ニュースメディアの新しいビジネスモデル − スウェーデンから 3 <報道>

セコイア・キャピタルのパートナー、マイケル・モリッツもその先鋭的なビジネスモデルで、世界中の新聞社の一歩先をいくことを認めたスウェーデンの大手日刊紙ダーゲンス・ニュヘテル。4回連載レポートの第3回。

責任ある市民として読んでおくべき記事

今年1月に公開されたNHKのインタビューで、ニューヨーク・タイムズのバケイ編集長は、自らの目指すところを以下の通りまとめた。

「読まないといけないと感じてもらえる記事をあらゆるテーマで書き続ける。それが私の目標です。責任ある市民として、社会のあらゆることを判断するために読んでおくべき記事を書くのです。」

調査記事か分析記事かにかかわらず、また政治的信条がなんであっても、すべての人が読むべきと思う記事を提供することを目指すニューヨーク・タイムズ。今、世界中の300万人がこのメディアが提供するデジタル・コンテンツにお金を払う。

高品質ジャーナリズムを掲げるダーゲンス・ニュヘテルも、彼らにしかない取材力と吸引力のあるジャーナリストが提供するコンテンツで、稼ぐ力を磨いている。SNSや無料のニュースサイトではなく、人々がお金を払ってまで読みたい内容とはなんだろう?

高品質ジャーナリズムとはなにか?

ペーテル・ヴォロダルスキが編集局長に就任した2013年、彼は「事実として信頼性の高いニュースを伝えるだけではなく、今後は出来事を掘り下げた濃い内容のジャーナリズムに投資していく」との方針を宣言した。

「このデジタルの時代に誰がそんな長く重い内容の記事を読むのか?」と、当時冷ややかであった記者や編集部員からの反応は、今の編集局にはない。

掘り下げた取材記事とは、例えば2014年のウクライナ騒乱当時、記者を現場に1年近く派遣するという思い切った投資から生み出された数々のコンテンツであったり(このときダーゲンス・ニュヘテルはGoogleと一緒にVRコンテンツも提供している。またVRはその後も継続してつくられている)、最近であればシリアでのISに関わる取材などがある。

今、この国では、ISの戦闘員となるためにシリアに渡ったスウェーデン人たちの子どもを、スウェーデンが国としてどう対処していくかの論争が巻き起こっている。

戦闘員を志願してシリアに渡った親の多くはすでに死んでおり、残された子どもたちは食べ物や医療が行き届かない状況の中で暮らしている。そして、栄養が足りず、ひどい衛生状況下で暮らす小さな子どもたちも次々に命を落としている。親の信条や行動はどうあれ、子供には罪はない。この子達をスウェーデンに帰国させるべきなのか?の熱い議論が巻き起こっているのだ。

ダーゲンス・ニュヘテルは独自のルートで現地へ記者とカメラマンを送り込み、実態を取材。ロングリードの記事として、先週の金曜日に記事を公開した。同時にビデオも作成し、SNSで記事の広告的に投稿している。動画の内容は強烈で、観た人は記事が読みたくなり、記事を読んだ人は感想をまたSNSで拡散するだろう。

この記事のペイウォールが、最初はどう設定されていたかはわからないが、前回に書いた洗練されたアルゴリズムにより、最適なタイミングでペイウォールの内側に置かれたであろうことは想像にかたくない。

もちろんFacebookにアップされた動画をみただけで満足した人が大多数であるのも間違いないが、ダーゲンス・ニュヘテルが強力な動画を提供していることは拡散していく。(下記はFacebookにアップされた動画)

明確化されたビジネスとジャーナリズムの関連性

ダーゲンス・ニュヘテルは記事のパフォーマンスを「トータル・エンゲージメント指数」として数値化し、広く社内でシェアしている。そのための「Inblik(インサイトの意味)」というツールを内製した。これについて、マーティン・ヨンソン編集開発部長が最近のインタビューで話しているので紹介しよう。

数年前までは、ダーゲンス・ニュヘテルに限らずどこの編集局でも、クリック数やコンバーション率といった記事のパフォーマンスに関するあけすけなデータを、全員でシェアすることに抵抗感があった。

