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自分を尊重する、というシンプルな心の鉄則

今回はゲームをとっかかりに「心」についての(自己尊重ができなくてジタバタしていた過去の自分を分析する)話です。
どこかのだれかのヒントになれたら嬉しいとも思うけど、それより単純になんだか自分のために書きとめておきたいと思ったある種の自己否定や罪悪感、疎外感の仕組みに関する考察なので、メンタル系の話に興味のない方、そういう話題が苦手な方はスルーしてください。

先日、来年発売予定のFINAL FANTASY VII(以下FF7)リメイク版のトレーラー(FINAL FANTASY VII REMAKE for E3 2019)が発表されました。

エモーい!
観ていると沸き起こってくる、胸が焼け付くような、怖いような、懐かしいような、なんとも言えない気持ち。絶対プレイしよう。今度は自分がプレイヤーとして記憶を作り直そう(プレイできなかった昔の自分のために)。
往年の名曲の旋律とともにぼんやり動画を眺めながらあらためて思ったのは、かつて心のダンジョンに迷い込んでいた自分自身の意思と自尊心を取り戻す試行錯誤の傍にずっとあったのがこのFF7だったなぁ、ということ。。。

二念を継がず

ところで、「何よりもまず自分の意思や感情を尊重する」というのはとてつもなく大切なことだなぁと今とみに感じます。別にやたら声をあげて主張(行動)しなくてもいい、ただ単に嬉しいことを素直に嬉しい、嫌なことを素直に嫌だ、と思うだけのこと。最終的に自分の意見を通すか通さないかは別として、自分がそう思うことを許し尊重する、ということです。

「二念を継がず」という禅の言葉があります。 それはたとえば・・・
大勢の中で自分1人だけベタ褒めされ『嬉しい!』と思ったものの、『みんなの気持ちも考えず私だけキャッキャ喜んでたら嫉妬されたり無神経な人間だと思われたりするのでは・・・』と考えてしまったり、
「あなたの能力が低いせいでみんなが迷惑している」と言われ『ひどい!傷つく!』と感じたのに、『でも確かに能力低くて迷惑かけてる自覚があるからたぶん私に非があるし、傷ついたなんて言えた義理じゃないよね・・・』と考えてしまったり、
このように最初の気持ち(一念)のあとに『でも・・・』という雑念(二念)を継がない、ということ。一念を感じたところの現実を全力で味わえ(今を生きよ)いったところでしょうか。この習慣は心を満たすし不安を軽減するはず。私もよく二念を継ぐけど、でも二念の内訳はよく見てみると自分以外の誰かや何かのものさしだったりする。

誰かのものさしで生きる必要はない

そもそも、「何よりもまず自分の意思や感情を尊重する」以前に『自分の意思や感情なんかをものさしにしてもいいの・・・?』と不安になるほど他人や社会(『人に好かれるには』『世間的によく思われるためには』『親はこう言うだろうから』etc.)が自分より優先順位的に先に来ている他人ファースト状態の方も少なくないかもしれません。
でも他人や環境はどこまでも不確かなもの。それを第一の基準にして行動・努力しても、振り回され疲弊してしまう。しかも常日頃から他人の声を自分自身の声より優先していることになるので、当然自尊心は傷つくし自信もなくなっていくはずです。
得体の知れない罪悪感があるなら、その正体は「自分を否定/無視している罪悪感」かもしれない。
疎外感や空虚な気持ちが増すばかりなら、それは「自分が自分によって仲間外れにされている寂しさ」かもしれない。
なんか長年モヤモヤしててずっと寂しいし疲れている・・・という場合は、いちど人の声を「えーい」と全部ぶん投げ、とりあえず自分の気持ちを(声に出して言ってみるとかして)正面から認識してみる、という単純なことが、(一見孤独で無意味な作業のようでいて)実は孤独の一番の解消法なのではないかと思います。そして、それをするのに遅すぎることはない!

