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プログレ年代記

2022年はわが敬愛するプログレバンドであるYESが傑作LP「Close To The Edge(危機)」を発表して50周年にあたるらしいのだが、ありがたいことにそれを記念しての来日公演が企画され、この9月6日、東京渋谷はオーチャードホールにてめでたく開演したので、足を運んで聴いてきた、今回はその感想なり備忘録なりを記そうと思う。

思い起こせば、僕のプログレ探求は、小学校のころ、当時流行だったラジカセを買ってもらうところから始まるのだが、ラジカセと言っても高級なステレオのものではなく、AIWAの安いモノラルのラジカセで、とりあえずラジオが聴けてカセットテープに録音できるというだけの代物、それでFM放送を聴いていたところ、偶然にも1971年、ELPの「展覧会の絵」に出会い、これはなんだと興味を惹かれ、といっても音楽性というよりはシンセサイザーという楽器に魂を持って行かれ、そこから電子楽器にのめり込んでいくのだが、結局ELPのレコードは買わずじまいで、数年後に買ったのは何故かYESの「危機」であった。

これがまたちょっと不思議なのだが、買ったYESのLP「危機」を何十回何百回と聴いたのに、ライナーを読んだ記憶がない、ぜんぜんない、ジャケットに帯があった記憶もない、してみるとどうも僕は、輸入盤を買ったようなのだ、たぶん70年代中盤、僕が毎週のようにシンセサイザーを触りに通っていた、名古屋伏見のYAMAHAの一階レコード売り場には、輸入盤と海賊版がひしめいていたので、そこで手に入れたものだと思われる、現に、同時期に、クラフトワークのファーストとセカンドのいっしょになった輸入盤LPをそこで買っているので、田舎の中学生とはいえ、当時は意外と輸入盤に近いところにいたのだ。

ともあれ、僕は中学時代の多感な時期にYESの「危機」を手にし、擦り切れるまで聴いたのは事実、最初はなにがなんだかわからなかったが、買っちゃったから仕方ないのでずっと聴くうちに、だんだんプログレというものが掴めてきた、その極意が身についてきた、独学ではあったがプログレ初段ぐらいの実力はあったと思う、華麗で複雑でメロディアス、装飾とアイデアと冒険に満ち、あくまで透明で美しく、しかしパワフルで展開に飽きさせない、そういった音楽的感性を血の中に取り込みながら、僕の青春は過ぎていった。

さて、今回のイエス「危機」50周年記念ジャパンツアーは、その「危機」の全曲演奏がメインとなる構成で、参加するはずだった故アラン・ホワイトに捧げられている、まあこれが生きてスティーブ・ハウを見る最後の機会になるであろうという予感もあり、行かざるをえないかと覚悟して行ったのだが、渋谷文化村のオーチャードホール、ロックバンドのコンサート会場としては小さいなあこれ、小さい、いつも聖剣などのオーケストラコンサートの会場としてお世話になっており、収容2000人規模で、オーケストラにはちょうどいいと思うのだが、ロックバンドには小さいわ、だいたい僕が今までYESのコンサートを見た会場って、国立代々木競技場とか日本武道館とかそういうのよ、こんな小さい会場で演奏するの見たことないよ、地味に演奏機材だけのセットが組まれているのを見て高校の学園祭かと思ったですよ、大丈夫かこれ。

客層としては、だいたい予想どおりだが、主に目立ったのは、高齢者の域に突入した地味で孤独っぽいおっさん、黒いバンドTシャツで武装してワイワイはしゃぐ30代男子たち、謎の小洒落た若い娘を連れて昔そうとうにブイブイ言わせた雰囲気のある業界人風ジジイ、あと、ゴスっぽい女の二人連れとか、あ、なんかわかんないけど、夫婦者もけっこう多かった。

でまあ、今回の50周年記念ジャパンツアー、何の前情報もなしに行ったんだけど、蓋を開けて見れば凄いセットリストで。
1.自由の翼(On The Silent Wings Of Freedom)「トーマト」
2.ユアズ・イズ・ノー・ディスグレイス(Yours Is No Disgrace)「サード・アルバム」
3.夢の出来事(Does It Really Happen?)「ドラマ」
4.スティーヴ・ハウ・ソロ/クラップ(The Clap)「サード・アルバム」
5.不思議なお話を(Wonderous Stories)「究極」
6.ジ・アイス・ブリッジ(The Ice Bridge)「ザ・クエスト」
7.燃える朝やけ(Heart Of The Sunrise)「こわれもの」
8.危機(Close To The Edge)「危機」
9.同志(And You And I)「危機」
10.シベリアン・カートゥル(Siberian Khatru)「危機」
<アンコール>
11.ラウンドアバウト(Roundabout)「こわれもの」
12.スターシップ・トゥルーパー(Starship Trooper)「サード・アルバム」

