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『キングダム』は死者が生き続けるから面白怖い。

「乱世のリーダーシップ」とか言って、一介のビジネスマンを戦国武将で例える浅はかさへの嫌悪感から、その文脈で近頃使われがちで敬遠していた『キングダム 』のアニメを迂闊に見始めたら止まらない止まらない。超面白いですね。NHKで放送されたからか「エログロ無し」という制約の中、「史実」の説得力と情報量をベースにした物語の力で見事に魅せてくれます。主人公が強敵を前にどうやって覚醒するか「大喜利」の引き出しも豊富ですし、紀元前の中国の王朝や兵法や生活感の描写は知識欲を満たしてくれます。

そして、やはりビジネスにはまったく参考にならなさそうで良かったと安心しています。短期的な金儲けの技術を競う側面が強いビジネスの参考になるような、スケールの小さい物語だったらがっかりです。『キングダム』はむしろ、ビジネスと正反対の価値観を描いているから興奮します。それは「命の伝承」です。

『キングダム』の世界は、文字通り命懸けです。戦場ではじゃんじゃん人が殺されます。将軍は「それだと絶対に死人がいっぱい出るよね」という戦略を選択し、兵士たちは勇んで特攻死するか、嫌がって逃走します。その際の将軍と兵士たちの「命のやりとり」の描写が丁寧なこと、それが『キングダム』の魅力です。「なぜ兵士たちは戦争で死ぬリスクに納得するのか」の解説の物語です。

兵士たちは常に、自分の命の存在価値を自問自答する必要があります。
「仇討ちを果たすためか」「銃後の家族を殺されないためか」「殺し合いに勝ち出世するためか」「自分より強い味方の命を守るためか」などなど…
命の存在理由は兵士それぞれですが、その命の「行き先」をコントロールするのが将軍です。将軍は強い言葉や自らが戦う背中で、兵士の命を導いていく。「個人が勝つこと」だけでなく「集団が生き延びる=命を預ける」ことの価値を訴える。たとえ死ぬことになっても「命を預けた死者は生き続ける」という「命の伝承」の物語へと昇華させていきます。『キングダム』の多彩な登場人物たちが、師弟や戦友として織りなす、数々の「死者の魂は生き続ける」エピソードが、悲しくも鮮烈で、僕たちは面白いと感じるのです。お茶の間でアニメを観ながら。

しかし、お茶の間だからいいのです。水を差すようなことを述べますが、僕がここまで書いてきた面白さの構造はある意味「戦争の美化」です。まずもって、命を他人にコントロールされることは大きな悲しみです。あってはなりません。2000年以上前の中国を描いたエンターテインメント作品である『キングダム』から実社会のために学ぶことが唯一あるとすれば、「いったん戦争が始まったら、命を預けることが宿命的に美化されていく」という摂理です。そして僕は、ちょっとずつ戦争に巻き込まれる可能性が高まっている日本で、『キングダム』が大人気であることに、少しぞっとしたのでした。面白怖いです。

ま、何にせよ、『キングダム』は傑作です。今夜も血を湧かせながら観ます。


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