子供時代からの自縄自縛ルール

家庭教育や自分自身の性格などいろんな要素がいろんなタイミングで作用して人の信念や指針は形づくられますが、私の場合は小さい頃から「人に評価され、好かれる人間になる」という、なんとも砂上の楼閣感のある人生の指針を持っていました。思春期以降、謎の罪悪感と疎外感に長いこと悩んでいたのですが、それは「勉強ができる」とか「絵が描ける」とか「ピアノが弾ける」とか、人から一目置かれ好意的に評価してもらうことで自分に点数をあげる、という無意識の習慣からきていたように思います。私は勉強も嫌いではないし絵も音楽も好きだったし、幸いできるほうでもあったので、小さい頃は良かったものの、小学校高学年になると自我の発達にともなって学校社会の様相も複雑になります。何かができると逆に嫌われる、意見が違うから冷たくされる、そもそも興味を持たれない、など「人に好かれる」を成し遂げられない場面がどんどん増えます。すると、外からの評価でしか自分に点数をあげられないと、次第に自分の価値が下がっていくかのような錯覚を覚え自信も失ってしまいます。そんなわけで、中学生になる頃には『昔より十分に評価されず、十分に好かれていない。この、ありのままの状態の自分では安心できないし、この先も安心できる気がしない』という不安に駆られるようになり、なんとなく人の気を引き、評価され、好かれるための「鎧」を探すようになっていました。

余談ですが、「十分な」の基準は人それぞれどこまでも主観的なもので、世の中で言うところの十分な評価、十分なお金、十分な成功、十分な幸せ、といったものはぜんぶ幻想、というのが持論です。足るを知れば常に豊かにあるけれど、「足りない」「もっと」と思えば永遠に満ち足りることなく追いかけることになるような。

「人に好かれる人間になる」というお題目を「自分に好かれる人間になる」に微修正すれば万事が解決したように思いますが、私の場合はこれが親子関係の昇華にかかわるテーマで、当時(思春期13歳の一人っ子@3人核家族生活中)の自分にはハードルが高かったかなと思います。そして、その解に至り、かつ腑に落ちたのは20年ぐらい後でした。

「純粋な好き」と「依存」が混在する、過剰にハマる心理

FF7が発売されたのは、中1の三学期のとき。
うちはゲームが禁止だったので人の家でプレイ画面を横から観ていただけなのですが、御多分に洩れず革命的な画面に感銘を受けました。その世界観にひたすら夢中になり、恋?むしろ依存?と言っても過言ではないぐらいにブーストがかかりはじめます。

もともと絵を描くのが好きだったのもあり、塾から帰宅し家族も寝静まった静かな深夜、キャラデザインの資料を見ながらその日一番の集中力を使いイラストを模写するようになり、それまではらくがきちょうの黒ペン線画だったのがアクリルガッシュのカラー画にレベルup。オリジナルサウンドトラックも繰り返し聴くようになり、和音にも展開にも音色にもメロディーにもマニアックな好きポイントをどんどん見出していきました(この曲のテーマ1小節目の3拍目の「ハー」という冷たい息みたいな音がたまらない、とか)。
ただ同時に、いくらキャラデザインや設定やストーリーを知ろうがそもそもプレイしてないわけで、なんだか核心部分がすっぽり抜けているような不毛さと寂しさを感じてもいました。うちは超絶厳しくゲーム禁止令が布かれていたのでプレイは諦めていたのですが、手に入れられないから更に想像力を掻き立てられたし作品の世界観にますます夢を見て焦がれた部分もあるかもしれません。

私には小さい頃から仲良く育った子たちがおり、彼らの家にはマンガも、ゲーム機もいろんな種類があり、同年代のきょうだいどうしでワイワイしているのがいつも楽しそうに見えていました。そして、ほとんどきょうだいのつもりで一緒に遊んでいても、夕食の時刻がくると私だけ1人、ゲームもマンガも禁止で同世代のいない、もし意見が対立したら(大人2対子ども1なので)おおかた敗北が約束されているわりと厳しい家庭に帰らねばならなかったので、その子たちが夢中になっているもの、楽しそうに遊んでいるものが常に眩しく魅力的なものに見えていました。

FF7もまたそんなふうに眩しく輝いているものの一つでした。そして、みんながわいわい楽しんでいるような眩しく輝くものは自分を守る「鎧」でもありました。
その頃から私はどんどん、オタク化(と言うには知識的におこがましいレベルの浅さですが・・・)し、FF7の他にもいくつかのタイトルにハマり没入していきました。ちょっとコントロールが効かない感じに。
同時に気持ちがいつもわりと混乱しており、自分がどこか悲しく、気持ち悪く、怖く、後ろめたく、虚しい、大変複雑な気分でした(そしてそのアンニュイな気持ちを強く感じるほどゲームの世界観に没入していたように思います)。当時の私は、自分のこの心理状態を客観的に見ることはできませんでした。

