見出し画像

10000円のコース料理と200円のパン

10000円のコース料理と200円のパン、どう同じで、どう違うか、そんな話をします。

10000円のコース料理というのは、横浜市西区みなとみらいの、横浜ベイホテル東急にある、フレンチレストランクイーンアリスのプリフィックスディナーのことです、クイーンアリスは、むかし、料理の鉄人として有名になった石鍋裕シェフのお店で、前菜からデザートまで、質量ともに満足のいく内容で、隙なくしっかりと構成されたメニューもさることながら、お店の内装の素敵なこと素敵なこと、もちろん、スタッフのみなさんの細やかな接客や、料理に関する説明、飲み物の提案など、どれも程よく品良く、それでいながら気楽に美味しいフランス料理が食べられる、文句の付けようがない佳店です。

200円のパンというのは、東銀座の、歌舞伎座からほんのちょっとだけ築地方面に歩いたところにある、小さなカレー屋、蜂の家銀座本店で売っている、カレーパンです、蜂の家はもともと長崎の佐世保で開業した洋食屋で、そこではカレーやカレーパンはもちろん、名物の巨大な軍艦シュークリームや、ビーフシチューなど、さまざまな洋食メニューを提供し、気楽で美味しくを身上に、50年の歴史を持って地元で愛されている、言わばファミレス的な位置付けのレストランでありますが、そのカレーに惚れ込んだ人が、是非にと懇望して、東京に店舗を開いた、それが蜂の家銀座本店です。

さてみなさん、ここからが本題、この10000円のフランス料理のコースが美味しいか、というと、文句なく美味しいのです、素晴らしいと言っていい、もしいま誰かに、東京近郊でご婦人連れで安心して楽しめる、好印象で、綺麗で、サービス満点で、気楽で魅力的なフランス料理店を紹介してくれと頼まれたら、一にも二にも、クイーンアリスに行けと答えます、とにかくそれくらい美味しい、美味しいのです、で、この200円のカレーパンは美味しいか、というと、これまた文句なく美味しいのです、もう本当に素晴らしい、生涯で食った中で最高のカレーパンはどれかと聞かれたら、蜂の家のカレーパンだと答えます、とにかくそれくらい美味しい、以前、デパートの物産展で蜂の家のカレーパン、それも揚げたてのものを見つけて、6個ほど買い、それを持って地下鉄に乗ったところ、ものすごく美味しそうな匂いが車内に充満して、周囲の乗客が不思議そうにあたりを見回していたくらい、それくらい魅力的なカレーパンです。

さてさて、ではこの10000円のフランス料理のコースと、200円のカレーパンと、どっちが美味しいのでしょうか。

答えは、同じくらい美味しい。

それが僕の答えです、10000円のフランス料理のコースと、200円のカレーパンは、僕にとって同じくらい美味しいのです、となると、当然ながら疑問が浮かんできますよね、10000円のフランス料理のコースと、200円のカレーパンが同じくらい美味しいのであれば、わざわざ10000円を払ってフランス料理のコースを食べる意味があるのか、どうなのか、ということ、それはもっともな疑問です、そしてその答え。

10000円を払ってフランス料理のコースを食べる意味は、あるのです。

そのことを、それが何故かということを、僕が大好きな落語を例にとって、説明しようと思ったのが、この文章というわけです、東京の落語界に、立川談春という落語家がいます、17歳で七代目立川談志に弟子入りして、人情噺を得意とし、40年近い芸歴を持つ、堂々たる真打です、どんな人か、どんな噺家か、YouTubeで検索してみればすぐにわかります、対談や演目の映像が、いっぱいある、誰でもすぐにそれを楽しむことができる、いい時代です、そして面白い、本当に面白い、で、この立川談春が2018年の冬に、新宿文化センターで行った独演会、寒さ厳しい中を、新宿文化センターまで、あ、そういえばこの新宿文化センターはスクウェア・エニックスの現社屋のすぐ隣にあるのですけども、僕はわざわざそこまで足を運んで観に行ったわけです、いざ会場に着いてみると、ぎっしりと満場の客、忙しい師走の最中だというのに、なにがなんでも談春の落語を観たいという、酔狂な客しかそこにはいません、落語の独演会というのは、短い噺を二つ三つ演じて、中休み、それから長い噺をひとつ、という感じが普通ですけども、この日の談春は、どういうわけか最初から長い噺を演じた、鼠穴、それは師匠の談志が得意とした、落語なのに笑うところのない、むしろある種の非現実的な怖さを持った、不思議な不思議な噺です、この噺は技術的にも難しいので、独演会の最初に持ってくるような噺ではないのです、その段階で、会場に詰めかけた客は、なんだか今夜の独演会は普通じゃないぞ、という空気を感じ取っている、僕を含めて、ある種の予感を受け取っている、丁寧に丁寧に、細部を組み上げ、一時間以上かけて、たっぷり鼠穴を演じて、中休み、客席を離れて、ホールのロビーにたむろする客も、どことなくそわそわした空気がただよっている、次に何を演じるのか、その予感にドキドキしている、中休みが終わり、客席にもどって、照明が暗くなる、幕が開く、談春が出てくる、まくら、雑談が少々、出演しているテレビドラマの話など、軽く笑いながらも、どことなく緊張がとけない観客席、そして次の瞬間、談春が両手を合わせ、すっと指を伸ばして、目の前の床に突く、力強く誰かを揺さぶる仕草、真剣な口調で、おまえさん!おまえさん!と呼びかける、この時、会場全体を波のように広がったざわめき、どよめき、なんともいえないうわーっという盛り上がりを、忘れることはできないのです、詰めかけた満場の客すべてが、その仕草を見、そのセリフを聞いた瞬間に、談春がこれから芝浜を演じるつもりなのだ、ということを理解した、そのどよめき、鼠穴を演じた後で、さらに芝浜を演るのかというどよめき、そして歓喜、鼠穴と芝浜は、どちらも2011年に惜しくも亡くなった師匠立川談志の名人芸を思い出させる噺であり、その名人芸に対する、談春なりの情愛と、挑む心を込めた、命懸けの、渾身の一席、そしてそういう諸々を瞬時に理解して、僕を含めたすべての観客は、声にならない声を上げたのです、あれは本当に素敵な瞬間だった。

察しの良い人はもうお分かりと思いますが、この、YouTubeで観る映像の談春が、200円のカレーパン、新宿文化センターで観る高座の談春が、10000円のフランス料理のコースです、どちらも面白い、文句なく面白い、どちらがどちらに勝るとか劣るとか、そんな話ではない、だってどちらにしたって、談春の落語は面白いのだから、面白さに変わりはないのです、たとえば、いま令和に生きる僕らが、すでに亡くなってしまった名人たちの落語を、口舌を、映像で観る時、その面白さや楽しさは、十分に僕らを魅了する力を持っているし、圧倒的です、要するに、映像で観ても、目の前で観ても、面白さは、本質は、変わらないのです、200円のカレーパンも、10000円のフランス料理のコースも、どちらも美味しい、その美味しさに変わりはないのです。

でも、わざわざ10000円のフランス料理のコースを食いに行く意味はあるかといえば、あるのです、寒い中をふるえながら、わざわざ新宿文化センターまで談春を観に行く意味はある、人生において、得難い、もっとも大切な瞬間に立ち会い、現実の空間の中で、それを、その思いを、情念を、記憶を、胸の高鳴りを、誰かと共有する、そういう諸々のことに、意味はあるのです。

意味はあるのです。

恐惶謹言、よって件のごとし。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?