無くしたくない感覚

夜に都会から離れた街を電車で横切る時

遠くに街の灯りが見えたりする

車のテールランプや、ヘッドライトの流れを見るのもいい

そこにはたしかに人がいる

僕はその時とてつもない、しかも飽きることなく、心がギュッと掴まれて流れ行く遠くの街を眺め続ける事がよくある

窓の外を眺め続ける僕の姿は子供の頃のまま何も変わっていないと思う

僕はまだあの頃のままだというのは子供っぽさもそうだけど、絵を描くことや、人との接し方や、考え方なんかにも垣間見える

芸術をする上で、僕はよく子供の頃の記憶を遡る事がある

たしかに僕は大人になっていて、あの頃とは明らかに変わった部分がある事を思い知らされる

だから尚更に、車窓の景色や、遠くへ想いを馳せる心、芸術的な感性が損なわれていない事に感動する

感動できる心を失っていない事に感動していると言っていい

これは僕の記憶違いか?

幼稚園生の頃の記憶だからずいぶん曖昧なものではあるが、それはとても絵画的に記憶に残っている事がある

あれは卒園式の日だった

幼稚園の庭に大きな木が一本、駐車場の脇に立っていた

どんな木だったかははっきりとは覚えていないがその木だけやけにでかかったと思う

僕は年長の頃にその幼稚園に編入した

年少の頃通っていた幼稚園の記憶もあるが全て白黒の映像で無音での記憶しかない

編入先の千葉の富里にあったその幼稚園はなぜかとてもカラフルに日差しが眩しい記憶しかない

駐車場の脇の大木も種類はわからないが黄緑色が燦々と輝く美しい木だったはず

そんな大木の前に僕は卒園式の日に女の子に呼び出された記憶がある

親に聞いてみたらそれは全くの思い違いだというからもしかしたらそうなのかもしれないが

なかなかに面白い記憶なのだ

ここからは作り話と思ってもらっても構わない、僕ももうよくわからない

僕はその大木の前で待っていた

そこにその子が現れた

たしかこんな事を言っていた

「いつかまた会おうね」

顔も全く覚えてないけれど、微笑ましい記憶

問題の記憶はここからだ

その子はそこらへんに生えている草を千切って、僕の手に刷り込みはじめた

戸惑う僕をよそにその子はせっせと燦々とした緑の葉を僕の手に刷り込んでいる

そして言った

「これはまた会うおまじない」

たしかそんなような事を言っていたと思う

白い服が少し緑色に染まった記憶がある


子供の記憶は怪しいもので

僕は芸術家でもあるがゆえ、想像力もそれなりに持ち合わせているつもりだから

多分記憶違いなんだろう😌


すでにあの頃から、生まれた頃から僕は毎日芸術日和なんだろう🙏

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