FF7を好きになったのは、純粋な「すごい!やばい!」という感動からでした。もう少し丁寧に言うと・・・目にした画面と耳にした音楽にものすごく魅力を感じた(キャラや世界観のデザイン、そして世界観にマッチした曲たち)し、それを具現化したひとたちの創造力・技術力に圧倒され感動した(当時としてはそれまで見たことなかったような画面はもちろんセフィロス戦の曲「片翼の天使」の革新性なども衝撃でした――RPGのBGMで、こんなに展開し、重厚でクラシカルで、しかも生声の合唱を取り入れた曲があるなんて!しかも画面も相まって怖い)、というようなこと。ここまでは、「一念」。
でもそれ以上の「依存」とも言えるほどのブーストっぷりは、「二念」に依るところが大きかったのだろうと思っています。

当時の私の「二念」はこうでした。
「(私の「好き」という感覚だけでは大丈夫かどうか疑わしいけど、)〇〇ちゃんも夢中になっているから、楽しくて間違いない作品のはず」
つまり、自分の素朴な思いだけでは心もとなく「この選択がアリかどうか判断できない」ので、他の誰かや社会の反応(人の気を引き、評価され好かれるための鎧)で担保しなければ、という不安です。
言い換えれば、単に「好き」や「素晴らしい」と「思う」ことさえ自由にできていない、ということです。なんだかクラクラしますが。
ここで書いた「〇〇ちゃん」というのは主に前述の、私に取ってはいわば常にマイブーム、アワーブームの発信源であった、小さい頃から仲良く育った子たちのことです。

折れた「柱」とその余波

いずれにしろ音楽も絵も好きだった私は、自分が好きな何かに没頭することで心の安寧を断続的に手に入れつつも、結局は自分以外のものさしに過剰反応してしまい自己嫌悪と疑心暗鬼で内心ヘトヘトになる、という燃費の悪い日々を送っていました。
そんな中2のある日。
おそらく自分の絵や好きな作品を誰かに認めてもらいたい気持ちがあったのでしょう、私は塾の自分の席の横の壁にイラストを落描きし、それをきっかけに違うクラスの誰かとの筆談が開始します。
次の授業の日に見ると、「あなたオタク?」という質問が絵の横に書かれていました。「No」と書いたら話は終わるだろうな。しかしコミュニケーションの続きが知りたくて私は「Yes」と書いたのでした(飛んで火に入る夏の虫感)。
果たして、次に返ってきた言葉たちは人生でかつて浴びたことのなかった罵詈雑言の数々でした。詳しい言い回しはもう忘れてしまったけど、「気持ち悪い」「英語で書くな汚い」「お前の味方はいない」「消えてくれ」というような内容。そして横に「by3年女子全員より」。血の気がさーっと引いていくのを感じ、なんだかちょっと時が止まった後、私はその一連のやりとりを思わず消しゴムで消していました。

それは幼少期からずっと果たそうとしてきた「人に好かれる人間になる」というミッションの決定的な挫折の瞬間だったと言えます。
私はパニックになり、帰宅すると、中学入学以降夜な夜な描いてきた自分のすべての絵を細かく破り、イラストに関する資料や冊子も引きちぎって、黒いゴミ袋に入れて捨ててしまったのでした。
マンガも、そしてゲームやアニメのサントラもほとんどすべて、さらには、なぜだか初めて買ったものも含め他のCDも大量に(ほんとになぜなんだぜ・・・)あげるか売るかしてしまったのでした。今、持っていたはずの貴重な音源がなくて後悔することもしばしば。

通っていた塾はみんなわりと目標の高校がかぶっていたので、志望通り進学したらおそらくこれを書いた先輩も待っているだろうという予測は私を暗澹たる気持ちにさせ、そして誰かこの席を確かめに来てなんらかのイジメが始まるのではないか、という恐怖にしばらく怯えていましたが、以後壁からは音沙汰なく、何事も起きませんでした。
ただ、私はその頃を境に、なんともない様子で会話している相手も心の中では私のことを蔑んだり悪意を持ったりしているのでは、とか、笑い声が聞こえるたびに自分が嘲笑われているのでは、という疑心暗鬼が頭から離れなくなり、またこの心の動きが大なり小なり自分の挙動・雰囲気から漏れ出して周りの人々に伝わってしまっているのではないか、そして明確な証拠がなくともそう感じずにはいられない自分自身も卑しい人間に思えて仕方ない、という、自己否定・罪悪感・疎外感のデフレスパイラルに突入していくこととなります。どうにかしてこの鬱々とした思考回路から脱したいとあれこれ考えるも「私は最初から存在しなければ良かった」以上の結論がなかなか出せないまま、しばしば精神科にお世話になりながら15年ほど自尊心を回復するための試行錯誤をすることになります。詳細は割愛。

