嵯峨直樹 『みずからの火』(角川書店)

菜の花に織られて金に匂いたつ暮れのなかぞら広々として


やわらかに気配はおりて常闇の櫛の歯ぬらす水のぬくみよ (常闇=とこやみ)


あかときの温とい水の律動に洗われている銀色の櫛 (温=ぬく)


ひとという火の体系をくぐらせて言の葉は刺すみずからの火を


暗がりの白いかたまり魂の優しくにがい部分を帯びて


髪の毛に触れれば自死の冷ややかさ一夜をかけて燃えている川



なかぞらのこと。営みのこと。影、光(かげ)のこと。それもできるだけ輪郭が芽生える以前に遡って。わたしのものでも誰のものでもなく。ここにいる生きものたちは今も、これまでも、関与しながら、欲動を自分で燃えたぎらせ煮詰めつづけてきた。そうして存在はそれぞれになった。不自然でないと、縛られていないと生きられないで、なかぞらの一部として漂ってきた。血なまぐさい欲動をありかとして、やっとすこし霧は姿をみせる、うごく。


ここに揺れ、寄せられ、停泊する言葉を追う。溶け込もうとする心が芽生えるように思う。自律的な営みや意味性にとらわれるばかりでなかぞらへ遡れずに吹き溜まってきたものをみとめる、そのなかにある植物性や他律性が刺激される。何かふいにすべての生命に見つめられていたことに気づき、突き放されて安心するような思いになる。


何なんだろう? と思いながら読む自分の心がうるさいと思う。何なんだろう? と思いながらも浮かんだイメージは、人の身も心も裏返り、自分ももつはらわたや血も裏返り、街や空に散って溶けてゆくさまだった。または深夜にもれる声のような息のようなものを通して出る魂が包まれたフキダシの姿。


人の抱えるこの執着は何なのだろう? この温もりが何によって冷まされ、何かの営みを、だれのために何故保つことができているのだろう? というようなことも思った。

火を人は太古から味方だと思い、そのように扱い、畏れ、さまざまなしかたで深く関わり、知ろうとしてきた。「みずから」というのはこのわたしのことではなく、火をもつことで灯したり焦がしたり、顕せたりするなにか、根のようなもの…という度に遠のく何かのことかと思う。

くらくらしながら読む。1ページにつき1首組の見開きに載せられもつれ合う言の葉のあわいに張られた糸に連れられ、まだ遠く思い出せるよと曳かれるような感覚を…と書けば嘘になる体感を、言葉の律動を思った。



嵯峨直樹 歌集『みずからの火』(角川書店)


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