それが現在では、データ・ドリブンな意思決定こそ行っていないものの、だれもがデータ・インフォームドな環境で働くことに慣れたという。

組織として目指すのは、デジタル購読へのコンバージョンを高め、チャーンを低く抑えることによりデジタル購読収入を増やしていくことにあり、すべてのデータ分析と意思決定がここを中心にまわっている。編集局長はサブスクリプション事業の責任者でもあるのだ。

例えば下の図は、気候温暖化のストライキを続けるグレタ・トゥーンベリに関する社説記事のパフォーマンスを示したものだ。このタイミングではペイウォールの中に置かれているこの記事は、この時点までに18万回以上の閲覧があり、読者はこのページに平均2分以上滞在している。

この記事で64件の課金コンバーションが行われ、Facebookでは2万6000回以上シェアされていることがわかる。トータルのエンゲージメント指数は星3つと分類されているので、まぁまぁのパフォーマンスだったようだ(星5つが最高)。

INMA.orgより)

続いて下の図はトータルエンゲージメント指数ランキングを色分けし、サイトのランディングページ記事のパフォーマンスをひと目で理解できるようにしたもの。記事の上にはCTRと平均滞在時間が記載されている。

INMA.orgより)

ダーゲンス・ニュヘテルではないが、親会社(ボニエ)が一緒のタブロイド紙のエキスプレッセンが、同様のエンゲージメント力分析ツールを使っており、マーケティングと分析の責任者がツールはGoogleアナリティックスをベースにしていると述べている

「精度としては85%くらいのものかもしれないが、これで充分だ」と確信しているようだ。エキスプレッセンの場合、記事のパフォーマンスは社内のいたるところに合わせて280設置されているスクリーンで絶えず更新され、記者は自身の記事に関する数値をSlackのbotからも受け取る。

2017年末に紹介された下記のダーゲンス・ニュヘテルの編集者用ダッシュボードは、現在はUIが変更されているそうだが、各記事のKPIと読者のエンゲージメント度がひと目で理解できるようにつくられている。

DNのウェビナー資料より

組織横断のデジタルファースト作戦指令室

さて、2017年にSpark Beyondと200を超えるチャーンに影響を与える要因因子の顕在化させることに成功したところから、読者エンゲージメント向上のために上記ダッシュボードで毎日の編集内容を改善していくフローが完成するまで、ダーゲンス・ニュヘテルはどのような道をたどったのであろうか?

まず、チャーンに影響を与える要因の改善を、毎日、具体的に行っていくためにクロスファンクショナルな「戦場作戦指令室」が立ち上げられた。

毎朝、すべての部門からのステイクホルダー全員で問題点と解決方法を話し合うために15分の会議がもたれ、さらに週一回、改善のためのデモ施策のシェアの時間を30分確保して、これを毎日、毎週続けた。

チャーンが改善されはじめた時、部下に「戦場作戦指令室はいつ解散の予定か?」と聞かれたヴォロダルスキは「これは一時的な戦法ではない。デジタル購読収入に軸足を移した我々は、この戦いかたをこれからずっと続けなければいけない」と答えている。

デジタルの購読者を増やすのは、課金メニューをどうつくるかというセールスだけの問題でも、それをどう魅力的に売っていくかというマーケティングだけの問題でもない。コンバーションのトリガーとなるのも、チャーンの抑止力を発揮するのも、すべては記事のエンゲージメント・パワーが中心にあることを、社内全体で理解する必要があった。

そのためにダーゲンス・ニュヘテルは、すべてのデータを組織内で共有し、透明性をもたせた。そうすることで編集側の努力がデジタル購読収入とシームレスにリンクされていることがわかり、高品質ジャーナリズムとデジタル課金のポジティブなスパイラルが目に見えて起きはじめたのである。

真のデジタルファーストとは

どう提供するか? <チャネル>

ここで、デジタルファーストを少し角度を変えてみてみよう。デジタルの課金購読者を増やすための高品質ジャーナリズムであったが、これはまた、デジタルでなければ提供できないものでもあった。

デジタル時代の読者を惹きつけるのは、テキスト形式の記事と写真だけではなく、動画や音声コンテンツ、インフォグラフィックスなどであるが、これは新聞がデジタル化されていなけば提供が不可能であったものだ。

また、ダーゲンス・ニュヘテルでは掘り下げた記事を提供するため、1本の取材により多くの費用を必要とするようになった。よって、提供するストーリーは以前より本数を減らしているが、それと同時に、その取材したコンテンツをさまざまなフォーマットでパッケージして提供している。