ベクトルの向きが変わる時

そんなわけでとにかく20代は、自分にまとわりつくこの自己否定や得体の知れない罪悪感・疎外感の出どころは何なのかずっと考えていました。人間的にダメで甘ったれているからだ、考え方を変えられない私が悪いんだ、などと自分を責めてみても心は晴れないばかりかますます苦しくなるだけなので、感情を入れずに客観的に分析して解決できないものかと思いました。大学で心理学を学んでいたから、親由来の「禁止令」が根強すぎるんだろうとか、クリニックでSTAIやWAISやロールシャッハなどの性格検査を総合的にみて考察してもらったり、それでちょっとADDの傾向も指摘されたり、アダルトチルドレンだとか、いろんな説明の仕方があったし、また、ある程度説明もできたし、実際それらに随分助けられました。
でも霧が晴れることはなく、この気持ちは軽減はしたとしてもおそらく消えることはないのかも、と思いました。一生付き合っていく類の、私に欠陥があるがゆえの仕方ない憂鬱なんだ。このうえは、この面倒臭い気持ちはなるべく、俯瞰して音楽などの表現に昇華できるとき以外は日常生活でむやみに外に出さないように、とにかく憂鬱を伝染させて人に迷惑をかけるようなことは避けなければ(『みんなに嫌われて孤独になりたくない』)、と思っていました。

ところが、そのことで自分にすっかり染み付いた「隠さなくていいところも隠し、気にしなくていいところも気にしながら恐る恐る語るクセ」は、音楽の仕事をするようになり、さらに自分のラジオで喋るという場面で、たいへんネックになりました。私の思考の優先順位はもろ他人ファーストになっており、なんなら時として「自分の気持ちがよくわからない」レベルでした。そして、ディレクターさんとのやりとりの中で、体裁をいくら取り繕おうと「自分が素朴に思うことを伝える」という当たり前のことができなくてはスタートラインにすら立てない!自己否定したままではうまく喋れない!と気づかされます(ラジオは声だけだからこそ、話し手の心がリスナーさんに如実に伝わるメディアだと思う)。これはきっと「いい加減、そんな自分の頭の中だけでぐるぐる考えて騙し騙しやってないで世界と正面からぶつかって生き始めなさいよ」という運命からくらった愛のムチだったんだな、と思っていますが、とにかくどうにかして自己肯定しないと目の前の放送をちゃんとできない、そしてこの壁は今クリアしなければ永遠に目の前に出現し続けるはず。。。そう切羽詰まったことで初めて「世界中の全員を敵に回しても、私は絶対に私の味方でいよう」と決めたのでした。それでとにかく鏡に向かって「ごめんね、ごめんね、今までつらかったよね、これからは絶対味方だからね」と夢中になって話しかけながら涙が滝のようにどばどば流れていたのを覚えていますが、その日を境に、世界の見え方はがらっと変わり、消えないと思っていた憂鬱が嘘のように日に日に薄れていったのでした。もちろん長年の思考の癖があるのでときどき行きつ戻りつするわけですが、1年経つと思考回路はだいぶ別人になります。まじか、働きかける方向は外じゃなくて自分だったのか、と思いました。
今となってみれば、よく言う「無駄なことは何一つない」は本当だなと思うし、起こった出来事は全部形を変えた愛だったのかもとすら思います。

シンプルな心の法則

ではひるがえって、記憶を巻き戻し、前述の中学時代の私が感じていた「自分がどこか悲しく、気持ち悪く、怖く、後ろめたく、虚しい、大変複雑な気分でもありました(そしてそのアンニュイな気持ちを強く感じるほどゲームの世界観に没入していたように思います)」という気持ちはいったいどういう状態だったのかと考えてみました。

あることを基準に見ていくと、紐が解けるように、複雑に感じていた当時のアンニュイな気持ちの出所がわりとシンプルだったことに気づいていきました。その基準とはつまり“「何よりもまず自分の意思や感情を尊重する」をできていただろうか?”