という、なんと意外かつ豪華で懐かしいラインナップ。

正直、新し目のアルバムからあれこれ聴かされる覚悟をしていたので、そういうのがほとんどなくて狂喜乱舞だったんだけど、それはそれでヤバいというか、なんせ昔の、YES全盛期の楽曲をどんどん演奏するということは、どれもこれも極め付けの難曲揃いなわけで、いくら新しいメンバーに入れ替わってるといっても、こんなの本当に演奏できるのかよという心配そのままに、実際のステージはYESのコンサートというよりは、プログレ敬老会というか、老境に達していろいろ怪しくなったスティーブ・ハウのリサイタルを、豪華メンバーがサポートするみたいになっていて、なんかもうちゃんと最後まで演奏できるかどうか、スティーブ・ハウが危機そのもの。

そもそも、75歳のスティーブ・ハウが平気でヨレたり演奏間違ったりするので、クリックもシーケンスも使えないわけで、すべて耳で聴いての生演奏、そのぶん、非常に緊張感のある昔ながらのロックというか、テンポがずれるのを合わせに行ったり、キメのタイミングを探ったり、ハイテク以前のプログレの再現で、懐かしさ大爆発なのだが、聴いているこっちは気が気ではないわけで、最初のOn The Silent Wings Of Freedomの時点で、おいこれ無理だろみたいな雰囲気は漂っていたのだが、Yours Is No Disgraceに至って、なんかもうキメは合わないわ歌は音程がおかしいわ、いろいろ覚悟するしかないというか、いやいやプログレッシブロックのもっともプログレッシブロックらしい精華たる歴史的な楽曲って、70歳過ぎて普通に演奏できるような甘いものじゃなかったんだなあと、あと今回は居ないけどジョン・アンダーソンって本当に神みたいに歌が上手かったというか現在進行形で上手いんだなあと、厳しさをしみじみ再確認する感じで、しかしThe Clapで実に楽しそうにカントリーギターを弾くおじいちゃんを見ていると、なんかこういうのもいいかなあと思えるようになってくるのも事実で、でも極め付けの難曲Heart Of The Sunriseで盛大にずっこけて、どこを演奏しているのかわからなくなって全員で無理やり合わせるのを聴いていると、あの達者だった人がと涙がこぼれてきて。

いよいよお目当の「危機」が始まるころには、なんとかこの「危機」全曲を演奏し終えてくれ、それだけでいいんだどうか頼む、と祈るような気持ち。

で、結論から言うと、この「危機」がなんか良かったんですよ、もちろんいろいろダメだし、すべてダメだと言えばダメなんだけど、良かったんですよ、どこがどうとか説明できないんだけど、良かったんです、なにかこう、愛情に満ち溢れていて、奏者と聴衆と一体になって、ひとつの世界を生み出したように、良かったんです、良かったんですよ、Close To The EdgeもAnd You And Iも、ああこれが聴きたかったんだなあという、長年のファン魂に応えるものを持った演奏で、良かったんです、ジェフリー・ダウンズが派手なソロがぜんぜん弾けずにぐわんぐわん鍵盤押さえているだけでも、スティーブ・ハウがSiberian Khatruの難しいフレーズになったとたん演奏のスピードが半分になっても、あと、なんか照明のトラブルでキメのアコギソロが弾けなくても、弾けないまま曲が終わって、終わった後に照れながらもう一度そこだけ弾き直しても、なんかもう、むちゃくちゃ良かったんですよ、満場の拍手喝采だったんですよ、どのくらい良かったかというと、いつもグッズなんか買わない僕が、50周年記念のフーデッドパーカーなんか買っちゃうぐらい良かったんですよ。

で、ジジイども和やかに、高校の学園祭みたいに舞台袖に引っ込んで、また高校の学園祭みたいに出てきて、Roundaboutを演奏し出す、もう客席は大興奮ですよ、でも総立たない、みんなそんな元気ないから、老いまくってるから、座って心で踊ってる、若さぜんぜんねえなあ、しかたねえなあ、最後はStarship Trooper、これもいいけど、個人的にはI've Seen all Good Peopleだったらもっと良かったな、いっしょに歌ったのになと思った、でも満足、超大満足、超超大満足で、鼻歌を歌いながら、渋谷はオーチャードホールを後にした、蒸し暑い9月の夜だったのだった。

I've seen all good people turn their heads each day
So satisfied I'm on my way!
I've seen all good people turn their heads each day
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