していたように思う。

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▲パナソニック

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▲サムスン

描く未来のレイヤーが一段が高いTOYOTAの未来 

モビリティゾーンにおいては従来通り車体メーカーがこぞってコンセプトカーを展示していく様相は変わらない。その中で違った角度で未来を描いてきたのがトヨタ。静岡県裾野市に「コネクティッド・シティ」として実証都市を作るという。現地でも飛び抜けてインパクトはあったように思う。
ただ、まだまだ映像で見せる世界観のイメージに過ぎないので、今後の具体化が期待されるところ。

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▲ジオラマで描く「コネクティッド・シティ」

この発表において感じたのはTOYOTAは他車体メーカーよりもレイヤーが一段高い”俯瞰したモビリティの未来”を描いているということ。
各社、車本体の機能をどうテクノロジーで磨いていくかに注力しているが、そもそものそれら車体が世の中で普及される世界の実現を業界のトップとして実際に実証していく気概を見せていた。
2年前のCESでe-paletを発表した際に翌年は色々なメーカーから類似コンセプトが発生したように、来年はリアルの現実に実証実験として落とし込んだ結果を各社見せていく流れが生まれるかもしれない。

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ただ、韓国の現代自動車だけは「空飛ぶタクシー」としてUBERと提携した未来の移動体験をみせ、既存のモビリティ社会とは違うレイヤーの世界を描く展示を行っていたように感じる。
この点、現代自動車がモビリティ業界のリーダーとなるべくトヨタを大きく意識しているのではと感じた。

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▲現代自動車の空飛ぶタクシー

アマゾン・グーグルのシームレスなモビリティ体験

実際にモノを作るメーカーだけがモビリティ市場で戦うわけではない。今年のCESではアマゾンがモビリティゾーンに具体的なモビリティ体験を見せにきた印象があった。
車の購買自体もユーザーの趣向に合わせてWEB上でレコメンドをし、購買までの導線にアマゾンが居続ける。購入後はアレクサとの連携で様々なコンテンツを車内空間で供給ができることはもちろん、給油時の支払いもキャッシュレスに行ったりもする。

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また、すでにアメリカでEVメーカーのRIVIANと実証実験が進められているが、アマゾンの配達自体も自社配送を実現していくことで、車を持たない人の生活にもアマゾンカーの影響は今後くるであろう。

バックグラウンドの技術においてはAWSのノウハウを生かし、ドライバーの状況をセンシングしてマーケティングデータに変換したり、自動運転時には車内外のデータ取得を行うこともこの数年で実用領域にまで持っていけるという。

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要するにアマゾンは車に乗る前(買う前)から乗っている最中、乗っていない時など、車が人々に価値を提供できるであろう全ての接点においてシームレスにアマゾンがいる世界を実現してくだろう。これはGoogleも競合として同じような世界の実現を図っていくというが、現段階ではパイを取り合うというよりか、共通のプロトコルを実現し、ある程度相互のサービスが同期できるような世界を作っていくようだ。

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テクノロジーで個々に最適化された世界の実現

テクノロジーが発展していくということは、皆に同じ価値を提供する時代から、個々に最適化された価値を提供できる時代になるということ。
今回、唯一航空会社で出展していたデルタ航空は新たな搭乗体験を提案し、方々から驚きの声が上がっていた。
空港内での一人一人に最適化された情報を提供するサービスを開始していく。(例えば、電光掲示板に表示される情報が自分にとって必要な情報だけ届けるなど。)2020年度中にデトロイト空港で数百人規模での実証実験を実施されるようである。

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また、搭乗前、搭乗中、搭乗後の一連の流れも自動化し、最適なコンテンツを取得できたり、自分の荷物をホテルへ運ぶ手間を省いたりなど、個々人に最適化されたサービスを提供することでデルタ航空を選ぶ必然性を生み出していくようだ。

ボッシュブースでは例年通り、ボッシュのデバイスをモビリティ領域でどう生かすかが主な展示内容ではあるが、個人的にはその中でも運転手の目がある部分を検知し、目の部分だけ日差しを遮る「デジタルサンバイザー」が地味ながらユーザーの不便さを解消させるユニークさを感じた。視野を狭めることなく、個々人に最適化したサポートで安心安全な運転を提供していく。

