短編「輪ゴム喰いの男」冒頭(『犬を抱いて眠る』2017年より)

「輪ゴム喰いの男」

 男が輪ゴムを食べ始めたのは、おおよそ二年も前のことだった。小腹がすいたなと食卓の上に視線を落とすと、そこに丸まった輪ゴムがあった。一般的な黄色の輪ゴムである。いつぞや何かの口を縛ったのを外して置いたかなと彼はそれを手に取っておもむろに口へ入れてみた。これが彼の最初の輪ゴム食体験となる。彼は以後病みつきになって、輪ゴムを食べ続けた。彼にとって輪ゴム食は間食の部類に入る。コーヒーやたばこの類にも近い。すなわち、嗜好品である。だから晩のおかずの一品が輪ゴムで成したものになるということはなかったし、あくまで輪ゴムは輪ゴムとして食していた。

 食べる輪ゴムの種類も一般的な黄色のものに限らない。時に色もさまざまなもの、髪留めに使うような輪ゴム、少しばかり太いもの等、商店なんかで目に入ると少しずつ購入していた。外を歩いていても輪ゴムに出会うことがあった。捨てられて朽ちかけた輪ゴム、何かを留めるために現役で使われている輪ゴム等、そういったものも迷惑にならない程度、こっそりと持ち帰って食べていた。

 交友関係も広くない男にとって、余暇に遊ぶ相手もいない。休日の午後は必ずと言って良い、輪ゴム喰いの時間にあてられた。休日の午後、そして仕事から帰った晩、こういった時間が男にとって大切な余暇であり、そしてそれは輪ゴム喰いの時間なのだった。

 輪ゴムを食べる際は、食卓に座して、白くて薄い陶器の、刺身のしょうゆ皿のような小さな皿に、その時食べる輪ゴムを一種類ないし複数種類用意して、それを指でつまんで食べるのだった。一度に多くて六つ、少なくとも三つは輪ゴムを皿に載せる。輪ゴムにはそれぞれ味の合う酒もあって、その時の輪ゴムに合わせて酒を用意することもあった。

 指につまんだ輪ゴムをひとつずつ口に運ぶ。ひとつ口に入れて、いきなりは歯を立てない。しばらく、輪ゴムが口内の温度と同じくらいになるまであたためる。長くて三十秒、短くて十秒もそのまま待つと、輪ゴムがあたたまると同時に口の中から鼻へ抜けるように輪ゴムの独特な(素人が「ゴム臭い」というような)香りが湧いてくる。この香りが唾液を呼び起こす。香りの特徴というのは、輪ゴムの種類によって全くそれぞれであるのだが、一例として一般的な黄色い輪ゴムでいうと、まずあたたまるまでの香りは乏しい。しばらく待つと、徐々に甘みを感じさせるような香りが強くなり、それを基礎に若干の生臭さがたつ。しかし、それが不快ではなく、鼻を抜けるときにさらにさらにと求めたくなるような、くせになる香りとなる。

 唾液が口の中で輪ゴムと絡まりだしたら、次は歯を立てるときである。最初は優しく歯で輪ゴムを挟み、それから徐々に力を顎に込めていく。最後にはぎゅっと噛み……

(松倉弘城、2017年2月)

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収録電子書籍情報:
『犬を抱いて眠る』
価格:¥380(税込)
著者:松倉弘城(Hiroki Matsukura)、竹内誠也(Seiya Takeuchi)
発行:竹松社(Chikushousha)http://chikushousha.wpblog.jp
販売:Amazon Kindle→https://www.amazon.co.jp/dp/B071DGGRRW/
発行日:2017年4月20日
ISBN:978-4-9909572-9-2

「犬」を抱いて眠るふたり、竹内誠也と松倉弘城が著述したエッセイ、詩、小説、論考の三十四作からなる作品集。
ふたりが抱いている「犬」とはなんなのだろうか―――

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