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父と数学

88歳の父が亡くなった。

高校生の私は反抗期で父とほとんど口をきかなかったし、あれこれ言われてうっとうしいと思っていた。私は2人の兄たちとは10歳前後離れた遅くできた女の子だったから、父も色々言いたくなったんだろうと今では思う。それに反抗していたわけだけれど、それでもやっぱり私は、父から大きな影響を受けた。

父は昭和ひとケタ生まれながらも、女の子の教育については先進的だった。

「ずっと仕事を続けていけるようになりなさい。結婚しても、相手が死んじゃうかもしれないから」と小さい頃から言われた。
そして、理系志望だったのに数学がさっぱりできない高校生の私に、
「女の子は数学ができないなんて、うそだよ。苦手なのは気のせい」と言い続けた。

単純な私は、そうか女子のせいにしちゃいけないなあと数学と物理ばかり勉強していた。それでもさっぱりできなかったけれど、まあなんとか希望だった理工学部に進むことができた。大学を卒業するころには、同級生たちに比べて理系センスがないと自分で認めてエンジニアの道は諦め、出版社に入社することになったが、大学はとても楽しかった。

高校時代に父が、「女の子なんだから理系じゃなくてもいいんじゃない?」とか「女の子だから数学はそこそこでいいんじゃない?」とか言っていたら、怠け者の私は早々に理系進学を諦めていたかもしれない。そうしたらテクノロジーの世界のめくるめく面白さでワクワクしたり、その面白さを本で伝えるという今の楽しい仕事とは別の道を歩んでいたんじゃないかと思う。

父が亡くなってから、そう言えば『ファクトフルネス』に数学の点数のグラフがあったなあと思い出した。アメリカの大学入試(SAT)の数学テストの点数の分布だ。平均点で比べると、男性の方が女性より点数が高い。でも、点数の分布をみれば、男性より数学ができる女性もいる。ステレオタイプの決めつけで女の子の選択肢を狭めたら、もったいないと思う。父に感謝しなければいけない。

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グラフをよく見てみると、男性の(数学の)点数のグラフと、女性の点数のグラフはほとんど重なっている。(中略)男性と女性も、分断されてはいないということだ。2つのグループは重なっている。(『ファクトフルネス』より)

父はこの『ファクトフルネス』が売れたことを喜んで、入院先の看護師さんたちに娘が編集したと言いながら渡していたそうだ。「見せたら取られちゃったよ」とか言ってたそうだけど、むしろ押しつけていたんじゃないかと思う。私にはそうは言わなかったけれど、次兄には渡すために何冊も買わせていそうだ。みなさんのおかげで、最期に少しは親孝行ができたかもしれない。


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