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▲デジタルサンバイザー▼

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また、少し角度は違うかもしれないがトイレで有名なセラミック企業のTOTOが打ち出した「どこでも呼べるトイレサービス」はトイレ×モビリティ×IoTの斬新なモビリティ体験であった。

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ヘルステックは「スポーツ」と「スリープ」の2大潮流

ここではヘルステックの中に「スポーツテック」や「スリープテック」が包含される意味で記録を残していきたい。
5Gデバイスの小型化や身体の状態をセンシングするデバイスの発展においてスポーツとスリープは去年にも増して爆発的な広がりを見せていた。
具体的には今回、初めてアシックスがブースを展示したり(スタートアップのOrpheとアシックスが協業)、布団の西川が人体をセンシングし最適な睡眠を提供するマットレスを展示したりと、日本の歴史あるメーカーがこぞってsonsエキスポの2階へスタートアップ企業群と混ざりながらプレゼンスを高めていたことが印象的である。

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▲アシックスブース。Orphe搭載のランニングシューズの体験が可能。

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▲西川のスマートマットレス。寝るだけでセンシングを行い、良質な睡眠を提供。アマゾンアレクサと連携していく。

またスポーツテックやスリープテックの発展に伴い、それらに活用される部品を作るメーカー(ヒロセ電機や太陽誘電、SMKなど)が同じフロアで存在感を示していた。すぐに模倣される世界の中で品質・コストを両輪で回し、他国の安価な部品に対して競争優位性を作ることが急務になっていく。

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▲ヒロセ電機ブース。5Gの小型部品はCES2020アワードを獲得。

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▲太陽誘電ブース。Orphe内に太陽誘電のデバイスを採用。

トイレタリー領域においては昨年からP&Gが出展をしていたが、今年も存在感を放っていた。赤ちゃん用オムツにセンサーをつけたり、それぞれの肌の色に合わせて自動的にファンデーションを生成するプロダクトなど、具体的な実装まで行った上での展示はトイレタリーや化粧品メーカーのベンチマーク的な存在といっても良いと感じる。

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中韓家電メーカーと日本家電メーカーのプレゼンス

私はこの3年間での定点観測をしているが、例年日本企業プレゼンスは低く、中韓は年々その存在感を高めている。今回はどういった状況になっているか、比較をしながら見ていきたい。

LG・サムスンの圧倒的な演出力、存在感

冒頭、シャープ社員との会話でも書いた通り今年もLG・サムスンのプレゼンスは高かった。技術力もさることながら、その技術があることで生活がどう変わるのかを展示演出でワクワクさせる、「エンターテインメント」の力が圧倒的に日本の家電メーカーを上回っていたように思う。

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▲去年と同様に局面ディスプレイで演出。コンテンツは去年と同じでネタ切れ感は否めない。

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同じディスプレイにしても見せ方一つでイケてる感を生み出す点は、「物を売る」先の「体験」までも設計の中に入れていくスタンスが垣間見えた。

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▲サムスンの演出。ガラス張りの中でディスプレイを回転させながら。

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▲このディスプレイは単なる”巻き取り式テレビ”や”絵が綺麗に表示できるテレビ”ではなく、「スペースを活用できる」という価値を提示して競合優位を作る。

正直なところ、ディスプレイだけではどの企業もある程度完成されているし、スペックでの圧倒的な差はもはやよくわからない。エンドユーザーの観点からすると「どれでも同じ」という状況にある。そういった中だからこそ、従来のスペック競争だけでなく、ユーザー体験に向き合った展示・商品づくりができているか否かは、メーカーの競争力として大きな差を生む点になるに違いない。

TCL・チャンホンのプレゼンス向上

そして今回、声を大にしていっておきたいのが、家電領域においてTCLとチャンホンの中国企業2社がだいぶレベルアップしている点である。

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レベルアップポイントを言うと大きく3つ。

①会場周辺の広告量からわかる、プレゼンス向上(特にTCL)
②技術的なスペック(完成度)・デザイン
③展示の見せ方、表現方法

かつて、日本の家電メーカーが先頭に立ち、その後ろに韓国中国企業が真似をしながら追ってくると言う構図があった中、現在はサムスン・LGが先頭に立ち、それをベンチマークとしたTCLとチャンホンがサムスン・LGを追い越すべく上記3つのポイントを押さえていった結果、野暮ったくない展示状況になっている。

