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カツ丼と落下傘

患者さん宅でカツ丼とお寿司をゆっくり食べている。ゆっくり食べながら言葉を選んで話を続ける。話している相手は患者さんの家族。できる限りのことはしてあげて、悔いを残したくない息子さん。そんな息子に振り回され家に連れて帰ってきても絶対に介護は手伝わないからと話していた息子のお嫁さん。カツ丼の米粒を一つ一つ噛みつぶすように、言葉も丁寧に選び話を進めている。少し笑いも出たり、昔の話が出たりしてちょっといい雰囲気ではないか。病棟から出る時、こんな家族の状態で大丈夫なのかとみんなが心配したその患者宅で、白身の寿司ネタに醤油をつける。隣の部屋ではいつ息を引き取ってもおかしくない母親が少し荒い呼吸でベッドに横たわっている。

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そのちょうど1日前、訪問するのは3回目の居宅介護支援事業所で、ケアマネージャーさんから聞いた話に気持ちは落ち込んだ。3回目にしてようやく話をしてくれたケアマネさん。「先生(僕)の期待は大きいよ。でもこの辺りの人たちは新しいものに飛びつくタイプじゃない。」「どこに住んでいるのか、ちゃんとこの場所に定着してくれるのか、見極めているんだよ」「外から来る人は落下傘部隊と言って急に来て好き勝手やる人たちもいるから」

反論したい自分の考えは別として、どんな思いで臨んでも新しい土地で何かを始めることは厳しいものだなと思った。建物の外に出ると入る前よりもずっと外気は冷え込んでいるように感じた。真冬だったら溢れ出たため息は、はっきりと白く宙に舞っただろう。

カツ丼を食べた翌日、一晩中痰を口から吸い取ってあげ続けた息子さんが居眠りをしている間に、お母さんは息を引きとった。本当に静かに。もしかしたら本人も息子と一緒にちょっと居眠りをするくらいのつもりだったのかもしれない。喧嘩をすることも多かった息子夫婦が一緒に母親を送り出す準備をしている。どんな服を着させてあげるかもう決めていたようだ。

看取りをするとき、家族の意見がまとまらない。在宅ではそんな話はよく聞くが、実は最初から一致している。当事者が自分らしく楽に過ごして欲しいとみんな思ってる。死生観がほんのちょっと違うかお互い見えていないだけ。看取りの場で医療はほとんど必要ない。少しばかり行き先のずれた想いをちょっと束ねるお手伝いをするだけ。

今は毎日待機。今日も必要があれば落下傘部隊があなたの家にカツ丼を食べに行きます。

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