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気晴らしに行ったのに気分が晴れなかった

自分に嘘をつくことが、どうしてこんなに上手なのだろう。夕暮れの海を見ながらそんなことを考えていたら「ある時期に必要だったから身についたことで、今はもう必要ないのかもしれない。自分に正直に生きればいいでしょう」ともう一人の自分がささやいてきた。

「今自分に正直になったら、この海にざぶざぶと入って帰ってこなくなるのだが?」と返したら、そうだね、とだけ答えて以降は何も言わなくなった。


一月の海は寒くて、恋愛シミュレーションではデートに選ぶと好感度が下がるのが相場だが、連休だからだろうか、カップルや家族連れも多かった。江ノ島というブランドなのか、何かのトレンドなのか、理由はよくわからない。

気分が鬱々として晴れないときは夕暮れの海を見に行くことにしているのだが、今日は効果がなかった。そういえば前回もそうだった気がする。違うやり方を考えなければいけないのかもしれない。海の写真や動画を撮る私の前を無遠慮に横切る人に苛立ちながら、冒頭のようなことをぼんやりと考えていた。


悲しくも、私は『自分を殺して相手に合わせる』ことが上手だなと感じる。昔に比べれば随分と正直にモノを言えるようになったとは思うけれど、特にプライベートでは、アサーティブな‪──‬自分も相手も大切にする‪──‬自己表現が苦手だ。相手がどう思うか、どう感じるかを必要以上に読んでしまい、自分が我慢する苦しさと相手が満足することに対する自分の喜びを天秤にかけて、後者のほうが大きくなるようにバランスを取ることのほうが多い。
これは「優しい性格だから」というより、家庭のなかで"お利口さん”であることを求められてきたからなのかもしれない。知らんけど。


自分の発言が好意的に受け止められるか、否定的に解釈されるか、あるいは中立か‪──‬。私は、それらを考慮してから言葉を選び話すことが習慣になっている。ほとんど無意識の行為として染み付いているし、会話ではもはや反射でやっているとさえ言えるかもしれない。メールやチャットツールでの文章でも、文法の誤りはもちろんのこと、読み手がどういう感情を以って受け取るか、解釈に幅のある箇所はないか、前後の会話と矛盾はないか、補足すべきことはないか等々、文章を綴る思考と並列で、文章を推敲するプログラムが動作する。
これに加えて、読み手の反応や行動をシミュレーションするプログラムまで並列に動作する。このシミュレーションが出力した結果を受けて、文章を綴る思考は内容を修正し‪──‬と、メールひとつ書くだけでも、私の脳内ではかなり複雑な処理がされている。付け加えておくと、シミュレーションされるやりとりは1往復分ではなく、少なくとも2〜3往復分である。

こういうややこしい処理が逐一なされるのは、おそらくは先に述べた”お利口さん”気質によるものだと思う。波風を立てずスムーズに物事を進める。厄介者として扱われないように、相手に手間をかけさせないように振る舞う。聞き分けのよい人間として振る舞う。そういう、求められることを先読みして、自分をその枠に納めるように行動することが、悲しくも習慣づいているのだと思う。(もちろん、読みがいつも当たるわけではないのだが。)

そういうわけで、私は人間関係に対しては、詰将棋を解くように「論理的に最善手を指す」ようなことをしている。完全にふざけているように見えるTwitterのリプライでさえも、実は『相手が不快にならないためのノウハウ』に基づいており、数学の問題を解くように文章をつくっている。(誰の役にも立たないので、わざわざ言語化しないが……)


そんな私でもシステマチックに生きていくことに虚しさを覚えたようで、ここ2〜3年は詰将棋ではないコミュニケーションができる関係がほしい、と感じるようになった。シンプルに言えば、恋人が欲しい。

ただ、諸事情あって‪──‬事情のひとつは前回noteに書いた内容である‪──‬恋人をつくるにはほぼ詰んでいる盤面からスタートせざるを得ないし、なんとか指し手を見つけて前に進んだとしても、ほぼ失恋する筋が見えている相手に恋心を抱いてしまった。

この状況での最善手は『全く気のない振りをしながら恋愛感情が冷めていくのを待つ』だと思って、そういう行動をしていたらいつの間にか数年経ち、恋愛感情は冷めるどころかより深い愛情になってしまった。目の前には相変わらず詰んだ盤面があり、ただそれを見つめて憂鬱な気分になっている。

「自分に嘘をつくことが、どうしてこんなに上手なのだろう」という冒頭の言葉は、こういう思索の後につぶやいた言葉である。そして、自分に嘘をつくのが上手なので、沖合の海底を目指してざぶざぶと海に入ることはせず、乾いた服で帰宅した。

子どものように、結果を怖がらずに感情を表に出せたらいいのに、と思う。ただ、実際にそれをやると、本当に残念な結果になってしまって、自分も相手もどちらも大切にできなかった……と後悔しそうである。

どうすれば、相手を大切にしながら、自分も大切にできるのかなぁ。



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