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▲TCLの8KQLEDTV

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▲TCLのディスプレイ展示。本物の絵画と並べてディスプレイを展示。見紛うほどの精細さが視察者を驚かす。

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▲チャンホンのデザイン家電。オリジナリティを出すことを意識し始めていて単なる模倣からの脱却が垣間見れる。

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▲チャンホンの提唱する「クリエイティブライフ」。スペックだけでなく空間を活用することの価値を提供。

守破離で言うとTCLとチャンホンは「破」に近い状態に来たのではなかろうか。(約10年前に見たTCLのディスプレイとは当たり前だが同じ企業と思えない完成度)
日本の家電メーカーはおそらく、家電領域においては戦う土俵やゲームのルールを変えないと生きていけない。

日本家電メーカーのプレゼンス状況

今回のCESで日本の家電メーカーのプレゼンスが中韓に比べて劣っていることは、サムスンの横で展示をしていたシャープブースを見ると明らかであった。

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「シースルーディスプレイ」「8K」を主とした展示は残念ながら家電量販店と同じような陳列となり、「物売り」に等しい。
高い技術力があることは間違いないが、それがユーザーにとって、もしくは視察に来た人にとって価値になっているかと言うとそれはまた別の話なのだ。

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▲シャープのシースルーディスプレイ。▼下はLGのシースルーディスプレイ。予算の都合もあるであろうが、LG側は店頭での活用事例を示し、体験をイメージしてもらうことに注力。

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その点、SONYやパナソニックは家電領域以外(モビリティやVR、センシング技術など)なども含めながらまだ応戦できている印象であった。

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▲パナソニックのVRグラス

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▲SONYのCrystal LEDディスプレイを使ったバーチャルセット。動画撮影時のコストを下げる。

スタートアップの勢力は依然フレンチテック

世界各国のスタートアップが集まるエリア「ユーレカパーク」。
ここは昨年同様フレンチテックのブースが大きく占めていた。政府のテコ入れが引き続き行われている印象である。
そしてこれは感覚値ではあるが、韓国がブースとしては勢力を広げていた感じがある。ソウル市やサムスンの社内インキュベータープログラム「C-Lab」など、日本も倣いたい取り組みが散見された。

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▲サムスンのインキュベータープログラムC-LABの展示。約10点のアイデアが展示された。

日本も経産省主導のJ-startupと民営のJapan techの2団体が隣接して出展。我々もマクアケとしてJapan techに出展した。場所の都合もあるかもしれないが、昨年よりも日本人の来訪が非常に多かった印象である。国内の関心は嬉しくもありながら、海外からの関心の低さも感じられる気がした。

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出展物に関しては有象無象で傾向をひとまとめにするのが難しいが、「ヘルステック領域(スポーツ・スリープ含む)」が多い感覚はあった。おそらくスタートアップにおいても既存のデバイスなどで具現化しやすい領域なのだろう。

僕らの「誠意と創意」はどこへ向かうのか

私ごとではあるが辞めた今でもシャープが好きなので、最後にシャープを初めとする日本のメーカーの今後についてつらつらと勝手な想いを書きたい。

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「誠意と創意」これはシャープの経営信条である。入社してからはこの経営理念を毎朝唱和したことが記憶に新しい。
2012年の経営危機以降、5年で4名の社長を経験したあの時期は、シャープのみならず日本のメーカーにおいて「誠意と創意」のような初心に立ち返らねばならない転換点にあったように思う。
いたずらに規模のみを追わず、誠意と独自の技術を持っていたのか。創業当初の想いは時間とともに希薄化し、私を含めて新しい人間はそのイズムを理解していても実行に移せているかと言うと、怪しい。
その結果が今こうしてCESにも少なからず表出しているであろう。

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シャープはもちろん、日本のメーカー全体には異なれど近しい課題があり、「価値あるはずなのに、ユニークなはずなのに」世の中に出ていかない想いや技術がある。その構図を変えられるかもしれないと言うことで、約2年半前に思い切ってシャープを去り、今の「Makuake Incubation Studio」へジョイン。インターネット業界へ行ったとしても、どこまでいっても、製造業の人間として大手メーカーの課題と対峙して価値ある技術を世に出していきたい、そんな初心があったことをCESでシャープUSAの担当者と、まだ持っていた当時の経営理念カードを見せ合いながら話し、改めて思い出したのであった。


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