今年、ダーゲンス・ニュヘテルは、画期的なクオリティの「高額セックスボット」生産工場を取材しており、その内容は通常の記事、動画、さらには記事を朗読のプロが読み上げたオーディオでも提供されている。

私はまずこの記事をスマホで読み始めたが、ロングリードもいいところの超・読み応えのある長い記事。読みきれなかったので、その後、移動しながら音声で最後まで聴いた。前後して取材時の動画が公開されたので、もちろんこちらもみた。

この記事には、すっかりエンゲージされてしまい、内容が内容だけに話す相手をを選んだが、それでも結構いろんな人に読んだ(聴いた?)内容を話した。(下記はFacebookにアップされた動画)

いつ提供するか? <タイミング>

デジタルファーストでは編集者の仕事の仕方もかわる。これはメインのプロダクトはデジタル記事で、紙の新聞はセカンダリーなものであるということである。

ウェブに記事をアップするには、これまでのデータからもちろん一番拡散しやすい時間を選んで行っており、新聞の配達の時間にはあわせていない。朝刊の印刷には、その時手元ににある素材を一番ふさわしい形でパッケージしてたものが使われる。ちなみに電子新聞版は前日の21時にはウェブ上でアップされているそうだ。

北欧だから成功したのか?

ここまで書いてきたような、透明性の高すぎる仕事の仕方は大変だろうか?もともと何事にも透明性を求めるスウェーデンだからできた改革なのだろうか?

上記で分析ツールに関するコメントを紹介したエキスプレッセンの責任者は、「記者はもとより競争心がつよく、データを活用することでそれがうまく作用し、ゴールに向かって仕事をすることが可能になった」と述べている。

この方法がすべてのニュースルームにふさわしいかどうかはわからないが、一つの成功例を示しているのは間違いない。そして、ダーゲンス・ニュヘテルもたった4年ほど前までは、みんな今とは全く異なる考え方とやり方で働いていた編集局であったことも指摘しておきたい。

信頼性とエンゲージメントを高めるハイテクコメントツール

この回の最後に、読者のエンゲージメントに関連するもうひとつのITツールに関して触れておきたい。

リベラルを信条とするダーゲンス・ニュヘテルのコメント欄は、激しく荒れていた状態が続いていたのと、またコメント文化そのものがFacebookへと場を移してしまったことから数年に渡って閉鎖されていた。

エンゲージメントを考え、高度な議論の場を読者に提供したいダーゲンス・ニュヘテルが、2017年に当初は記事分野を限ってであったが再びオープンしたコメント欄は、スタートアップ企業のIfrågasätt(イフロガセット・問いただす、の意味)の技術を使ったものであった。

コメントをするにはIfrågasättでアカウントを作らなければならないが、このサービスはアルゴリズムとモデレーターツールでコメントに書かれた内容を分析。攻撃的な内容や脅しなどといった、トロールや読むにたえないコメントを抑制し、ファクトに基づいた透明性の高い議論の場を提供しようとしている。

アカウント作成には、(自己申請だが)パーソナルナンバー(日本のマイナンバーにあたる)での登録が必要で、基本実名でのコメントとなる。

私見では、ここでコメントするまでに至るのは、高齢者と研究者などの専門家が多い印象を受ける。が、一般紙という広範囲な層に開かれている新聞で、ウェブ上での建設的な議論の場を荒れることなしに提供する試みとしては、面白い取り組みであると思う。

では次回は、労働裁判所での闘争から、誰もが働きたくなる魅力的な職場へと変革をとげた過程をたどろう。

参照資料
www.dn.se, www.medievarlden.se, www.dagensmedia.se, www.inma.org, www.resume.se
Weibull, Badbring, Ohlsson (2018), Det svenska medielandskapet: traditionella och sociala medier i samspel och konkurrents, Liber
Björn Häger (2014), Reporter: en grundbok i journalistik, andra upplagan, Studentlitteratur
Martin Schori (2016), Online Only: allt du behöver veta för att bli morgondagens journalist, Carlsson


この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

Tack!
3

パブリッシャーの新しい時代

新聞、雑誌、書籍とニュースの、2019年以降のデジタルなお話
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。