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君の名は… 「ジャック」 2019/05/20

ジャックとは?
→ケニア人 ニャフルル出身(名前とは裏腹にゆるさの欠片もない土地)

 ランナー兼オイルマッサージ師
 的確に疲労ポイントをついてくる技術を持つ
 2000m×10や30km走など実業団選手並みの練習をこなす




ある日のこと…

15:00に滞在先のアパートに来てもらい、マッサージをしてくれる約束をしていたジャックが時間になっても来ない…

とりわけ自分自身が急いでいるわけでもないし
しばらく待ってみて、来なかったら連絡してみよう。

部屋にいても鳥や虫の音がBGMのように聞こえ、外に出れば濃い緑と赤茶色の大地が広がるケニアの自然に囲まれて生活しているうちに、自分の心に余裕が出てきたのかもしれない。

心境の変化とはまさにこのことか。
「遅刻してくれて、ありがとう」という本があるがまさにその境地に達する自分がいた。(と思う)


そう思いを巡らせている中、
15:20頃ジャックが来た。

OK,予定通りの時間だね(本当は違う)
うん、細かいことは気にしないよ


心の中はそんな余裕で満ちていた。

きっと東京で生活していたときはこんな余裕はなかったと思う。

20分という時間をどう捉えるか。
時間感覚というものは個人によっても、その土地によっても異なるものだと思う。
実際、地元の利賀村にいたときも時間感覚はのんびりしていたし、東京で生活しているときは少しせかせかしていたと思う。

田舎では時がゆっくり流れる、これに国境は関係ないのかな。
故郷の利賀村とそこから遥か遠く離れた異国の地ケニアを重ねる自分がいた。

そんな思索にふけっているのもつかの間、


ジャックが、

隣街のカレンにある銀行にお金を振り込みにいかないといけない。
17:00にセラピーを変更できるか?

と尋ねてきた。
なんでも父親にお金を送金しないといけないそうだ。

これは予想外だった。
ふむ、そんなことを言われるとは予想していなかったよ、ジャック。

期待と実際のギャップに一喜一憂するのが人間という生き物だ。

という以前、本で読んだ学びを身を持って感じられたこと、

話のネタになるから、まあいいか

というポジティブ思考を発動して、

いいけど、
距離的に恐らく17:00は戻れないから、 
17:30でいい?

と聞いたら、

OK!
ありがとう!

そう言った彼とその笑顔をケニアの昼下がりの日射しが少し照らした。
そして、ターミネーターのように「I'll be back」とは言わなかった彼を見送る自分がいた。


ちゃんと17:30に来てね…
次は「遅刻してくれて、ありがとう」という心境にはならないかもしれないから…
自分の願望を彼にのせて、約束の時がくるのを再び待った。

ーーーーーー

時が経ち、
約束の17:30が来た。
しかし、ジャックは来ない。

これはある意味「お約束」なのかもしれないと思った。ケニアという異国でも「お約束」を体験することになろうとは、日本人だというのに一本とられてしまったな。
「お約束」という日本人ならではの技法と感覚を理解しているのか、君は…

と思ったが多分どうやら違うだろう。


ケニアでは
30分くらいは遅刻というカテゴリーに含まれない。
どこかでそんなことを聞いたような、聞かなかったような…
たしかに日本の田舎でもそういう話を聞くこともあるし、あながち間違いでもないだろう。


約束の時間がただ過ぎていく中、
自分の記憶と現在の状況を照らし合わせて、この状況に納得の行く答えを探そうとしている自分がいた。
このような状況に直面した時、
答えというものがあるかはわからないが、自分なりに納得のいく解に辿り着けるかどうかで、当人の気持ちは大分楽になると思う。



「郷に入れば、郷に従え」

今の状況にカチッと音を立ててはまるような言葉が見つかった。

まさか…
それを僕に教えてくれているのか、君は。

これがケニアだよ、日本人のランナーよ。

僕の中のジャックが、静かにそして諭すように僕にそう語っているような気がした。

どんな環境でも冷静な心を失わず、物事に対して対応できるか。

マラソン王国ケニアの強さの一端をまさかこういう出来事から感じることができるとは。
これだけでもケニアに来た意味はあった、そんな気がした。


でも、現実的に考えるとただ遅れている可能性が一番高いことは容易に想像ができた。
それは冷静に考えれば、最もシンプルで、最も合理的な答えだと思う。
ジャックがそんな画策をするほど、屈折した人物じゃないことはわかっている。

どちらかといえば、
走れメロスに登場してくるメロスのように必死になって、この約束の地に今この瞬間も向かってきている。そんな真っ直ぐな心を持っている人物だ。
これはあくまで僕のイメージだが、そう信じているし、そうであってほしいと思っていた。

仮にそうでなかったとしても
僕はジャックに対して失望したりはしない。


君が銀行に行き、そこで目的を完遂したあとに、ブレイクタイムを楽しんでいたとしてもだ。

なぜなら今日君から体験した
期待と実際のギャップを今の僕は極限まで小さくしているから。
最悪、来ないことも想定しているし、メロスのような人物じゃなくても大丈夫、安心して。

そんなくだらないことを僕の中の架空のジャックに話しかけながら、
夕飯の準備でもしようかと思って、
玄関にあるドアをノックする音が聞こえたのが、18:00過ぎ。


ノックする音を頼りに玄関に行くと、そこには待ちに待ったジャックの姿が…


よくぞ、来てくれた友よ…


メロスを待っていたセリヌンティウスの心情が今ならわかるような気がした。(失礼の極み)

でも息を切らして現れるとか、汗を拭うという仕草はみてとれないし、服がボロボロでもなければ、傷だらけということも決してないが、そこは特に気にしていない。(多分)
逆に、よくありがちな急いできました、はあはあ(息切れ)アピールよりも、堂々とやってきた彼のメンタルを尊敬した。


遅れた理由を後々聞いていると、
お母さんが病気で、お金をお父さんに送らないといけないようなことを言っていた。

それなりの苦労があるんだろうなと思ったので、彼の家庭環境や遅れたことについて深く追及することはしなかった。
これが続くと話は違ってくるが…


これが作り話だったらちょっとショック…
でもそんなことないよね、ジャック

なんだか少しうまく韻が踏めたことに嬉しさを感じつつも、
僕は君の誠実そうに見えるところを信じているよ。
お母さんの具合がよくなるといいね。
ジャックには言ってないが、そう思う自分がいた。

次回は約束の時間に遅れそうなら連絡がほしい

と言ったのできっと大丈夫だろう。
(はじめからそうしておけばよかった)

ケニア人の多くが携帯電話を持っている、
ジャックもそのひとりだ。
マッサージをしているときに、けたたましいケニアミュージックが響いた後、電話に出ていたので、電話したらきっと出るだろう。

仮に電話に出なかったとしても、ひたすらかけよう。
君の携帯があたかも楽器なのではないかと思うくらいに。


でも僕も日本に戻ったとき、時間については気をつけないといけないと思った。

僕はケニア人ではないし、ケニアに滞在していただけのケニアかぶれの日本人でしかないのだから。

「郷に入れば、郷に従え」

間違っても、約束の時間に二度遅れるということは日本では許されない…
あと銀行に振り込みをするのは、日本だとスマホからでもできるからね。
ごめんよ、ジャック…

(写真の奥の人物がジャックです)
ちなみに後日、その次のマッサージには30分早く来て、ドヤ顔を披露してくれました。

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