何かにハマりながらも「自分がどこか悲し」かったのは・・・
自分の声よりも自分以外の声を常に優先し、自分の声を尊重してあげられていなかったから。

「どこか後ろめた」かったのは・・・
他の誰でもない自分をなおざりにしていることへの罪悪感。

「自分がどこか気持ち悪」かったのは・・・
ただ思う/意見を言うだけのことにさえ虎の威を借りずにはいられない(誰かの意見や思いを後ろ盾にせずにはいられない)自分への軽蔑。

「虚しい」のは・・・
ゲーム自体をプレイしていないからというのもあるけれど、それよりも「自分のために夢中になりきれない」虚しさ。
自分自身が好きでやっていることでも、ふと集中が解けると「これは人に好いてもらえるだろうか」「世間的に評価されるものだろうか」という思いが常につきまとう。この夢中になっていることを、いったい私は誰のためにやっているの?という不毛感です。

「怖い」のは・・・
これに夢中になることで人に嫌われたらどうしようという不安。同時に、心の穴を埋めようとせずにはいられない、どんどん何かに依存、暴走していくかのような自分自身に対する怖さ。

「アンニュイな気持ちを強く感じるほど没入していた」のは・・・
そのアンニュイな気持ちを忘れられるのがまさに、イラストを夢中で描く、音楽を夢中で聴く、という「好きなことに没頭している時」だったから。

つまり、ほぼ自分をないがしろにしていたことに起因する感情だったのです。自分で自分の意思や感情を尊重することで自分は満たされます。しかしそれはせずに、自分を満たしてくれるものを自分の外に探しに行く。でも探しても探しても満たされない。だから不安。そしてその消えない不安は、何かに没入することでしばし忘れられる・・・そんな仕組みだったのだと気づきました。Q.E.D.

おそらくここに書けていないたくさんの要素(家庭環境、得手不得手、性格、趣味趣向など)にも影響を受けたんだろうなと思いますが、以上が私のサンプルです。
汎用性のある数式がシンプルで美しいように、「何よりもまず自分の意思や感情を尊重する」というシンプルで当たり前のことが鍵だったんだ、ということにだいぶ遠回りしてたどり着いただけの話とも言えますが、本当これに尽きます。繰り返すけど、必ずしも声をあげて主張し(行動に移さ)なくてもよくて、ただ単に嬉しいことを素直に嬉しい、嫌なことを素直に嫌だ、と「思う」だけのことだと思うのです。そしてそんなふうに自分を尊重できる人こそが人のことも尊重できるし、そういう人の側にいると気持ちいい。

自己否定から抜け出せない感覚とか、低い自尊心、罪悪感、疎外感etc.、それに悩む日々でさえ決して無駄ではないにせよ、生きることって誰しも本来自然で楽しく健やかなものなのではないかなと思うのです。

余談

浜口史郎さん編曲・本田聖嗣さん演奏の「Piano Collections Final Fantasy Ⅶ」の音源を愛聴(今も聴いてる)し始めたのは、中学時代のくだんの事件から数年経ち、大学受験の浪人生活を送っていたころでした。ピアノスコアも買っていくつかの曲をかなり弾きまくっていましたが、そのとき、やっぱりすごく魅力的だし自分にとって切っても切れない大切な曲たちだなあと思ったのでした。
さらに時が流れ、去年・一昨年担当していたラジオ番組では、番組にゲストに来てくれたシンガーソングライターのヤギフミトモさんと「FFやドラクエのあの曲かけたいですね〜!」と無邪気に盛り上がったのを発端に、月に一回は番組まるまる全部ゲーム音楽特集をやったりもしていました。小さい頃横から見ていたゲームの曲は時が経っても相変わらず懐かしくて愛しかった。
好きなものは好き。本当に本当にとてもシンプルなこと。いろいろあったとしても、楽しかった記憶やワクワクした記憶までなかったことにしてしまわないように、ぜんぶひっくるめて大事にしていきたいなと思う今日このごろです。

さっき、20年ぶりにFF7のキャラを描きました(レッドXIII)。
模写でもいい、オリジナルでもいい、絵だってもっと楽しんで描いててよかったんだよね。これからはそうしよう、と思ってます。

ありがとうございます!糧にさせていただきます。